↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステップガールとワイバーンの領主.改定版  作者: 六葉翼
ロンドン魔女紀行

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/36

ヤドリギの契約者


「この短剣は偽物さ!」


彼女は吐き捨てるように言った。


「しかし、魔女を殺すに特化された逸品には違いない!」


彼女の言葉は男を戸惑わせ。

さすがに死者もこれには困惑した。


死者と死者、生者と死者がお互いを見合わせた。


「どういった事でしょうか」


「私の師も、あんたと同じで、書物に関してはルナティックでね」


「成る程!ネ-ミングには凝るタイプと…お見受けしました!ならば最初から、本物で通して頂いた方が、さぞかし気分も盛り上がりましょうに!」


「私…そういうの分かんないんだよね。本なんて、数行でも読んだ日には、頭は痛くなるわ眠くなるわで」


「ならば私めが、貴女を支える知恵の杖となりましょう!」


「年寄りには?杖でも贈ったら?皆が皆喜ぶとでも?」


「いや年寄り扱いした訳ではなく、脩辞法を用いた比喩でして」


「あんた…じっくり話すと面倒くさそうな男だね!」


彼女は剣を抜いた。


「それでノ-ラ オブライエンを殺すつもりだった…と貴女は先程申されましたが」


「いかにもだよ」


「ではノ-ラ・オブライエンは魔女だと?」


彼女は剣を構えたまま。

落胆の瞳を彼に向けた。


「歴史学者は、ともかくだ…あんた作家にはなれないと、私は見たね」


「歴史小説も書いてみたいと常々、こう見えて、中々のものと自負している次第です」


「今のやり取りで、シェイクスピアなら1章は既に書いているだろうね、尤も」


「シェイクスピアも読まれていないと?」


「文句あるのかい?」


「いえ、別に」


男は可笑しさを堪えるように横を向いた。


「貴女は実に勇敢なお方だと、先程からお見受け…」


「ヤドリギ」


男の言葉を遮るように。

彼女の言葉が森に響いた。


「ノ-ラ・オブライエンは、魔女そのものではなくて【ヤドリギの契約者】と呼ばれる者だ。正確に言うと、その系譜に名を連ねる人間さ」





私は幸福だった。誰に聞かれても胸を張ってそう答えられる。


私が、幸福を感じて生きる事が出来たと思うのは。今はそれが失われたと思うからだ。


人々から疎外され、部屋に閉じ込められた私。


こんな私でさえ、いつか白馬に乗った王子が目の前現れて、呪いを解いてくれる。そう信じていた。


15になった時に、その人は本当に目の前に現れた。王子ではなく、私より2つ年上の女の子で。彼女は魔法使いだった。


彼女は魔法使い。少なくとも私は今も、そう信じている。


彼女は私を外の世界に連れ出し。


「私もこの世界で生きていいだ…」


そう教えてくれた人。


お姉さんの元で仕事を手伝いした。お茶を入れたり、時には危険な案件に出くわしたりもしたけど。


それは充実した楽しい毎日だった。


独立してからも、お姉さんは私に色々アドバイスしてくれた。


なにより仕事も順調だった。


いつもアルカナは私の手元にあった。触れてさえいれば安心出来た。


クリスマスには、ジンジャーブレッドのクッキーを焼いて。お姉さんの家を訪ねた。ハ-ブを混ぜたワインは私たちには重いから。


シャンパンに絞って飲むためのオレンジ。スモークしたサ-モンに、焼きたてのタ-キーは、バスケットの中でまだ温かい。


最後にブランデーをかけて火をつける。クリスマス・プディングは「アンチクライスだから一度も口にした事がない」確かそう話していた。


どんな顔をするだろう。

文字通り最後の楽しみだ。


しかし人は幸せな時の中にいても、明日の未来を疑わずにはいられない。そういうものなのだろうか。


私はカ-ドに問いかけてしまう。

私とお姉さんのいる未来の姿を。


けれど結果はいつも私を落胆させた。深い失望の闇へと陥ちる。


姉さんがいて、家族に囲まれた幸せな風景。無論そこに私の姿はない。


暗い森の入り口を抜けて。

彼女の家の未来の窓から。


私は見ている。


置き忘れられ埃を被った。

古い肖像画のように。


お姉さんの幸福は、私の幸福ではないんだと知った。妬む事や、哀しむ事が不幸なのではなく。その感情に染まりきる事が出来ない。


そんな自分が今こうして此処にいる事。それが不幸なのだ。


クリスマスに私は、ジンジャーブレッドや、ご馳走を詰め込んだバスケットを提げて窓の外にいた。


暖炉の火が、部屋の中を暖かい光で包み。クリスマスらしい素敵な陰影を作っていた。


童話の世界に出てくるような。魔法使いの女の子と、花束を抱えた男性のシルエット。


2つの影はやがて1つになる。


男の胸に顔を預けるようにしていた。彼女の瞼が開く。


暖炉の焔のせいか、頬が薔薇のように紅く染まって見えるのは。


茨の冠のように黒い睫毛が開いて、見つめる先に外で凍えた私がいて、私の心はその時言葉を呟いた。


「私の事を、野良犬みたいに見るのは止めて、お姉さん」


呟やきではなく。

多分それは絶叫…


心が血を流す時に上げる。


叫び声だった。


あれは、本当に現実だったのか。


アルカナが見せた未来?


魔女が見せた幻?


それとも、アブサンや阿片の幻覚かしら。


波間に呑まれていく絵札を見つめながら。橋の上でノ-ラ・オブライエンは問いかけた。


テムズ川の流れはいつもと変わりなく。何も答えてはくれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。