11 蜘蛛退治
本日、二話更新んんんん!!!
走り続けていると、小高い丘のようになっている開けた場所が見えた。少し斜めになった枯れた大木が一本だけ立ち、その胴体から虚穴を覗かせている。
その手前で森は切れ、そこから先は背の低い草花がまばらに生え、丘の向こう側は削り取ったような垂直の崖となっていた。その崖ぎりぎりに立つ大木の下にはごつごつとした岩が見えた。
そこへ、汗にまみれて息も絶え絶えになったアレンが死にそうな顔で先行する。
「しめた! あそこで迎え撃つぞ!」
「何か……ゴホッ……手は…………あるのか……エフッ……」
「"おっさん"だからな。色々あるんだよ。ほらもう少し奥へ行って休んでろ」
「また……それかよ………カフッ……」
カヒューカヒューと愉快な風切り音を出しながら走るアレンを先に進ませて、私も森から出る。辺りを警戒しながら丘へと走り、荷物の入った袋に手を入れる。そして目当てのものを取り出しながら、体に巡る魔力を練り上げた。
体力も魔力も消耗しているが、まだまだ余裕はある。《理の力》は使わない。髑髏蜘蛛相手なら必要ないだろう。
アレンは崖寄りの場所に向かいながら歩き、残り僅かな体力で何とか剣を構えて警戒していた。休んでろといったのに。まぁその気概は買うがね。
私の方もそろそろ丘の中腹へと差し掛かるが、奴らはまだ出てこない。もう少し奥まで行ったほうがいいだろう。木々の隙間から奴らがいつ飛び出して来てもいいように身構え、油断なく進む。
奴らの姿はまだ見えない。襲ってくるとすれば、速度を活かした噛みつきか、糸を使った拘束か。なんにせよ、一度捕獲され熱喰い蛭の体液を付着させたアレンを諦めることは、よっぽどのことがない限りあり得ない。それこそ捕捉できないほどの速度で振り切りでもしない限りは。
しかし、奴らは現れない。
……おかしい。
もうとっくに追いつかれてもいいはず。アレンも意地か根性か何かで一度は速度を増して髑髏蜘蛛を引き離したが、この丘が見える位置まで来る直前に限界を迎えていた。優位性は消えていると言っていい。ならば何故。
私は嫌な予感を感じ、背筋に冷たいものを感じて急かされるようにパッと振り向く。するとそこには、崖の縁にそびえ立つ大木の枝や太い幹へと巻き付く三本の白い糸と、それにぶら下がるようにして跳ね上がる三体の髑髏蜘蛛の姿があった。
(野郎ッ! 糸で崖をよじ登ってきたのかッ!)
崖下から一気に飛び上がり飛来した髑髏蜘蛛は勢いを殺すことなく、それぞれアレンへと向かう。軽く舌打ちをし、私は準備していた魔術をすかさず別のものへと構築し直し、間髪入れずに解き放った。
『風よ!』
三体の蜘蛛どもは突如吹いた風の塊に弾き飛ばされ、鳴き声を上げながらアレンから少し離れた地面へと叩きつけられる。だがすぐに体勢を立て直すと、私たちを取り囲んだ。
くそっ、同種とはいえ、魔術の急な切り替えは負担がでかい。咄嗟のことで威力も甘かったか。
とはいえ、ようやく姿を見せてくれたんだ。たっぷりとおもてなししてやろうじゃないか。
魔術を警戒してなのかこちらには近付いてこない。それがお前らの命取りだ。髑髏蜘蛛を視界に収めながら、改めて魔術を構築する。さっきの影響で乱れた体内の魔力を強引に整え、一気にまとめ上げた。
先程からずっと手に持っていた袋の中から琥珀色の液体が入った瓶を素早く取り出し、蓋を開ける。それを宙へと撒き散らしながら、私は魔力を新たな魔術として完成させた。
『風よ駆け抜け満ち給え!』
激しい暴風が吹き荒れ、撒いた液体を巻き込みながら三体の髑髏蜘蛛へと押し寄せる。それらは意思を持つかのように渦を巻き、奴らをそれぞれ包んでいた。口を開閉し牙を動かしてるあの様子だと、奴らは何かを叫んでいるのかもしれない。だが、風の音で掻き消されこちらまで聞こえては来なかった。
こらこら、そんなに暴れても無駄だ。あいつが放った『風獄』ほどではないが、これはお前たちに破られるほどやわではない。ちょっとした悪戯もしているし、何よりこの風の牢獄はちと手強いぞ。
少しすると三体の髑髏蜘蛛はピクリとも動かなくなる。私は念のため少しの間魔術を維持し、観察する。
奴らは毛だらけの胴体をひしゃげさせて地面へと横たえている。足は潰れて力なく投げ出されていた。動きはない。
もう大丈夫そうだと魔術を解くと、蜘蛛たちを押し込めていた風の繭玉はほどけ、消えていった。
「おっさん……もう、いいのか?」
「ああ、心配ない。大丈夫だ」
しっかりと体を休める前に奇襲を受けたアレンはそれでもある程度は回復したらしく、息を荒げながらも私へと聞いてきた。こいつも存外頑丈な男だな。そう思った途端、気が抜けたのかアレンは草むらの上へと倒れ込む。そのまま手足を投げ出し、天を仰いだ。
「し、死ぬかと思ったぁ〜〜〜っ!」
「いい運動になったじゃないか、よかったな」
「そんなレベルじゃねぇよ……それにしてもおっさんは随分と余裕そうだな」
「そうでもない。これでも多少は疲れている」
「あんだけ走って魔術も使って多少とか……化け物かよ……」
「普段から冒険者としての鍛錬は欠かしていないし、魔力も鍛えているんだ。私はそこまで魔力量が多いわけじゃないが、常時展開にした身体能力向上の魔術やさっきの二発ぐらいではまだ平気だ」
「凄えな……」
アレンはそう言うと体を起こし、荷物から水の入った革袋を取り出して浴びるように飲んだ。満足するまで飲んだあと、残りの水を頭からかぶっている。目を細めていて気持ちよさそうである。
「それにしても、おっさんはいったい何をしたんだ? あいつらは急に動かなくなっちまったけど」
「ああ。急な来客だったが、どうせなのでね。おもてなししてやったのさ」
ニヤリと笑い、小袋から琥珀色の液体が入った瓶を取り出す。さっき蜘蛛どもに使ったものと同じものが入っている。
「髑髏蜘蛛はでかくて獰猛だとは言っても蜘蛛には違いない。この辺りの蜘蛛というのは、消化器官や呼吸器官が非常に非発達でな。退化していると言ってもいい。そのせいか、ある種のガスや強い酒精などを体内に取り込むと処理できず、容易に体を蝕む。そういったものは、奴らにとっては強力な毒になる」
そう言って手の中の瓶を軽く動かすと、中の液体が波を立ててゆらゆらと揺れた。アレンがそれを注視している。
「こいつは何度も蒸留した、非常に強い酒だ。これをたらふく喰らわせてやった。宙に撒いたこれを風で細かく散らせて、奴らを逃げられないように隔離しながら体中にまとわりつかせ、強制的に体の内部に送り込んでやった。外気をどんどん取り込んで外圧を高めるおまけ付きでな」
「それはなんとも……えげつない……」
アレンは奴らを同情的な視線で見つめ、大きく息を吐いた。さっきまで自分が殺されかけていたというのに、仕方のないやつめ。
「でもおっさんは何でこいつらをすぐに殺さなかったんだよ。おっさんならこいつらを簡単に殺せたんじゃないのか?」
「辺りに木々が生い茂る中でこの方法は少々使いづらいのさ。それに、濃い森の中で使える手段は限られているんだ」
「ええと、ほら、狼とやったときに使ってたあの水の玉はどうなんだよ」
「何を言っているんだ。溺れさせるような真似をしたら、せっかくの糸が水浸しになって台無しじゃないか」
お前こそ何を言っているんだ、という顔でアレンは目を剥く。
「じゃ、じゃあ、何か!? おっさんはあいつらを倒そうと思えば倒せたけど、わざわざここまで引っ張って来たってことか!?」
「その言い方は語弊があるが……まぁ……結果的にはそうなるな」
私が渋々ながらも頷いて肯定すると、彼は頭を抑え渋面で呻いた。
「あれだけ……死ぬほど走ったのに……」
「悪かったとは思うけれども、最終的には死ななかったのだから勘弁してくれ。それに髑髏蜘蛛の糸袋もいい金になる。向こうに着くまでに荷物を増やさないよう接敵をなるべく回避していたが、糸袋はそこまで重くはないし、それぐらいなら構わんだろう。もちろんお前にも金は渡すぞ」
「そういうことを言ってるんじゃ……もういいや、疲れた。何も考えずにこのまま横になってたいぐらいだ」
「その前にまだ奴らの解体が残ってる。休むのはいいがそのあとにしろ」
「……ほんっと、人使いの荒いおっさんだよ……」
アレンはそう呟くとよろよろと立ち上がり、重い体を引きずって、動かなくなった髑髏蜘蛛へと歩き出した。
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