15 鳶色の決意
私たちは今夜の寝床を確保すべくアレンの伝手とやらのある場所に向かって歩く。その途中、アレンがぽつらぽつらと話し始めた。
「リリアはさ。幼馴染みみたいなもんなんだよ。あいつも俺も小さいときに出会って、同年代の子どもも村にはあんまり居なかったし、そっから友達になってさ。だから、今回のことで放っておけなかった」
「お互いに小さいときと言っても、中身はともかくとして少なくとも外見に関しては、彼女は今でもそれなりに幼く見えたがね」
「ああ見えてもリリアは俺より少し下なんだぜ。そうは見えないだろ? あいつは昔から体からそんなに強くなくってさ。よく具合悪そうにしてたよ。それなのに俺が森に遊びに行くのに青白い顔で勝手についてきて、次の日寝込んだりとかよくしてた。そんな感じで、あんまり成長しなかったんだ。逆に頭はすごくいいんだけどな」
「今はそこまで具合が悪そうではなかったが……まぁ頭の良さは私も感じたな。とても利口な子だと思う」
「だろ? 俺の自慢の幼馴染みなんだ」
「それを本人に聞かせてやればいいだろうに。褒められたがってたじゃないか」
「それは、その。いくらなんでも、面と向かって言うのは流石に恥ずかしいというか……」
全く、面倒くさい男だ。私は内心ため息をつく。
「というか君たちは恋仲じゃないのか? 仲睦まじくしていても問題はないだろう」
「俺とリリアが? 違うよ」
アレンは笑って言う。これは恥ずかしがっているとか強がりではなさそうだ。
「昔から知ってて、体が弱くって、ちびっこくて、それでも一緒に遊んでいたリリアが俺は好きだ。でもそれは妹みたいに思ってるだけだ。恋仲とか、そんなんじゃない。変に邪推するのはやめてくれ」
「それはすまなかった」
「いい。慣れてる。サーシャおばさんにもいっつもからかわれるし」
「いやな慣れ方だ」
夕日はだいぶ傾き、橙色の光が目に刺さるような黄昏時をアレンと二人でゆっくりと歩く。二人の影が細長く道へと伸びている。どこからか漂って来る何かの肉を焼いたような香ばしい匂いが、私の鼻をくすぐった。
「そういえば今から行くお前のあてとやらは、私たちのような者たちがいきなり訪れても平気なのか?」
「ああ、たぶん問題ねえよ。味は別にしても飯は大量にあるし、寝床も余ってるはずだ」
「いったいどこに連れて行く気かね」
「教会だよ。俺が育った孤児院さ」
ほう、孤児院育ちか。だからといって別に何とも思わないが、それにしてはこいつは冒険者組合に書いてあった文字が読めていた。随分と教育熱心な孤児院なんだな、珍しい。もっとも、残念なことにアレンの頭の回転をよくは出来なかったようだが。
そんなことを考えていると、どうしたわけか、アレンは立ち止まって神妙な顔でこちらを見つめている。
「……何も言わないのか?」
「何がだ」
「その、黙ってたこととか、孤児ごときが冒険者に、とか……」
何を言っているんだこいつは。私は嘆息しながら答えた。
「孤児院で育ったからといって何が変わることもないだろう。いちいち私に話す必要はないし、孤児が冒険者になることだって別に珍しくもない。多少不注意だということを除いて、アレンという冒険者に対して私が思うところは何もないよ」
不意を突かれたように少し固まったあと、アレンは小さく、そっか……、などと呟いたあと、何ともしまらない顔で笑った。
「ホント、変なおっさんだよ」
「よく言われる」
「だろうな」
夕暮れの村で、私たちは笑い合った。そして、真剣な顔でまっすぐとこちらを見ながら、アレンが口を開く。
「おっさん。俺はさ、リリアの目が見えなくなってさ。医者が帰ったあとにようやく落ち着いたリリアと話して、今までよりも明らかに顔色が良いリリアを見て、安心しちまったんだ」
「……安心?」
「そうだ。安心、しちまったんだよ、おっさん。目が見えなくて、不安で怖くてどうしようもなくて、それでもそれをこっちに気付かせないように隠しながら笑うリリアを目の前に見ながらも、思っちまったんだ。『目が見えなくても、もし体が丈夫になったのなら、こっちのほうがいいんじゃないか』って」
「……」
「もちろん目が見えなくなるのは大変なことだってわかってる。でも。でもさ。昔からリリアを、何かあるたびに真っ青な顔でぶっ倒れてたリリアを見てるとな。『健康ならこれでもいいかも』なんて思っちまった。リリア本人やサーシャおばさんのことなんか考えもせず、自分勝手に。くそったれだよ、俺は」
「……アレン」
「薬師の婆さんが言ってた言葉を思い出した俺は、サーシャおばさんに伝えたんだ。そのうえで、冒険者になった。ダンジョンに入るために。結果はおっさんも知っての通り、駄目だったけどな」
泣きそうな顔で、彼は言う。
「これは俺の意地だ。リリアを妹に思ってる俺の、兄貴分としての勝手な意地だ。俺は自分の手でダンジョンに潜って、リリアの目を治すきっかけを探す。そうでもしなきゃ、俺は絶対リリアに、そして自分に対して胸を張れねぇ」
山の向こうへと落ちていく橙色の強い光を背に、アレンは燃えるような鳶色の目をこちらに向ける。そこに宿るのは、激しく強い意思。
決して折れぬ信念が。譲らぬ決意が。魂を炉に焚べて燃え上がらせる男の姿が。確かに、そこにはあった。
ああ、そうか。
こいつはそういうやつか。
だから、こいつは。
私の頬が、片方だけ不自然に歪んでいく。
「だからおっさん。俺をそこまで連れてってくれ。俺はまだ弱くて、一人じゃ何も出来ないひよっこだ。足手まといになるのはわかってる」
唇の端が、片方だけ微笑を形作っていく。
「それでも。俺をそこまで導いてくれ」
ああ、いかん。これはいかん。まずいまずい。
そう思ってもこの歪みは止まらない。むしろ一層深まっている気がする。おそらく私の唇の隙間からは歯が覗いているであろう。
「ちっぽけな意地を張らせてくれ。頼む、おっさん」
いいとも!
そういう馬鹿は、大好きだっ!
私は彼の目を見据えて、彼に今まで見せたのことのない笑顔を浮かべ、しっかりと答える。
「あたりまえだ、シュガ村のアレン! 貴殿は力を示し、決意を表し、覚悟を決めた。この依頼は私、【黄昏】がその名を持って必ず果たすと、今このときに改めて誓おう」
こう返した私の瞳は、黄昏色の光を映して揺らめき、きっと妖しく輝いていた。
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