14 リリアという娘
「やぁかわいらしいお嬢さん、はじめまして。私はこの村に立ち寄った冒険者だ。アレンやサーシャさんとは少し前に知り合ってね、素敵なお嬢さんがいると聞いたので、こうして挨拶に来たわけさ」
私は真実を少しだけぼかしながら、少女の顔に巻かれているものを意識しないかのように話す。少女は頬に手を当てて、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「あら、ごめんなさい。こんな格好で驚いたでしょう? 別に怪我をしているわけでもないし痛みのないのに、母さんったら大げさなんだから」
「いやなに、気にすることはないよ。目は包帯で覆われていても、私には君が魅力的に映っている。この短い時間でもね。それに随分と利発そうだ」
「まぁ! 聞いた? アレン! 私が魅力的だって!」
私は視線でアレンに、余計なことは言うなよ、と釘を刺す。アレンは私とリリアが最初に交わした会話でなんとなく察したのか珍しく勘を働かせたようで、こちらを見ながら一度だけ頷いた。
「黙っていればそうかもな」
「もうっ! 母さんもワズ伯父さんもたくさん褒めてくれるのに、アレンはいっつもそうなんだから! たまには素直に褒めてくれたって罰は当たらないわよ」
「考えとくよ」
「あーあ、そんなこと言ってるけど、これは絶対やらないやつじゃない」
「よくわかってるじゃないか。流石リリアだ」
「そうやって褒めてほしいんじゃありませーん」
気のおけない会話が二人の間で繰り広げられている。アレンは楽しげで、言葉を返すリリアも嬉しそうだ。もしかしたら二人が顔を合わせるのは久々だったのかもしれない。
彼女の顔色はよく、目の部分を覆う包帯がなければとても病床に着いているとは思えない。長く患っているもの特有の澱んだ気配といったようなものも感じられなかった。
「ところでお嬢さん。怪我じゃないとすればその包帯は何なのか、いったい何があったのか聞かせて貰ってもいいかい?」
「確かに不思議ですよね。大丈夫ですよ」
顔をこちらに向け、何の気負いも感じさせないような声でリリアは淡々と言う。
「半年ほど前になるでしょうか。私は熱を出して急に倒れました。元々体はそんなに丈夫なほうではなかったんですが、あのときはほんとに急にかっと熱が出て、倒れたんです。倒れたとき意識はありましたが体はぴくりとも動かなくなりました。頭がぐつぐつと熱を持って今まで感じたことのないくらいに熱くなって、逆に体の内側はどこまでも寒く冷たくなっていきました。そしてつらいとか苦しいとか、そんなことを思う間もほとんどなく、私はそのまま意識を失いました」
私は静かに話を聞く。アレンもリリアを見つめながら、一緒に話を聞いていた。彼女はそのまま続きを話し出す。
「そして目が覚めて驚きました。目が、見えないんです。まぶたを開けているのに、確かに開いている感触はするのに、何も見えないんです。手で触っても手のひらで覆っても、私の目には何も映りませんでした。もちろん光が遮られる感じはするのですが、それだけです。最初は夢かと思いましたが、母さんの驚いた声と、駆け寄ってくる音と、私を抱きしめる感触でこれが現実なのだと知りました」
そして力なく笑う。その顔は現状を受け入れているのか、それとも諦めているのか、私には判別はつかなかった。
「母さんから話を聞いて、私は自分が三日間も生死の境をさまようほどの熱を出して倒れたのだと知り、驚きました。そのときの私の体から熱はすっかり引いていて、そんな様子など欠片も残っていなかったからです。それからすぐにお医者様が来て私を診てくれましたが、目が見えないことを除いて、体のほうはすっかり持ち直したようでした。目や頭の痛みもないし、体はむしろ倒れる前よりも健康な状態だったほどだそうです。それから何人もお医者様や薬師様が来てくださいましたが、結局、私の目は治りませんでした。今では目が見えない以外に不都合はありませんが、それでも母さんは、何かあってはいけないからとこうして私に包帯を巻いているわけです」
これで、私の話は終わりです。そう言って彼女は締めくくった。
「……そうか。言いづらいことを聞いてすまなかったね」
「いえ、大丈夫ですよ。現状は理解してますし、目の見えない暮らしにも、もう多少は慣れました」
「強いんだな」
「女の子に向かってその発言はどうかと思います」
「いや、すまない。改めてその発言の方を謝罪するよ」
愉快そうに彼女が笑った。そこには何の憂いも陰りも見えない。少なくとも、表面上は。
「それに、母さんのほうが大変な思いをしてます。仕事をしながら私の面倒だって見てくれてるのに、泣き事なんて言ってられません。目の治療法はワズ伯父さんが探してくれてるので、何とかなるかもしれませんし」
やはり、強いな。彼女に怒られはしたが、どうしてもそう思ってしまう。
それが生来の気質なのか、育ってきた環境か、それとも今回の経験なのかはわからないが、このリリアという少女はこの不憫な状況にも負けない強靭な精神の持ち主なようだ。
もう少しこの少女と話をしてみたい。私はそう思い、話を切り出す。
「さて、こうやってベッドの上にずっといるのも退屈だろう。私はこの通りそれなりに長く生きているし、さっきも言ったように冒険者として活動もしている。理術師という少し変わったものも名乗っているし、魔術も使えるんだ。色々と面白い話でもしてあげよう」
「まあ! ありがとうございます、冒険者さん! でも、これでもたまに外に出たりの息抜きもしているんですよ。母さんの仕事にくっついてですけど」
「そうなのか?」
「ええ、畑仕事のときに木陰で座ってたりとか、いろいろと」
なるほど、確かにそれぐらいならば平気かもしれない。母親の負担も少ないだろう。
「それにしても楽しみです。アレンもたまにそういう話をしてくれるんですけど、あんまり面白くないうえに話が飛び飛びになったりして支離滅裂で……」
「悪かったな! 俺は頭があんまりよくないし、そういうのは苦手なんだよ!」
「でも感謝はしてるのよ。それに、私はアレンとお話しするだけで嬉しいもの」
「なっ! お前いきなりそういうこと言うなよ、卑怯だぞ!」
「シスター・クリスもおっしゃってるじゃない。『感謝は常に伝えるように』って」
「それはそうだけど」
若干挙動不審なアレンを横に見ながら、はて、どういった話がいいかと考える。冒険譚、失敗談、英雄譚、神話、おとぎ話。
この村に暮らしていては決して体験出来ない旅の話や、同じ家に暮らす弟子の話、王都で話題となった焼き菓子の話もいいかもしれない。いつの時代も女性は甘いものには目がないものである。少女に血生臭い話もないだろう。
そう思ったとき、私は先日見つけてから荷物に入れっぱなしの花の存在と、その逸話を思い出した。女性は甘いものも好きだが、恋愛話も大好物のはず。
背負袋から模様の彫ってある小さな木箱を取り出す。そして蓋を開け、中から一輪の花を取り出した。
花びらの根本は薄墨のような青。そこからすぐさま空色になり、続いて雪のような白。その枚数はさほど多くはなく、中心から弧を描くように放射状に広がっている。それらが集まる中心部には、黄色い花弁がかわいらしく覗いていた。繋がった茎部分は長く伸びたあとばっさりと切られているが、採取してから幾日も経っているにも関わらず、花本体とともに瑞々しさを保っている。
それを彼女の鼻元にそっと寄せる。花の香りがふわりと辺りに漂った
「これは……お花ですか?」
「ああ。この花の名前は『宵月花』。実はこの名前には由来があってね──」
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
それからもいくつかの話をしたあと、どんな話でも感情豊かに聞いてくれる優れた聞き手である彼女と別れることに若干後ろ髪を引かれながらも、私は彼女の部屋を後にした。アレンはもう少し話をするらしい。ふむ、私ばかり話していたからな。悪かったか。
居間に戻ると、サーシャは何やら編み物をしていた。横に同じようなものがたくさん入った入れ物があるから、おそらくは家でも出来る手仕事、いわゆる内職の類だろう。細い鈎針を器用に操り、これまた細い糸を使って小さなレース飾りらしきものを作っている。
上手いものだ、私には到底真似できそうにない。そう思っていると、彼女は何かしらの気配でも感じたのか、ふと目を上げてこちらを見た。
「あら、冒険者さん。もうよろしいんですか?」
「充分です。とてもかわいらしくて利発そうで、何よりとても気遣いの出来るいい子ですね」
「ええ。でもこっちとしてはそれが余計につらくって……」
そう言って目を伏せる。母娘ともども情の深い人たちだ。
この母親が、リリアが実際に見えなくなった目のことには触れずにただ『体調がよくならない』と言っていたのは、もしかしたら娘をことを慮っていたのかもしれない。
それは正確な真実ではなかったが、決して嘘でもない。実際に体に異変が生じているわけであるし、体調不良と言っても差し支えはないであろう。
ただし『碧岩の庭』に生えているというあらゆる病や毒を癒やすという薬草も、彼女のあの目を治せるとは限らないけれど。
だが、こうして知り合ったのも何かの縁。実際に薬草があるかどうかすらも不明であるが、どれ、一肌脱ぐとしよう。
そうこうしているうちに、アレンも戻ってくる。特に変わった様子はない。
私はリリアに宵月花を渡したことをサーシャへと伝え、窓際に置いてあった花瓶に挿すようにお願いした。それから二言三言交わしたあと、私たちはこの母娘の家を辞した。
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