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13 シュガ村

 翌日、私たちは夜明けとともに移動を再開し、幾度かあった獣の襲撃もなんなく退けて無事に森を抜けた。そこからしばらく歩くとアレンが心当たりのある場所に出たらしく、彼の案内でシュガ村へと向かった。


 歩くにつれて少しずつ地面に人や獣が通ったような跡が見え始める。それを辿ると、それほど大きくないながらもきちんと人の手で整えられた立派な畑が見えてきた。まだ収穫は先であろうが何種類もの作物が育てられていて、何やら作業をしている者の姿もある。そこへアレンが近付いていった。


 日焼けしてがっちりとした体格のこの男はどうやらアレンの知り合いだったようで、少し話をしてから戻ってきた。男は人のよさそうな笑みを浮かべて、遠くから軽く頭を下げてくる。律儀なものだ。私も同じく挨拶を返すと、再び道沿いに歩いていった。

 程なくすると何件か木造の家が現れた。ここがおそらくシュガ村だろう。さて、依頼人を探さなくてはな。


 アレンが言うには、シュガ村は麦や穀物を育てて狩りも行う、どこにでもある一般的な村であるらしい。決して閉鎖的ではないがこれといって特産品があるわけでもないために、外からの人もそこまで立ち寄らない、静かで平和な村。たまに来る行商人や作物の収穫祭などが数少ない娯楽とのことだ。


 ようやく着いたとはいえ、いきなり依頼人の元へは行かずにとりあえずはシュガ村の村長のところへと向かう。この村出身のアレンはともかくとして、私は所詮余所者である。何かあったときのために顔を出しておいたほうがいいだろう。それに、こういうときはしっかりと滞在許可を貰っておいたほうが色々と便利なのだ。


 村長からはなんとか許可が貰えた。冒険者組合と理術師協会から渡されている首飾りを見せて、ようやくだ。アレンは「このおっさんはたぶん大丈夫だ!」などと援護になるかわからない微妙なフォローをしていた。おい何だその言い草は。

 ともあれ、無事に許可をもぎ取った私は、アレンに連れられて依頼人の家を訪ねた。来訪を告げるためにノックをしようと扉に近付くと、その扉が内側から開く。中から顎髭(あごひげ)の生えた痩せぎすの男が出てくる。


「それじゃあな、サーシャ……ん? おい、サーシャ。来客だぞ」

「え? 誰かしら」


 そう言うと、中から少し疲れた顔をした女性が顔を出す。少し齢はいっていて化粧っ気はないが、美人と言って差し支えない女性だ。おそらく昔は大層もてたであろう。金色の髪を後ろで括(くく)り、こちらを窺(うかが)っている。


「サーシャおばさん!」

「あらアレンじゃないの、どうしたの?」

「依頼を受けたやつを連れてきたぞ! 胡散臭(うさんくさ)いけど、たぶん信頼できると思う!」

「お前はまたそれか。もうちょっと言い方はないのかね」

「仕方ないだろうが、事実なんだから」


 まぁ自分でも否定はできない。そう思って苦笑いしていると、女性が、ぽかんと口を開けて呆けていた。何度かまばたきをして、私の顔を凝視する。


「え? えっと、本当に? あの依頼を受けてくれたんですか!?」

「本当だ。……ああ、申し訳ない。挨拶が遅れました。グシュリの街で正式に冒険者組合から依頼を受け、詳しい話を聞きに来たものです。中で伺っても大丈夫ですかね?」


 女性は戸惑いながらも首肯する。


「え、ええ。どうぞ。お入りになってください……あ、兄さん! それじゃあまた!」

「あ……ああ。よかったな、サーシャ。おめでとう」

「ありがと、兄さん」


 こちらもやや困惑気味な痩身の男を尻目に、サーシャと呼ばれた女性は私たちを中へと案内した。

 さほど広くない部屋に置かれたテーブルの上には、先程の男が飲んでいたのか飲み物の器がぽつんと置いてあるのが見える。女性に椅子を勧められ、私がそれに腰掛けると、申し訳なさそうに女性が口を開いた。


「すみません、冒険者さん。湯を沸かしますので少しお待ちいただけますか」

「いえ、お気遣いなく。早速詳しい話を聞かせてもらっても?」

「は、はい。と言っても、組合にお願いした内容と同じになってしまいますが……」


 女性が話した内容は、冒険者組合で聞いた話と同じものだった。不審な点はない。


「なるほど。『碧岩(へきがん)の庭』に生えているという薬草の有無の調査。そして、もし見つけた場合は採取。間違いありませんね?」

「その通りですが……ほ、本当によろしいんですか? 間違いとかではありませんよね?」

「大丈夫ですよ。何をそんなに心配してるのかわかりませんが、問題ありません」

「でも……依頼料だって……」


 ああなるほど、合点がいった。この女性はそのことを心配していたのか。私はとうに納得していたために失念していた。

 今回の依頼、依頼料が安すぎる(・・・・)のだ。提示された内容と料金が明らかに釣り合っていなかった。


 休止状態とはいえダンジョン内部の探索。しかも冒険者組合が管理するダンジョン内である。どうしても相場は高くなってしまう。

 中に入るには冒険者組合からの許可が必要なために、新人では依頼を受けることすらできない。かと言って、それなりの冒険者が足を運ぶには全く魅力的に映らない料金設定。依頼を出しても受注するものがいなければ意味が無い。このまましばらく塩漬け依頼になる可能性が非常に高い、いわば不良債権候補だ。

 私は今回、冒険者組合での揉め事からこの依頼に首を突っ込んだ。半ば勢いに流されたようなまま受けたのも事実だが、受けたのは私だ。甚(はなは)だ不本意ではあるけれど、真っ直ぐなアレンという若者に少し興味を持ってしまったということもある。

 依頼料についても予め組合内でアンネに説明を受けていたので、全く問題はなかった。


「そちらについても納得しているので大丈夫です。責任を持って、出来うる限り依頼をこなしてみせましょう」

「あ…あぁ……よかった……」

「サーシャおばさん、俺たちに任せとけって! 今回だってグシュリからあの森を抜けてここまで来たんだぜ!」


 力なく床にへたり込んだ女性へと、アレンが意気込んで話しかける。おい、お前はほとんど何もしていないだろうが。よし、見てろよ。


「いやぁ凄かったですよ、冒険者組合では。アレン君は噛みつきそうなほどの勢いでうら若き女性職員に食ってかかっていましてね、まさに一触即発でした。その女性職員も怯えて泣いてしまって……。私は彼の話すあまりにもわかりづらく要点の得ない話を、組合の職員と一緒にどうにか解読しました。すると、彼がどうしても『碧岩(へきがん)の庭』に行きたい様子だったので、私が同行……いや、失礼。私に(・・)同行することになったんです」

「ちょ! おっさんっ!!」

「アレン!」

「はいっ!」


 私が事実をほんの少し(・・・・・)面白く伝えると、先程のような力が抜けた様子などは微塵も感じさせずに女性が叫んだ。アレンも条件反射的に背筋をぴんと伸ばしている。

 ふふふ、私の見立て通り、どうやら力関係はこの女性側に軍配が上がるらしいな。彼女はアレンに対して容赦のない説教をしている。第一印象はどこか弱々しく感じた気がするが、もしかしたら元々活発な方なのかもしれない。

 説教が収まってきたのを見計らい、私は女性に話しかける。


「それにしても、どうしてわざわざ冒険者組合に依頼を? それも不安になるような金額で出してまで。いや、話したくないのなら構いませんがね」


 女性は少しだけためらうと、うつむきながら答え始めた。

 どうやら彼女には娘がいるらしい。夫に先立たれたものの、彼女は必死に働いて一粒種(ひとつぶだね)を見事に育て上げた。

 ところが、その娘が半年ほど前、急に病に倒れたそうだ。意識を失ったまま高熱は三日三晩続き、四日目で目を覚ましはしたが、熱は下がったもののどうにも体調がよくならない。

 少なくない金額を払って医者や薬師(くすし)に見せても一向に良くはならず、それどころか原因すら掴めなかったらしい。その状態が未だに続いているとのことだ。


「なるほど、それで薬草を……ですが古来より薬とは扱いが難しいものです。種類や量を誤れば、容易(たやす)く毒ともなります。その薬草が娘さんに聞くという保証はないでしょう」

「……確かにそうですね。ですが、私は思い出したのです」

「何を?」

「あるとき村にいる薬師の方がおっしゃいました。『碧岩(へきがん)の庭』という場所の奥には、どんな病や毒をも癒やす薬草があると。師匠に聞いたそれを、私はいつか見てみたいのだと。確かにそうおっしゃったのです」

「その方は今も村に?」

「いえ、流行り病で亡くなりました」

「そうですか……」


 これは眉唾(まゆつば)ものだな。少なくとも私はそんな話を聞いたことはない。それにどんな病や毒もとは大きく出たものだ。

 そう思うと私の考えが顔に出ていたのか、彼女が寂しそうな笑みを浮かべて答えた。


「馬鹿なことをとお思いでしょうが、私には信じるしかないのです。どんな荒唐無稽なことでも、娘のためを思うとすがり付きたくなるのですよ。娘が再び自分の足で立って、以前と同じようにかわいらしい目で私を見つめてくれたらと、何の憂いもなく幸せに笑って暮らしてくれたらと、そう思ってしまうのです」


 少しの間、部屋の中を静寂が満たす。子どものない私には間違ってもわかったようなことは言えない。だが、その口調と雰囲気から娘への愛情が痛いほど伝わってきたような気がした。

 母の愛、か。

 彼女は重くなってしまった部屋の空気を切り替えようとしたのか、努めて明るく話しかけた。


「かと言って、もし薬草が見つからなくても、きちんと報酬はお支払いいたします。元々あるかどうかもわからないものですし、ちゃんと調査をしていただければ充分ですよ。アレンも一緒のようですし、信用します」


 アレンは彼女から急に微笑みかけられ、二人の視線を集めたことに気付き、口を尖らせて視線をずらす。どことなく頬も赤い気がするな。どうやら恥ずかしがっているようだ。そんなアレンの姿を目を細めて見つめながら、彼女は続ける。


「アレン、ありがとう。わざわざ冒険者さんを連れてきてくれて。いつも色々してくれて、本当に助かってるわ」

「サーシャおばさんは俺の母さんみたいなものだからな! 俺が小さいころから知ってるし、当たり前だろっ!」

「ふふっ、嬉しい。いつか本当に『お義母さん』って呼んでくれる日が来てくれればいいんだけど」

「だから俺たちはそういうんじゃないんだってば!」

「はいはい、わかってますよ」


 意味深な笑みを浮かべて彼女はニヤリと笑う。ほう、彼女の娘とはそういう関係か。少なくともアレンはその娘のことを憎からず(・・・・)思っているらしい。私もその様子を見てほくそ笑んだ。


 彼女はアレンに充分注意してダンジョンへ向かうよう伝えている。決して無理はしないこと。危険なものに勝手に飛び込まないこと。冒険者さんの言うことはよく聞くこと。駄目だと思ったら諦めて帰ってきて、彼女に無事な姿を見せること。


「もし薬草が駄目でも兄さんが何とかしてくれるかもしれないしね」

「……それは、嫌だ」

「もしもの話よ。まだわからないわ」


 何事かと問えば、どうやらこの家に訪れた際に出てきた痩せぎすで顎髭(あごひげ)の男が彼女の兄らしい。

 ワズと言う名の男は隣町に住み、彼女が夫を亡くしたあともいろいろと面倒を見てくれていて、今回も何とかしようとしているのだとか。彼女の娘を自分の娘のように可愛がり、彼女の娘が病に臥せってからはそれまで以上に姿を見せ、たっぷりの愛情を注いでいるようだ。

 そして峠はとうに越したものの容態が全快にならないことに業を煮やした彼は、利便性の悪いこの村に住むのではなく親子ともども自分の住む町へと引っ越してくるように提案しているらしい。自分の町のほうがいい医者も探しやすくなる、とも言っているらしい。どうやら彼女の娘が倒れたあと、すぐに医者を手配したのも彼だそうだ。


「兄さんの提案は悪くないことだとは思うんですけどね。でも、夫との思い出が詰まったこの家を出るのには、なんだか抵抗があって……」


 それに、と続ける。


「私はこの村を愛しています。むせ返るような花の匂いも、みんなで汗水流して拡げた麦畑も、夕暮れに食べる蒸(ふ)かし芋の味も、厳しい冬の朝に感じる布団のあたたかさも、雨が降ったあとの地面の色も、見飽きた村の人たちの顔も。みんなみんな、愛しています」


 故郷って、そういうものでしょ?

 そう言って、彼女はまた笑った。




   ◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇




「本当に泊まって行かなくてよろしいんですか?」

「ええ。どうやらアレンにあて(・・)があるようでしてね。今夜はそちらでお世話になります」

「そうですか。でしたら行く前に娘に会ってやってください。お客様は珍しいし、きっと娘も喜びます。それに、アレンが来たのにそのまま返したと知られたら私が娘に怒られてしまうわ」


 彼女は軽くおどけながら話す。確かにアレンとは会わせてやりたいな。娘さんの病床での慰めにもなるだろうし。

 そう思うと私は肯定し、彼女の提案を呑んだ。


「わかりました。早く娘さんとアレンを引き合わせてやりましょう」

「だから! そういうんじゃねぇって!」

「こらこら、病人がいる家でそんな大声を出すものではないよ」

「くっそ……」


 覚えてろよ、などと呟きながら、アレンはずかずかと私の前を歩く。先程までのやり取りは何だったんだ。口よりも足のほうが正直だな、全く。やはり早く会いたいんじゃないか。

 母親を居間に残し、アレンと私はさして広くない廊下を歩いて、娘の部屋の前へとやって来た。アレンは一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)してからドアをノックする。こんこん、という控えめな音が響いた。


「リリア、入るぞ」


 少し間があってから、鈴を転がすような声で、どうぞ、と聞こえた。アレンは何かを決意したかのような表情でドアを開けた。


 部屋の中には柔らかい夕日が差し込んでいる。窓際では小さな花瓶に挿されたかわいらしい花が佇(たたず)み、殺風景な部屋に彩りを添えていた。

 そのすぐに横にあるベットから身を起こし、その少女はこちらを向いていた。腰までありそうな金色の髪は夕日を反射してきらきらと輝いている。


「いらっしゃい、アレン。今日はどうしたの」


 その声は何処までも透んでいてとても美しく、優しく私の耳朶(じだ)に残る。


「もしかして私に会いに来てくれたのかしら。なんてね」


 彼女は、かわいらしくころころと笑う。まだ幼さが残る風体(ふうてい)ながら、私の目には非常に魅力的に映った。


「それと、別のお客様もいらしているようですね。いらっしゃいませ、こんな格好で失礼します」


 非常に礼儀正しく、好感が持てる。そして美しい少女だ。これはアレンが惹かれるのも無理はないだろう。

 だが、これは。


「ご挨拶が遅れました。私は──」


 なるほど、こういうことか。


「イルヴァとサーシャが子、リリアと申します」


 にっこりと屈託のない笑顔が浮かぶ顔のその上半分には、その瞳を覆い隠すかのように幾重もの包帯が巻かれていた。

 私にはそれがとても歪(いびつ)に見えた。

閲覧ありがとうございますっ!

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