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石蝕  作者: Sio
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第6話

「ねぇ。さぼうって好き字をあてて良いって言ったよね?」

当座の宿をとる街を目前にして、銀花は青年にそう尋ねた。日は大分傾いてきたが、さぼうは定刻通りに次の街に着くという。途中まで、通りがかりの荷馬車の荷台に乗せてもらったので、村三つ分の足は稼げたと彼は言った。

「ああ」

「早と望で、早望ってどう?」

「どういう字だ」

腕にべったりとくっついてくる少女を鬱陶しく思いながらも、結局は好きにさせている。少女が自分に甘えてくる様子は決して疎ましくはなかった。

愛しげな視線を向けると、嬉しそうにこちらを見上げてくる少女がいる。

「早いって言う字にね、望月の望って書くの」

村中の大人達に、良いあて字はないかと聞き回った末に、どうにかひねり出したのだと、武勇伝まがいに銀花は語った。

どおりで、荷造り最中にも関わらず時折姿を消したわけだと、早望は一人、苦笑をしつつも納得する。

「まぁ字面から考えれば、早くに昇る満月と言ったところだな」

「うんっ」

「……俺が満月で、お前は銀月か」

腕にしがみつく銀花から視線を外し、夕日とは反対の空に浮かぶ月をその目に映した。今宵の月は、細い弓を描く月。

「え?」

「お前は、月の綺麗な夜に生まれたんだよ。月が銀色に見えたから、それで銀。月ってのは、ものによっちゃあ縁起が悪いからな。だから月にしないで、花にした」

その言い方はまるで名付け親が自分であると言っているのと同じ。

「もしかしてあたしの名前って……早望がつけたの?」

「不満か?俺は結構気に入ってるけどな」

「何でっ、何で早望があたしの名付け親になっちゃうの!?どうしてっ!?」

何がどうしてそうなるのか、説明を求め抱きつく腕を何度も強く引く。けれど早望は意地の悪い笑みを浮かべ、「さて、どうしようか」と言った雰囲気でこちらを見下ろすだけだった。

それがささやかな悪戯心だと知っていて、銀花はその誘いに乗った。

遊んでもらうのは純粋に嬉しかった。

それが例え昨今、突然現れた兄であったとしても。想う人と似た面差しであったとしても。

抱く想いが相手の死を招くことを招くことを二度も思い知らされ、もう誰も好きならないと誓った。けれど一人ぼっちにはなりきれない。

想うことが許されないならば、遊び程度は許して欲しい。他愛ない遊びで終わらせるからこの時間まで奪わない欲しい。

罰が下る日が来るなら、『その時』まで――。



人々のざわめきが聞こえる。

刻限はとうに夜半近くであるにも関わらず、街から人の気配が消えることはない。けれど

それは昼間の喧噪とは違い、後ろ暗さを匂わせた独特の気怠さを隠し、夜闇に静かに溶けていく。

二つの寝台を用意された部屋は、すでに片一方の寝台に住人を迎え、眠りの淵に誘っていた。

穏やかな寝息をたてているあたりに、何も感じないわけでもなかったが、子供相手に何かを仕掛けるほど彼もまったく暇ではなかった。否、思案するべき事柄もなく、時分も夜中でなければ外見に反した悪戯心を起こして、何かしらのちょっかいを出していたかも知れない。

寝ている者と、そうでない者を仕切るために置かれた衝立を何気なく見つめながら、場末の宿屋の用意した固い寝台に、足を組んで腰を下ろしていた。

ふと何かを感じ、手を眼前に差し出す。

見覚えのある大小様々の水晶の原石が現れたのは次の瞬間だった。

灯りを消した部屋を柔らかく照らし出す、淡い銀色の光を放つそれは、部屋の天井近くに現れるなり、ぱらぱらと彼の手の中に落ちる。だが、それは受け止めるために開かれた手の中に納められる前に砕け散ってしまった。そして小さな破片になり、音もなく散らばってしまう。

やがて銀の光を失った水晶は、自ら弾けるように……けれども爆ぜる音は立てず、消失する。たった数瞬の内になされたことであったが、常人ならば易く見逃しただろう水晶の変化を、彼は目敏く確認していた。

元の持ち主が触れる度に、透明度と丸みを増していく不思議なそれらは、爆ぜる一瞬前、

それまでの透き通る様子はまるで嘘のように、闇色に染まっていた。それは触れることすら、拒絶しているようにも思えた一瞬だった。

結局、用無しになってしまった手を、そのまま胸元に寄せる。服の上から、唯一の例外であるそれを押さえる。

締め切った雨戸の隙間から、月光が微かに差し込む。

音もなく立ち上がり、締め切った窓辺によると、雨戸を押し開く。

遮るものを失った窓辺から、肌を刺す冷気と共に、驚くほど明るい月光が室内に忍び込む。窓の桟に座る場所を移動すると、中天で鮮やかな銀の光を放つ三日月を見上げた。

衝立の向こうから、可愛らしい小さなくしゃみが聞こえるまで、彼は一人の月見を続けたのだった。



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