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20 ひかるくん

おにぎり半個ぶん以上を食べると腹痛で数時間苦しむ。これってトリビアになりませんか?

 道なりに歩き続けていくと、遠目に見えていた巨大な岩がだんだんと大きくなってきた。そしてやがて、目の前に巨大な壁となって立ち(ふさ)がった。

 一見すれば、途方もなく巨大ではあるが普通の岩である。だが、地面より少し高い位置から上部にかけて、馬車が三台はゆうに通れそうな幅の穴がぽっかりと空いていた。高さも幅と同じ程ある。


 その穴を塞ぐようにして、淡い色をした膜のようなものが広がっている。向こう側を目視するのに支障はないものの、その景色が微かに揺らいで見えた。


 許可制の出入管理魔術だな。私たちはあのヴァレリーとかいう男から貰った木簡があるから問題はないが、それを持たないものはここで弾かれるというわけだ。どうにか門番の目を盗んでここまで来ても、入り口がこの魔術で管理されている限り侵入者はおいそれとこの中に入ることができない。

 ただ中に入れないだけか、警告か、通報か、捕獲か、撃退か。その方法まではわからないけれど、なにかしらの対策がしてあるはずだ。


 これはダンジョンに限らず、様々な場所でよく使われている魔術である。ここは門から目視できるほど近いわけではないが、そう遠いわけでもない。侵入者の存在を門番や詰め所に知らせるだけでも問題はなさそうなので、おそらくその類だろう。


 私は木簡を取り出すと、目の前で揺らぐ淡い膜へと近付けた。すると木簡に押された焼印が軽く光る。そこを中心にして小さな波紋が生まれ、膜全体へとゆっくり広がり、そして静かに消えていった。


 これで一時登録完了だ。持ち主の情報が登録され、次回からはこの木簡を持っている限りは管理魔術を素通りできる。実はこんなことをしなくとも鍵となる媒体を身に着けて管理魔術に近付くだけでも、全く問題はないのだけれど。


 でも私はこの波紋を見るのが好きなんだ。手間というほどの違いでもないし、微かにきらめきながら、空間へとゆらゆら広がる波紋は綺麗だろう? たとえ酔狂だと言われても、私は止めはしない。綺麗なものを見たりうまいものを食べたりすることは、心の栄養だ。心が痩せ細ると、ただでさえ長い人生が途方もなくつまらなくなってしまうと思うのでね。


 アレンはそんなことなどつゆ知らず、恐る恐るといった様子で私の真似をした。その波紋が収まるのを待って、私は改めて向こう側の景色を見た。


 穴の奥は非常に暗く、入り口に程近い部分だけがなんとか見渡せる程度だった。入り口付近には岩しか見えないが、おそらく奥に入るにつれて苔や虫、獣などが熱烈に私たちを歓迎してくれることだろう。

 アレンは軽く首を伸ばし、眉間に皺を寄せて奥を見通そうとしたあと、諦めたのかこちらに振り向き話しかけてきた。


「おっさんの魔術で明かりって出せるのか?」

「いや、残念ながら私は光の魔術に関しては不得意でね。小さな明かり程度なら話は別だが、この洞窟内を明るく照らすような大きなものは無理だ」

「じゃあどうすんだよ。荷物に松明が見当たらないから、おかしいとは思ってたけどさ。どうせおっさんがまた変なことするんだろ?」

「変とはなんだ変とは……まぁ見てろ」


 そう言うと、私は背負袋から目当てのものを取り出して、地面へと置いた。

 大きさは人の頭よりやや大きいぐらいであろう。弾力を持った透明なそれは自重で軽く潰れ、丸い形が少し不均等な楕円へと変化した。


「これは、沼地や水辺に生息している不定形で粘液型の魔物『粘柔塊(ヌイトルプ)』を参考にし、様々な魔具を研究して私が作った洞窟探索用の魔具だ」

「魔具って……ああ、確かミリアムが無駄遣いだとか何とか言ってたやつか」

「そう言うな。これはとても便利なものなんだぞ。画期的と言っていい」

「で、これが何だってんだ?」


 アレンが目の前の物体をぷにぷにと指で突っつきながら聞いてくる。おい、自信作なんだぞ、気軽に触るんじゃない。


「洞窟というのは非常に危険な場所だ。もちろん獣や魔物がいるんだから当たり前だろうと、誰もが思う。だがそれだけじゃない。暗くて明かりが必要になるということはだな、そんな危険な場所で、明かりを確保するためだけに片手を(・・・)塞がな(・・・)ければ(・・・)ならない(・・・・)ということだ。人数を増やしたり、大きな明かりの魔法を使える魔術師を同行させるというのも手だが、それが出来ない場合もある。そういうときに、こいつは強いのさ」


 私は魔力を右手に集め、目の前のものに手を置く。そしてその中身を私の魔力で満たし、起動させた。

 そいつは透明な体全体からうっすらと光を発して、うごうごと動き始めた。すかさずアレンが驚いて飛びすさる。


「な、なんだっ!?」

「見ての通り、こいつはこの体自体から光を発している。今は外だから多少わかりづらいかもしれんがね。起動者から魔力を受け取り、それを光に変えているんだ。流す魔力量を変えれば光量の調節も容易だし、術者の思ったように動かして移動させることも可能だ。蓄魔力性もあるので、もし魔力の繋がりが切れてもしばらくは動く。これで松明を持つことなく、両手が自由に使えるようになるってわけだ」

「凄いな!」

「驚くのはまだ早いぞ」


 私はニヤリと笑いながら、そいつを両手でむんずと掴んで、左右へと引っ張った。すると、みよんと横長に伸びてからその中心が細くなり、ぷつっと途切れる。そして切れた部分が二つに分かれたそれぞれの中心部へと戻っていき、最初よりも一回り小さな塊が二つ残された。どちらもふるふると震え、光を発している。


「こうやって体積の許す限り、こいつは個体数を増やすことができる。これを私たちの周囲に配置しながら一緒に移動することで、最大限の安全を確保しながら探索を進められるわけだ」

「凄いな!」

「同じことしか言わんなお前は。製作者として嬉しい限りではあるがね」

「いや、すご……凄えな! 凄えよ!」

「たいして変わらんじゃないか」


 数少ない語彙力を駆使しようとして失敗したアレンに、私は苦笑しながら続ける。


「洞窟の危険性は暗闇の他にもまだあるぞ。ある意味こっちの方が危険かもしれん」

「まだあるのかよ!」

「洞窟などの閉鎖空間にはな、非常に厄介なことに、目に見えない癖に、人体にとても有毒なガスが溜まっている危険性がある。こいつは本当に危険だぞ。酷いのになると、油断してそこで深呼吸を一度するだけで、ころっとおだぶつ(・・・・)だ。」


 そんなことは今まで聞いたこともなかったのか、アレンは目を見開いて絶句している。確かに村暮らしじゃ知らないだろう。だが今から潜るのに、知らないでは済まされない。文字通りに命がかかっているのだから。


「炭鉱や鉱山では発掘作業をするときは、鳥かごに入れた鳥を連れて行くと聞いたことはないか? これは、人間よりもガスの影響が先に症状として出る鳥の様子を見て、それによってガスの発生をいち早く察知するためだ。ま、一種の生贄だな。そして、そのガスはいつどこで発生するかわからんから本当に始末に負えんのだ。既に充満している可能性も考えられる。窪んだ場所や低地に溜まる場合もあるから、勝手に先行するんじゃないぞ、アレン。死にたくなかったらな」


 無言でアレンが素直に首をこくこくと振っている。これだけ釘を刺しておけば大丈夫だろう。変な独断専行して、ころりと逝くことはあるまい。

 そして、と続けながら、二つに増えたこいつらを手のひらでぺしぺしと叩く。うん、いい手触りだ。


「こいつらはその鳥の代わりだ。こいつらを先行させて、危険なガスが溜まってないか調べてから進む。通常時の明かりはこの通りに白っぽいが、空気に何か異常があれば黄色、近付くのも危険ならば赤色に光が変化するように調整してある。これで安全性は更に高まる」

「……なんつーか、俺はそんなやばい所に一人で突撃しようとしてたんだな……」

「そうだぞ。アンネに充分に感謝するといい。もし彼女が止めずに組合で許可を出していたら、アレンは十中八九死んでいたぞ」

「……」

「それに、あのときのことを彼女に謝ってもいないだろう。戻ったら感謝なり謝罪なりを存分にするといい」

「そうだな……うん、そうする。ありがとな、おっさん」

「いいさ」


 そう言うと、私はこいつら更にもっちもっちと千切っていく。とりあえず親指ほどの大きさを二つ別に分けてから、残りが八等分になるように千切った。とりあえずはこんなもんでいいだろう。


「こんなに細かく分けて大丈夫なのかよ」

「もちろんだとも。こいつらは小指の爪ほどの大きさまでは効果を発揮するんだ。もちろん蓄魔力性も低くなるから、私との繋がりを切っての独立運用は厳しくなるがね。今回の場合はその必要はないだろう。そして、配置としては前方左右に索敵用で二つ、その更に前に危険察知用に一つ、後方に一つ、私たちの左右に二つ、足元の光源用兼何かあったときの備えに二つで合計八つだ」

「そのちんまいのは?」

「何か不測の事態が起きないとも限らん。そのときの保険だ。お前も一つ持っておけ」


 小さく千切ったものを一つ、アレンに手渡す。私ももう一つを手に取って懐へと収める。アレンもよくわからないような顔をしながらも、一応は懐に仕舞っていた。


「なんかこいつらかわいいな。おっさん、そういえばこいつらに名前ってあるのか?」


 アレンが足元でぷるぷると震えている個体を、またしても指でつつきながら聞いてきた。普通につついたり、指の腹を押し付けて左右に動かしたり、めり込ませてみたりといろいろやっている。ふふふ、お前もこいつが気に入ったか、そうだろうそうだろう。かわいかろう。


「いや、まだ特に正式な固有名は決めていない。分類的には投光器型粘動性蓄魔力炉七型改という。仮称だが、私は『ひかるくん』と呼んでいた」

「まったく愛着が感じられねえ……」

「愛着はあるに決まってるさ、自分で作ったんだぞ。でも仕方ないだろう、作ってる魔道具は他にもまだいろいろとあるんだ」

「じゃあ他の魔道具に名前は?」

「……付けてはいるが、実はミリアムに、お師さまは名付けのセンスがありません、ときっぱり言われてな。それから少しばかり……ほんの少しばかりだが、自分でも気にしている」

「意外と辛辣(しんらつ)なんだな、ミリアムって……」

「そういえばミリアムはこいつらのことを『(ラティ)』と呼んでいた」

「ラティ、ね。いいじゃないか。少なくともおっさんよりはセンスがありそうだ」

「うるさい、黙れ」


 ギロリとアレンを睨みつけるが、全く意に介さないどころか、人の弱点を見つけたような顔でいやらしい笑いを浮かべている。何だその顔は。おい。


「そんなことよりさっさと行くぞ。こんなことをしてたら日が暮れる」


 私はアレンを急かしながら『碧岩(へきがん)の庭』の中へとゆっくり入っていく。もちろん『ひかるくん』の先導でだ。

 ああ明るくて便利だなぁしかも有毒成分も検知できるとは凄いなぁ『ひかるくん』! しかもぷにぷにしていてかわいいぞ『ひかるくん』!


 まだ昼にもなってねえじゃねえか、と後方から聞こえる呟きは聞こえないふりをして、私は『ひかるくん』を先へと走らせた。

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