ノーラ オブライエン
「ブリーディング ハ-ト コ-トには、ノ-ラという凄い霊媒師がいると…阿片窟で噂を聞いたのですが」
「そのノ-ラは私の孫じゃない」
「教えられた住所には貴女…いや、お孫さんがいましたよ」
「阿片窟で『何かお悩みかい?浮かない顔だねえ』…とかなんとか言って話しかけて来た、ばばあがいたはずさ」
「ええ確かに」
「その女がノ-ラ・オブライエンさ」
「どういう事ですか」
「つまり、あんたはインチキ霊媒師にカモられるとこだったって事さ」
「つまり、お孫さんは詐欺の片棒を担がされていると?」
「言いにくい話しだけど、その通りだよ」
彼女の話しによると、ノ-ラは昔彼女が請われて、除霊した事がある女性だった。
「確か家族は、アイルランド系で、7ダイアル辺りに住んでたはすだよ。父親はグレイズの通りで、小さな仕立て屋を営んでいたね。私はノ-ラの実家に呼ばれて行ったんだ…私が17、あの娘は15だった」
ノ-ラ・ オブライエンは、小さい頃から近所で「魔女」と噂されていた。
「昔から他の人が見えない人が『見える』、聞こえない声が『聞こえる』と言っては、近所の人や家族を怖がらせる、厄介者だったんだ」
客商売をしているノ-ラの父親は、娘が外に出て、おかしな事を言い出さないように。彼女を部屋に閉じ込めてしまった。
「親父さんの商いは順調だったし、娘を1人、部屋に囲うぐらいの余裕はあった。窓から逃げ出さないように、格子がついた部屋だけどね」
しかし、娘盛りを迎える自分の娘をいつまでも、家に閉じ込めて置くわけにも行かず。彼女に相談を持ち掛けた。
彼女の評判は、西ロンドン辺りではかなり広まっていた。
「学校にも職にも就けない娘だが、せめて結婚ぐらいはさせてやりたい」
そう言われて訪れた彼女の部屋は、夜でもないのに漆黒だった。
壁にも床にも「喋るな」と言われた死者の呟きが、びっしりと上書きされていた。
「ノ-ラはね、寸でのところで正気を保っていたよ。親の『喋るな』という言いつけをきちんと理解して、守るくらいにはね。彼女は私の顔を見るなり『両親に申し訳ない』そう言って泣いたんだ。彼女は魔女でもないし、幽霊にとり憑かれた訳でもなく、ただ本物だっただけだ」
「本物」
「本物は本物さ」
「さっきインチキだと」
「今はね、昔は違ってたよ」
「目に見えていないものの気配がしたり、聞こえるはずのない咳払いなんか聞こえたら、そりゃ確かに恐いだろうさ。それが、あんたには見えたり聞こえたりする。そうだねノ-ラ?」
ノ-ラは彼女の言葉に力なく頷いた。頷くというより、すべての望みから見放され。項垂れる受難のキリストのように彼女の目には映った。
「わざわざ見えてるものを、恐がる必要なんてないんだよ。ノ-ラ・オブライエン」
ノ-ラが、はっとして顔を上げる。それよりも早く彼女の手はノ-ラのか細い指先に触れていた。
「さあ立って行くんだよノ-ラ!」
「行くって何処へ」
「決まってるじゃないか。なるべく人がたっくさん集まるとこさ!」
ノ-ラは目の前で手を振って、何か言いかけた。けれど彼女は満面の笑みでノ-ラに言った。
「大丈夫、私を信用しな!」
「黙ってたって、ベッドで過ごさなきゃならない日は、いつかやって来るんだからさ。ねえ…ノ-ラ・オブライエン。あんたが、本当に今しなきゃならないのは、ただ人に慣れる事なのさ」
手は繋いだままだった。彼女の漆喰の歯が一本抜けた笑顔を見て。
ノ-ラは黙って頷いた。
「魔法使いは自分の虫歯は治せない?」
そう彼女に訊ねてみたかった




