12 魔術と理術
髑髏蜘蛛三体ぶんの解体を手早く終わらせた私たちは、今日はこの場所で野営することに決めた。まだ明るいが程なく日が暮れる。そろそろ準備したほうがいいと判断したためだ。ここは見晴らしもいいし、仮に何かが近づいてきてもすぐに気付くだろう。
枯れた大木にぽっかりと開いた虚穴を覗くと中はそれなりに広く、二人程度なら入っても大丈夫そうだった。虫が巣食っていたり獣が使っている様子もない。下も湿っていないし、過ごしやすそうである。今夜はここで夜を明かすとしよう。
私は糸袋を抜き取った髑髏蜘蛛の死骸を崖下遠くへと吹き飛ばしたあと、アレンを連れて薪となる枝を探しに出掛けた。幸いにも枯れ枝はすぐに見つかり、充分な量を掻き集めてから私たちは引き返した。
その途中、アレンはふと立ち止まって草むらをじっと見つめた。どうやら何か小さな獣の痕跡を見つけたらしい。おそらく野兎、そしてこれはまだ新しい跡である、とのこと。流石は村育ちである。狩人のような真似ができるとは凄いものだな。
真剣に足跡を辿るアレンの背中を見ながら感心し、私は物音を立てないよう注意しながら後ろ姿を追いかけた。
それほど経たずに兎が二羽、遠くの草むらに居るのを見つけた。夫婦であろうか、仲良く寄り添っている。アレンは気配を殺しながら、荷物袋から短弓と矢を取り出す。こんなものまで持っていたのか、この男は。
なるほど、まだ冒険者として活動を始めてから日は浅いと言っても、一人で活動していると多芸が身に付くのかもしれない。
アレンが矢をつがえ、弓を引き絞る。息を殺しながら野兎の一羽に狙いをつけた。そしてじっくりと隙を伺い、とうとう矢を放った瞬間──。
野生の感でも働いたのか、野兎たちは耳をピンと立てたかと思うと、飛び出すように散開する。そこに矢が飛来するも大きく狙いを外し、地面へと突き刺さった。
私は念のため準備しておいた風の魔術で、野兎たちの首を両断する。頭が落ち、断面からどぷっと血を吹き出して野兎たちは倒れた。
「おっさん、すまん」
「なに、気にするな。矢は外したがこいつらを見付けたのはお前だ。役割分担というやつさ。それにこれで今夜の食事は、予定だった干し肉から豪勢にも兎肉となったわけだ。そのことを喜ぶがいい。もちろん私もこっちのほうが好きだぞ」
「そう言ってもらえると助かる」
会話をしながらも散らばって仕留めた野兎を集めてテキパキと解体を進めていく。あっという間に二羽の野兎はおおぶりの枝肉となった。漂う血の匂いを風の魔術で散らしてから、私たちは枯れた大木のある丘へと帰還した。
◇ △ ◇ ▽ ◇ △ ◇ ▽ ◇
辺りはとっくに暗くなり、前方の木々は不気味な雰囲気をたたえ、深い闇の中に包まれている。遠くで獣の遠吠えらしき声がする。何かしらの鳥らしき声も聞こえた。鬱蒼とした森は私たちの眼前ですっかりと夜に支配されていた。
そんな中、小さな焚き火の炎がゆらゆらと揺れ、野営にしては豪勢な夕食を終えた私たちを照らしている。食後の穏やかな空気が心地よく流れていて、各々くつろぎながら翌日の準備を行っていた。
私が魔術で水袋に飲み水を補給しようとしたところで、アレンは武器の手入れをしながら話しかけてきた。
「なぁおっさん」
「ん? 何だ?」
「俺にはよくわからないんだけどさ、おっさんは理術師っていうやつなんだろ? おっさんはいろんな魔術を使ってる。魔術師じゃあないのか?」
「む。魔術師かと言われればそうだが、本業は理術のほうだな。『白鴉の塔』にも所属していないし」
「だからそれがわからないんだよ。魔術と理術? ってのと、何が違うんだ。というか今まで理術ってのは使ったのかよ」
「いや、お前と会ってからは一度も使ってない。そもそも理術というものはそうぽんぽん気軽に使うものでもないんだ」
私は水袋の補充を終え、しっかりと蓋をした。そして右手の人差し指を立てて、新たな魔術を構築する。
『水よ』
立てた人差し指の先すぐの場所に、私の生み出した拳大の水が丸い形を持って浮かぶ。表面は軽く波打ち、焚き火の発する光をてらてらと反射していた。
「これが魔術だ。適性のある者が己の中の魔力を用いてこの世界の法則に従い、何らかの現象を引き起こす技術大系」
指をアレンの方へ、つい、と折り曲げる。小さな水の玉は音もなくふよふよと飛んでいき、彼の前で停止した。
「適性のある者たちの中でも出来ることに得意不得意はあるが、個人の努力と習熟によって効率化も図れるし、様々な応用も効く」
水の玉がぐにゃりと形を変える。丸から四角、星形、三角錐、細長い棒のような形へと次々に変化し、棒が捻れながらまるで蛇のようにとぐろを巻く。そして螺旋運動を描きながら端同士が繋がり輪の形になったあと、今までとは違ったでこぼこした塊になった。
「おっさん、これは何だ」
「見てわからんのか、犬だ」
「わかるかっ!」
アレンの言葉を無視して続ける。
「どのように変化しても、それは地続きだ。術者が形状、温度、勢いなど様々な要因を自ら制御し、世界の法則に則り使役する。何かを呼び寄せたり宙を舞うような魔術もあるが、それだってある種の法則の中での出来事だ」
私が曲げていた人差し指を元に戻すと、追従するかのように水の玉が再び私の元へと戻ってくる。魔術で生み出したこいつを維持しながら、私は右手に引き続いて左手の人差し指も同じように、ぴんと立てた。
そして私は、ささやかな願いを心の中にしっかりと描き、自らの内側と外界に小さな反発を感じながら《理の力》を行使した。
【水よ、生じて珠となれ】
体の中で何かが奪われるような感覚とともに、左手人差し指の上にも水の玉が生まれる。魔術で作ったものと同じように、音もなく浮かんでいる。
「そしてこれが理術。術者の願いを反映し、想いと代償を糧に世界と現実を塗りつぶして、《理の力》をもって不条理に捻じ曲げどんなに理不尽なことでも叶える圧倒的『奇跡』」
「どんな、ことでも……?」
「ああ。言った通りに、どんな理不尽でも我儘でも欲望でも何もかもだ。その願いが強ければ強いほど。そして代償が大きければ大きいほど力を増す」
「……」
「代償は魔術と違って何でもいいが、その願いに深く関係するものほど効果が強く出る。逆に魔力でもいいが、その場合はごっそりと持っていかれる。それこそ、願いによっては死ぬほどだ」
真剣な顔をして耳を傾けるアレンはこちらを見ている。薪にしている枯れ枝が崩れる小さな音がした。
「魔術と理術の大きな違いだが、魔術はあくまで研鑽された技術大系であり、この世界の法則によって成り立っている。対して理術は感覚的な部分が多く、非常に扱いづらい。そして世界の法則を容易くひっくり返す」
「……どういうことだ?」
「そうだな……例えば右手のこの水の玉だ。出したあとにここから出来る変化と言えば、さっきのように形を変えたり温度や大きさを変えたり、せいぜい凍らせる程度だ。それほど逸脱してはいない」
だが、と続ける。
「理術で生み出したこいつは違う。願いを受けて代償を喰らい、術者の我儘でどこまでも、どんな変化でもする。氷どころか炎や雷、酸や墨にだってな。君は先程私が形作った犬を酷評したが、ここから本当の生きた犬を生み出すことも可能だ。願いの強さと代償次第でな」
「そんなの、神様と同じようなものじゃないか!」
「神を名乗るほど私たち理術師は自惚れてはいないよ。制御できずに潰れていくものや対価を払いすぎて命を落とした者も数多い」
「……あっ! そういえばその水の玉を出したときの代償とやらは大丈夫なのかよ!」
「なに、この程度なら何でもないさ。私の魔力で充分こと足りる」
心配そうな顔のアレンを見つめ返し、私は肩をすくめながら答えた。殊勝なやつめ。
確かにそれなりに魔力は持っていかれた。しかし、さっきの例に出した犬のような場合ならまだしも、この程度の水の玉を出したぐらいでは実際にそこまででもない。
「私の師匠が言うには、私たちのこの世界の法則は河川で言うところの支流のようなものらしい。理術師の扱う《理の力》はその本流、源泉に働きかけるもので、だからこそこの世界の理を押し流し、覆し得るのだとか」
「わかったような、わからないような……」
「まぁこっちの道に進むのでもあるまいし、構わんだろう」
「そんなもんかよ」
「そんなもんだ」
私がそろそろ終わりでいいだろうと話を切り上げようと思っていると、アレンが何か思いつめたような目でこちらをじっと見つめていた。口を開こうとしては閉じ、視線を少し下にずらす。そしてまた話しかけようと視線を上げる。そして黙り込む。
何度も繰り返しているので気になり、私が痺れを切らしかけたとき、向こうからようやく話しかけてきた。
「おっさん、あの、さ」
「今度は何だ」
「……えっと……その……」
「……」
「……ごめん、何でもない」
私は大きくため息をつくと、話は終わりだとばかりに立ち上がり、水の入った革袋を片付ける。何の用かは知らないが、本人が話したくないのなら無理に聞き出すこともない。
そう思い、自分の武器を持ち焚き火の側に座って、異常がないかの点検を始める。無言で黙々と自分たちの装備をいじる私たちを、満天の星々がきらきら瞬きながらそっと見ていた。
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