16 孤児院
予定より進まなかった。そして、圧倒的説明回・・・・!!
この国は多神教である。そして、隣国には『遥か高みにおられる、いと尊き御方』とやらを崇める絶対的一神教の聖王国などもあったりするが、こと我が国に於いては宗教に関しては割とゆるいほうだ。
神とは崇め敬い祈り祀るものであり、ある種の象徴ではあるが、絶対普遍的な侵さざるものでは決してない。嘘か真か伝説のような出来事がつらつらと書かれたありがたい聖典も存在するが、それを鵜呑みにする者のほうが少なかった。
人々は神というものに対して日々の糧に感謝し、病魔の退散を求め、商売の繁盛を祈願して、恋人の無事を祈った。けれどもそれは、盲信とかそういった類の出来事ではなくて、あくまで心の拠り所や指針として人々の生活に溶け込んでいたのである。
少なくともこの国が出来てから約三百年、宗教的な理由で国を割るような大きなトラブルは起きてはいない。そして、大小様々な民族の宗教とも折り合いをつけながら、この国はこうしてうまく回ってきたのだ。
国としては主にイルシア教という宗教を信仰していて、主神イルシアからなる数多くの眷属神たちを祀っている。その教えを広めるために。また、人々の心の安寧を得るために。長い期間を経て、数多くの教会が各地で建設された。
もちろん全ての町や村に教会があるわけではない。だが、それでもある程度の地域に教会は設置されて、長い年月をかけて国民からもある程度の信頼を受け、そこにある当たり前のものとして認知されていた。
教会は普段から広く門戸を開放し、社会的弱者を受け入れ、頼まれれば冠婚葬祭の取り仕切りも行う。聖典に書かれていることを通じて、人々がうまく生きられるよう指針となる知恵を教えたりなどの様々な活動も行っている。
孤児院もその一つである。親を亡くしたり何らかの事情で親に捨てられた子どもたちを受け入れ、規律を叩き込んで、働いて金を稼ぐことを教えている。その孤児院によってやっていることや待遇に違いはあるものの、『子どもたちが社会とともに生きる術を教え、育てる』というその行動理念自体そのものに違いはなかった。
その中でもアレンが育ったという孤児院はだいぶましなほうであるようだ。食事はきちんと出ているようだし、アレンのこのまっすぐな育ち方を見ればわかる。どうやら文字もしっかりと教えているようだしな。
辺りが少しずつ薄暗くなってきたころ、私たちはその孤児院へと辿り着いた。建物は立派ではないがそれなりに大きく、手前には木で作られた柵があって、その中には小さな畑もある。私はそれの横を通り抜け、扉の前に立った。
建物入口の扉上部には教会のシンボルである、三つの実が実る小枝を咥えた鵲の印章が据えられている。ここが孤児院とは知らない者でも入る前にそれと気付くようにするためだ。
その下で鈍い色を放つ簡素なドアノッカーを叩いて訪問を知らせようとすると、アレンが話しかけてきた。
「おっさん、こっちだ」
「中に入るんじゃないのか」
「この時間はもう晩飯の時間なんだよ。みんな食堂に集まってる。こっちのほうが早い」
言うが早いか、勝手知ったる自分の家という風にずかずかと裏手に回る。アレンに続いて建物沿いに進むと、そこには表とは別の畑や井戸、そして裏口が見えた。勝手口と言ってもいいのかもしれない。なるほど、ここから入るのか。
これまたアレンに続いて建物内へと入り、積み重なった樽や不揃いな大きさの木材、元がいったい何であったのか判別不能なまでになったぼろ切れの塊などの横を抜けて、奥へと進んだ。
それらを抜けた先であるここがおそらく食堂なのだろう。蝋燭で優しく照らされた大きな部屋があり、がっしりとした細長いテーブルがいくつも並んでいた。しかしその上には何も乗っておらず、人影もない。
「あれ? おかしいな。とっくに時間だと思ったんだけど」
私よりもここに詳しいアレンにもわからないものが、私にわかるわけがない。さてどうしたものかなどと思っていると、遠くからどたどたと走るような音が聞こえ、部屋の中に小さな影が飛び込んできた。
「アレン! やっと来た! みんなー! アレンが帰ってきたぞーーーっ!!」
その影は奥から素早く飛び出して来たかと思うと、それ以上の勢いであっという間にすぐさますっ飛んでいく。すると奥から「やっとかよ!」「おせーよアレン!」「アレン兄ちゃん帰ってきたって!」「腹へったー」「あたしもー」などと、いくつもの声がけたたましく響いてくる。
そしてわらわらと何人もの子どもたちが走りながら出てきた。悪餓鬼っぽいもの、大人しそうなもの、不満げなもの、アレンへと笑いかけるもの、私へと不審げに視線を投げかけるものなど様々だ。
「ただいま、みんな。でもなんで俺が戻って来てるってわかったんだ? 俺は今日帰るなんて知らせてないぞ」
「村長さんが来てね、教えてってくれたのー」
「アレン! あのなあのな!!」
「ねーアレン兄ちゃんおみやげは!? おみやげはないの!?」
「いいから早くメシ喰おーぜオイ!」
「にーちゃ! にーちゃ!」
「メシメシメシメシ!!」
「おまえらちょっと黙れ!」
凄い。勢いもだが、圧が凄い。
何人もの子どもたちが重なるようにアレンに群がり、思い思い好き勝手に自分の気持ちをぶちまけている。そうしているうちにも更に子どもたちは少しずつ増えて、層と圧が一段と厚くなっていく。
ある程度の年齢のものは流石にアレンを取り囲むような真似はしていないが、それでも充分に姦しい。というか、ぶっちゃけかなり煩い。
とうのアレンはと言うと、鬱陶しそうにしながらも、それでも嬉しそうに笑っていた。まぁ本人が喜んでいるならばいいか。よかったじゃないかアレン、大人気だぞ。
「それにしたって、飯くらい食っててくれてもよかったのに」
「ニーナが言っていたろう? 村長からアレンが帰って来たって聞いて、待ってたんだよ」
深い響きのある声が聞こえた。そちらに目を向けると、皺だらけの顔をした女性が教会の礼服に身を包んで、すっと立っている。その立ち姿は立派なもので、年齢を感じさせない。
「でも、いつ着くかもわからなかったんだぜ」
「なぁに、あんまり遅くなるようなら先に食べてたさ。それにね、家族は一緒に食事をするもんだ」
その年老いた尼僧は、顔の皺をより一層深めて、慈愛の浮かぶ瞳で優しそうに微笑んだ。私にはその顔に、娘を思うサーシャの姿が重なって見えた。
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
「天にまします我らが神よ、以下省略。神に感謝を。いただきます」
すかさず「神に感謝を! いただきます!」と唱和が続く。そして、この孤児院にしては遅い夕食が始まった。
イルシア教徒が食前に行うお決まりの文言を見事にぶった切った彼女に苦笑する。まぁ腹を空かせて飢えた獣のようになった状態の今の子どもたちだと、おそらくこれが大正解だろう。それにしても偉いくせに豪放磊落な婆さんだ。
あのあと、マルグレットと呼ばれるこの老尼僧に挨拶をして事情を説明した私は、拍子抜けするほどあっさりと滞在を快諾された。どうやら彼女は孤児院長も務めているようで、非常に話が早かった。全く、村の滞在許可を出し渋っていたあの村長にも見習って欲しいものである。
それから既に冷めていた料理を温め直し、私たちはようやくテーブルに着いた。そうしてやっと手渡された料理を運ぶ子どもたちは、まさに文字通りに飢えた獣の目であった。爛々と光る瞳に私は若干の恐怖を感じながらも、合図があるまで勝手に食べ始めるものが居ないことに少しだけ感心した。
散々待たされたせいでやはり相当お腹が空いていたのか、子どもたちは凄まじい速さで食事を口に運んでいた。まさに鬼気迫るといった様子だ。子供によっては文字通りに目が血走っている。うおおっ、顎の動きが凄い。咀嚼したものを飲み込む前に次の品に手が伸びている。よく喉に詰まらないものだ。
小さい子などは特に顕著で、目の前にある皿の中身を誰にも奪われるものかとひたすらに口へと運んでいた。だが、その心配をよそに、別の者の食事を奪うような真似は起きてはいない。そういった教育もしっかりとされているようだ。
この食堂にはマルグレット以外にも何人か尼僧や神官の姿があった。それはそうだ。見たところ子供の数は十四。ここにはいない乳飲み子がいる可能性もあるし、孤児院そのものとしての運営もある。大きな子がいろいろ手伝うだろうとはいえ、彼女一人では到底手が足りない。実際に今夜の食事も別の尼僧が作ったものらしい。
その食事の内容は山羊の乳を使ったシチューとパン、魚の酢漬け、そして森で採ってきたらしき木の実と果物。やや薄い味付けのシチューには山羊肉と豆、芋などが浮かび、なかなかに味わい深かった。パンは少し硬かったが、シチューにたっぷりと浸してから口に入れると、独特の癖がある山羊乳の風味とともに、何処か懐かしさを感じる味が口の中へと広がった。
うむ、悪くない。
木の実はこの孤児院の裏手にある山で採れるものらしく、若干の苦味とこりこりとした食感が楽しい。
魚の酢漬けは、まあ、うん。魚の酢漬けだった。
最後に私は緑色の鮮やかな果実を手に取った。するとわざわざ別のテーブルから小さな女の子がやって来て、体をかわいらしくふりふりと左右に振りながら、これね、私がとったのー、といじましいアピールをしてくる。さっきニーナと呼ばれていた少女である。
微笑ましく思い、そうか、頑張ったんだな、と褒めると、きゃー! と叫びながら走り回った。マルグレットが「食事中は大人しく座って食事をするものだよ」と注意するとニーナはすぐに席へ戻って食事を続けたが、それでも視線はこちらをちらちらと窺っている。かわいいものだ。
マルグレットが「大人しく」とは言ったものの「静かに」とは言わなかったように、ここの流儀では楽しく会話をしながら食事をするようである。誰かが話をしていても、誰も咎めはしていない。
よく見ると、アレンは生意気そうな男の子に身振り手振りで何かを話している。「そのとき、そのでかい蜘蛛が」などと聞こえたからたぶん森での出来事だろうな。だからお前はあのときひたすら走ってただけだろうが。長距離走のコツや心構えでも話すのか。
まぁそれはさておき、早速ニーナが収穫したという果物をいただくことにする。私の拳半分ほどの大きさを持つ麗しい小さな宝石の味は、如何程なものか。
私は手に持っていたポラマの実に歯を立てる。ぷつりとした僅かな抵抗とともに薄い皮が破れ、豊かな果汁が溢れ出した。行儀が悪いとは思いながらも、果汁をすすって口の中に収めていく。
柔らかい果肉と甘酸っぱい汁が、深い森を越えて歩いてきた体に染みるようでとてもうまい。内部に秘められた大きな種の周りに付く果肉も、一欠片すら残さず歯でこそげ落とす。この部分がまた味が濃くてうまいのである、ふふふ。
これも傍から見れば意地汚く映るであろう。しかし、王宮での食事でもあるまいし、このポラマの実の中でも最もうまい部分をみすみす見逃す手など、私の辞書にありはしないのだ。
それに、こういう風な行儀の悪い食べ方をすると、何故か罪悪感というか、背徳感というか、そういった類の不可視で未知の調味料がいつの間にか追加されていて何割増しかでうまくなっているような気がする。気のせいかもしれないけれど。
そうして、かわいらしい幼女が手にし、私が口にした美しき宝石は、皿の上にあるたった一つの種をころんと残して、見事に私の腹の中へと収まったのである。あー、うまかったぁ。
ポラマの実をきれいに平らげた私を見て嬉しそうな様子のニーナに、にかっと笑って見せてやる。するとニーナは大口を開け目をつぶり、声を出さずに頭を降って喜びを表現し始めた。何だこのかわいい生き物。
ふと、そんな私を見つめている視線に気付く。そちらを見るとニーナと同じくらいの年頃の男の子が私をじっと睨んでいた。
ん? このポラマが食べたかったのかな?
私の胃袋に入る前に言ってくれれば話は別だったのだが、残念ながら時既に遅し。もう種しか残っていない。それにすまないとは思うけれど、このポラマは採ってきたニーナが私に食べて欲しがっていた。きっと私の胃袋に収まる運命だったのだろう。
せめてものお詫びに美味しさを少しでも伝えようと、その子にもニカッと笑ってやる。すると更に睨まれた。ぐぬぅ。
癒やしを求めて再びニーナに視線を移す。ニーナは頭をふりふり、ニコニコしながらシチューを頬張っていた。かわいい。
私がそうやって心を満たしていると、マルグレットが話しかけてくる。
「随分気に入られたようじゃないか」
「そのようで。何でかはわかりませんがね」
「あの子があそこまで喜んでいるのは珍しい。仲良くしてやってもらえるとありがたいね」
「ええ、それはもちろん」
「助かるよ。アレンやリリアのことも含めてね」
話を聞くと、どうやらリリアの母であるサーシャはこの孤児院の出身だそうだ。孤児院に居ることが出来るのは、この国で成人として認められる十五歳の春までと決められている。
かつてこの孤児院で過ごしたサーシャは成人後、村で慎ましやかに暮らしながら働き、そこで後の夫であるイルヴァ氏と出会ったそうである。
結婚後、しばらくして出産。リリアは体が弱いながらもなんとか成長し、育っていった。孤児院を出たあとも頻繁にここを訪れていたサーシャは、リリアやイルヴァ氏もここに連れてきていたらしい。二人ともかなり馴染んでいたようであった。
だが、リリアが八つのとき、狩りに出掛けたイルヴァ氏は亡くなった。雨でぬかるんでいた地面で足を滑らせたらしく、崖から落ちて首の骨を折ったのだ。そのときの葬儀は教会が行ったそうだ。
「あのとき、サーシャは狂ったように泣いていた。それこそ声が出なくなるまでね。でもリリアは泣かなかったんだ。昔から頭のいい子だったから、きっと自分が泣いたら更に母親が困るとでも思ったんだろうねぇ。唇を震わせて、ぎゅっと噛み締めてさ」
「……」
「それを見て、サーシャは抱きしめながら泣いた。泣くのを堪え続けるリリアを抱きしめて、その代わりに泣くみたいに、ずっとずっと、泣いていたんだ」
その姿を幻視しているのであろうか。涙こそ流していないものの、マルグレットの瞳は悲しみの色を湛え、深い何かに覆われていた。
「あの子たちはさ、あたしの子どもとか孫みたいなもんなんだよ。もちろん他のみんなもだけれどもね。だから、アレンと一緒に来てくれて、ありがとう」
「私はアレンに付いてきただけです。アレンがいなければ、私はここにはいなかった」
「それでもだよ。どんな事情でも、ありがたいことに変わりはない。何か困ったことがあったら言っとくれ。こんな老いぼれの身でも、きっと何か役に立つことのひとつくらいはあるだろうさ」
「……そのときは、是非お願いします」
「そうさねぇ。パンはもうないけれど、とりあえずはそのシチューのおかわりなんてどうだい?」
マルグレットが空っぽになった私のシチュー皿を指で差しながら言った。ニヤリと笑って茶目っ気たっぷりに、軽くウインクなぞしている。
私は笑顔を浮かべながら、いただきます、と答えた。
決局、私が更にもう一杯おかわりを平らげたあとに、ようやく夕食は終わりを告げた。その後は入浴の時間、となったのだが、何故か渡されたのは大きな水桶。どうやら薪代を節約しているため、最近は湯を沸かさずにこれで体を洗っているようだ。クリスと名乗ったこの若い尼僧は、申し訳なさそうに目を伏せた。
不本意な水浴びを進められた私は大きな浴槽があると聞き、そこに魔術で湯を溜めた。わざわざ薪を燃やして湯を沸かさずとも湯船に浸かれることに子どもたちは歓喜。「すげーなおっさん!」などと私を褒めそやした。この子らも私をおっさん呼びなのか。そうか。そう、か。
それから何人かの子どもたちと一緒の風呂に入り、皆の濡れた髪を風魔術で乾かして、湯上がりの火照った体に冷たい水を振る舞ったころには、幾人かはすっかり私に慣れていた。私に懐いてしまった、と言ってもいいだろう。小さな子などは、私の足にしがみついたりなどしている。でも慣れたからといって、流石に「お湯のおっさん」呼ばわりはやめてほしい。
それから孤児院の消灯時間までまだしばらくあると聞いた私は、子どもたちに連れられて、談話室兼遊戯室のような場所に来た。
そこには、木を削ってできたいろんな玩具や何冊かの絵本、使い方のよくわからない遊具、そしてぼろぼろになった聖典などが、それなりに整頓されて棚へと置かれていた。この部屋はサーシャがやっていた手仕事のようなことをする場でもあるらしく、編みかけの何かや鈎針の入った棚の箇所もある。
おそらくこの子らが私をここに連れて来たのは、ここで何か遊ぼうよ、ということだろう。でも、そうは言ってもなぁ。
ふと思いつき、私はアレンに対してやったように、魔術で水の玉を構築して子どもたちの方へと飛ばした。きゃー! わー! と楽しそうに逃げる子どもたち。私はそれを水の玉でつい、と追いかける。逃げる。追いかける。逃げる。追いかける。終わりのない無限のサイクルが完成していた。
よし、なんだか私も楽しくなってきたぞ。くっくっく、子どもたちよ、私の魔術の前に逃げ惑うがいい。
私は様々な変化を加えさせた水の玉で、ただひたすらに子どもたちを追いかけ続けた。掘削機のように先を尖らせ回転させたり、人型にして走らせたり、翅を持つ虫の形で飛ばしてみたりといろいろやったが、そのどれに対しても子どもたちは笑い転げながら、無限の体力で延々と駆け回り続けた。私も懲りもせずに次々と変化させた水で追い回す。いいぞいいぞ、もっと逃げろーっ! ふははははーっ!
そうしてしばらくしたあと、アレンたちも風呂から上がったのか、濡れた髪をしたまま別の子どもたちを連れ、この部屋へとやって来た。おや。気のせいだろうか、何故だか呆れた顔をしている気がするな。
「……おっさん、何やってんだ?」
「追いかけ回してる」
「そりゃ見てればわかるが……何でだ?」
「成り行きだ」
「成り行き!?」
仕方がないだろう。実際そうなんだから
「風呂入ったあとに運動させてどうすんだよ」
「……しまった! そこまで考えてなかった!」
「あほだろ、おっさん……」
「お前にそう言われるとは、おしまいだな」
「酷ぇな!?」
魔術を解いて、残った水の塊を別の魔術で霧散させる。追いかけられていた子どもたちは不満そうだ。どうやらまだまだ追われ足りなかったらしい。再び風呂に入るかと聞くと、んー、いいや、との答えが帰ってきた。面倒臭かったようだ。
アレンたちの濡れた髪も、私たちと同じように魔術で乾かす。それから人数分の冷たい水を生み出し、器に入れて配った。アレンがさっきとは違う呆れを含んだ声で言った。
「なんつーか、魔術って便利なんだな。今までよく知らなかったけど、ここまでいろんなことができるとは思わなかった」
「私は少々特殊だからな、あんまり参考にしてはいかん。いつかお前がもし誰か別の魔術師と組んだとしても、そいつに私と同じことを求めるのは相手に酷だ」
「そうなのか?」
「ああ。もちろん得意不得意はあるし、その相手にとって簡単に出来ることで私には無理なこともあると思う。だが、それを差し引いても、私は歪んでいるのさ。魔術師としても、何より理術師としてもな」
「それってどういう──」
私の服が何かに、くいくいと引っぱられる。見ると、ニーナがつまらなそうに私の裾を摘んでいた。確かに子どもには難しい話だったかもしれない。
「どうした?」
「あのねー、なにか、おはなししてー?」
若干恥ずかしそうである。
うん、かわいい。
「うん、おはなしかー……何がいいかな」
「おっさん。リリアのところで話してたやつでいいんじゃないか? わかりやすいとは言えないけど、あれなら子どもでも多少は楽しめるだろ」
「あれか。ふむ」
私は少しだけ迷ってから、ありかもしれないと思った。まぁもし受けが悪くとも、この話を提案したのはアレンだ。彼のせいにすればいいだろう。そんなことを考える。
宵月花。
月の光を浴びて育つ、かわいらしい花。
そして、ある恋の始まりと終わりを、最後まで見続けていたと言われる花。
今日リリアへと一度語った内容ではあるが、別に同じ日に二度話してはいけないということもあるまい。
そうして私はニーナと、そして私の周りで目を輝かせている数名の子どもたちへと語りかけるように話し始めた。
「むかしむかし、うーんとむかし。まだこの王国ができるよりもずーっと前、アルテイシアという、とてもかわいらしい女の子がいました。彼女は──」
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