ノーラオブライエンⅢ
ノ-ラはその後父親の経営する【めかし屋】なる店に出て働き始めた。
好景気に沸くロンドンで客足は好調だった。
ノ-ラは接客をしながら。
合間に仕立の仕事を習った。
彼女が店で仕上げたのは、男性用の背広や燕尾服ではなく。魔法使いのようなコ-ト一着だけだった。
店にいる時も大概その格好で過ごしたため「魔女」の仇名は消えなかった。
しかし死者の嘆きではなく。誰にでも明るい笑顔を見せるようになった。そんな彼女を、近隣の人々も、店を訪れる客達も受け入れた。
霊媒仕事の最後の日。
「私、お姉さんと同じ仕事がしたいです」
ノ―ラは彼女に告白した。
先輩の魔女は「それはオススメ出来ないね」
そう言った後で「この仕事に大切なのは人あしらいさ」
そうノ-ラに忠告した。
「生きていても死んでいても。人が何を求めて、そこに居るのかを読みとる事が大切なのさ…ある意味、能力以上に大切な事だ。どちらにも感情移入せずに、線を引く事が求められるよ」
「あんたに霊媒は向かない、とても危険だからね」
そう優しく但された後で。ノ-ラは彼女に包みを手渡された。それは飾り気のないヴェランの包み。
中を開けてみると。
色とりどりの神秘的な絵が描かれた。絵札たちが顔を除かせた。
「綺麗…これはアルカナですね!」
ノ-ラは、包みの中のアラビア文字や数字、戦車や女帝、塔から転落する男が描かれたカ-ドを見て。思わず声を詰まらせた。
「お姉さん、これを私に?本当によいのですか!?」
「私が、師から一人立ちを許された時頂いたものの一つだ、あんたにやるよ」
「そんな、お姉さんが師匠に頂いた大切な物を…私なんかが頂く訳には」
「私はとても生意気な弟子で、師が私にそれをくれると言った時『それは必要ない』と断ったんだ」
「何故ですか?」
「私には、カ-ドも水晶玉も必要ないからと…そしたら師は私にこう言ったんだ」
「今のお前にやるのではなく、未来のお前に託すのだよ」
「未来の、お姉さんに」
「今その意味が分かったよ。私は一人立ちするからと、師を越えたつもりになっていたが」
彼女は苦笑した。
「未だに、全然駄目だ!」
彼女は、タロットについて、簡単な説明をノ-ラにしてくれた。
タロットは、15世紀に北イタリアで作られた、ヴィスコンティ版が最も古いカ-ドとされている。
「それは、そもそも占い用に作られたものじゃないから、持っていても意味がない。美術館に飾られるような代物さ」
彼女がノ-ラに手渡したタロットは、18世紀フランスの占い師エッティラが、その晩年に絵師に描かせた。手書きのカ-ドだった。
「彼女が、アルカナ占いの開祖と呼んで差し支えないと思うよ。後々、練金術の要素や、様々な神秘学が加えられたが…このアルカナは、それを基に作られている。謂わば由緒正しいオリジンて訳さ」
「何だか怖いわ」
「敬意を払うという意味で、それは大切かもしれないが。カ-ドがあんたを相棒に選ぶかどうか。それは未だ分からないよ」
彼女はノ-ラをテ-ブルの椅子に着かせ。自分は後ろに立って言った。
「さあ、切らないでいいから、1枚だけ札を捲って見せて」
彼女に言われるままに、ノ-ラはカ-ドに手を伸ばす。
「そう、力を抜いて…ただ漠然と思うだけで構わない」
彼女の前髪が、ノ-ラの襟足を擽るくらいまで近づく。ノ-ラはくすぐったそうに身を捩る。
彼女の伝えようとする真剣さが、背中越しにも感じられた。自然と熱を帯びた吐息。ノ-ラの耳に触れる。
カ-ドを捲ろうとしたノ-ラの右手を制すように。彼女の手と手が重なる。しかし、けして触れようとはしなかった。
「過去を思って」
「私の過去を」
言われるままに一枚を無造作に抜きとった。
「隠者のカ-ド…上々だね」
彼女の声が少し軽くなった気がした。
「それを横に置いて、それはあんたの過去、読み解く必要も思い出す必要もないものだ、忘れてしまいな」
「お姉さん次は」
やや紅潮した面持ちで。
ノ-ラが問いかける。
「未来を」
「未来を見るなんて…私何だか怖いわ」
「なら私の未来で構わないよ、さあ占ってみせて」
「お姉さんと私の未来を…それなら私…怖くありません!」
「いきなり、そんな高度な占いは難しいんじゃないか」
「大丈夫」
ノ-ラはカ-ドを抜き取る。
月のアルカナ。
中央に人の顔が描かれた月。
「月の下にある対の建物は?」
「それは門だね」
門の下には森と左右対象に並ぶ狼、水辺から顔を覗かせるザリガニ。
「お姉さん、このカ-ドは何を意味しているのかしら」
ノ-ラの言葉に彼女は素っ気なく言った。
「カ-ドの意味なんて、知らなくていいよ」
「それでは占いになりません」
「意味を知りたきゃ、本でも読めばいい。でも、そうじゃないんだよノ-ラ」
「さあ、手に取ったカ-ドじっくり眺めてごらん。あんたはそれを見て何を思う?思い浮かんだ言葉を言ってみて」
「森…です」
「そしたら今度は、カードを自然な視野の中で、自然な状態で目に近いところで眺め、さらに視点はカードではない遠くを眺める。視点にカードを入れたまま。遠くに視線移動する感覚さ…やってごらん」
カードの風景は目の前で、ぼやけながらも近づいて来る。そんな感じがした。
徐々に視界の中心、ノ-ラ意識の中心に、まるでカードの風景と同化するような感覚が芽生える。
「そこまで来たら成功さ…最初にカ-ドを見て森を思い浮かべたね」
「ええ、森が見えた気がしました」
「高い山なら洞窟を…それがつまりゲートさ」
「ゲート?」
「カ-ドを読み解く入り口を、自分で拵えないといけないのさ、もう一度カ-ドを見て、さっきと同じように」
「森を…」
気がつくと、ノ-ラは森の入り口に1人立っていた。
恐る恐る森の入り口を潜ると、知らず知らずのうちに駆け出していた。
駆け出した足は止まらない。
風さえ吹かぬオ-クの森。
ノ-ラは地表に剥き出しになった根に躓く事なく。
風のように森を駆け抜けた。
灰色の体をした栗鼠は時のように、すばしこく森を走り回るが、ノ-ラはそれよりもさらに早い。
やがて見えて来る。
森の真ん中に聳える。
黒く憐れな首吊りの木。
ぶら下がる死者共が、風見鶏のように向きを変えて、ノ-ラを見送ったのも束の間。
夥しい死者の群れに囲まれている。
若い病み窶れた顔の紳士。
その隣にいた若い女の子。
あれは、お姉さん?
随分若いように見えるけど…私が見ているのは本当に未来なの?それとも過去?
森を抜けたノ-ラは、見知らぬ荘園の門の前に立っていた。
ソヘは見上げるような。豪奢な造りの大邸宅。まるで陸に乗り上げた貴船の様。
門の中央に施された竜のレリーフは翼を広げ。嘶くように来る者を威圧していた。
「戻ったのかい、ノ-ラ」
ノ-ラの華奢な肩に掌が添えられる。返事を返す代わりに、ノ-ラは彼女の手を取り自分の頬にあてた。
あまりの事に声も出なかった。彼女の掌は、初めて寝室で触れられた時と同じで、温かい。
「疲れたようだね、無理もない。アルカナは…あんたを主と認めたようだね」
「でも、お姉さん私今見た事、上手く説明できないわ」
「説明しなくていいよ」
「どうして?私お姉さんの未来を見たのに、知りたくはないの?それとも全部知ってるから?」
「私は自分で自分を占ったりしないよ。先の楽しみがなくなっちまうからね」
「そういうもの」
「お姉さんはやっぱり偉大よ…女王陛下より、大司教様より偉大!私そう思います!」
「カ-ドが、あんたを良き未来に導いてくれると私は信じてるよ。死者に伺いを立てるのは危険だからね」
「ええ、そうね」
「生きていても死んでいても、他人の言葉は人を迷わすだけさ。ノ-ラ、そのカ-ドは大切にした分だけ、あんたを助けてくれるはずさ」
「生涯手放しません…私の大切な…大切に…」
それか鼻薬でも嗅いだように。
ノ-ラは深い眠りに落ちた。
目を覚ますと。
部屋に彼女の姿はなかった。




