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ステップガールとワイバーンの領主.改定版  作者: 六葉翼
番外編 スクリー厶貴族と魔法使いの少年

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Nightingale&Chatelaine Ⅰ




「師匠この御屋敷ですか?」


その日、魔法使いの弟子モートが、師匠のスクリーム公爵のお供で訪れたのは、いかにも古い歴史を感じさせる佇まいの、大きな邸宅だった。


師匠はモートの言葉に首肯くと、英国でマナーハウスと呼ばれる大邸宅の門の鍵を、弟子に手渡した。


英国北部ウェスト ヨークシャーのバーストール村に、エリザベス朝時代に建てられた、そのマナーハウスはあった。


「見てみろダーリング、この建物に使われている黒っぽい石がグリットストーンだ」


100エーカーはありそうな、広大な庭園の中を歩きながら、師匠はモートに説明した。


目の前の屋敷は、中世後期の建築様式となっていた。


英国では蜂蜜色の石が使われる南部のコッツウォルズ地方と、黒っぽい石が使用される北部と、地方によって建築に使われる石の色が違う。


「ここ北部では、昔ながらの屋敷には黒っぽい建物が目立つのだ。どうだダーリング…この庭園と屋敷との調和…実に美しい景観ではないか?」


師匠は、この度購入した屋敷を前に上機嫌だった。


モートは以前、屋敷の階段で起きたことを思い出し、今にも師匠が歌いだすのではと、ひやりとした。


「なんと1580年だ!」


このお屋敷は、1583年にジョン・ブロンテ氏という貴族によって建てられた


確かにワインでも、それくらいの年代に作られた物なら、価値も高いだろう。


「しかし、こんな女王様の宮殿のような屋敷を買って、師匠はどうするつもりだろう?」


モートには疑問しか浮かばない。


師匠はこのような、豪奢な古いマナーハウスや中世の古城を、国内外に多数所有しているようだ。


お金持ちの貴族だから。


そんな御屋敷の一つや二つ、所有していても何ら不思議はない。


しかし如何せん数が多い。


そこで王様や他の貴族のように、召し使いを抱えて、優雅な暮らしをするわけでもなく。


年中旅を続けている。


1ヶ所に滞在することは稀で、暮らしている屋敷も、モートの修行のために滞在しているだけらしい。


一人や二人で暮らすならば、屋敷はそれほど必要とは思えない。


旅をするなら、その土地にある高級な宿を利用すれば済むはずだ。


このような、住みもしないマナーハウスを多数所有して、管理するだけで大変な金がかかるだろうに。


その疑問をモートは師匠に訊ねてみた。


「それは高貴な貴族の嗜みだ!お前も、そのうちわかるさ、ダーリング!」


貴族の嗜みなら、なるほど自分のような身分の者に理解は遠い。


高価な絵画や彫刻ばかり集めて屋敷に飾り、眺めて喜ぶ人の気持ちは、モートには理解出来なかった。


深夜、師匠の部屋にナイトキャップを運んだりすると、師匠は机に置いた髑髏と会話をしている。


それも貴族の嗜みらしい。


「さあ扉を開けてくれダーリング」


最近師匠は、モートのことをダーリングと呼ぶ。


以前、歌を聞いて失神した。


その時師匠に、ベッドの上で乳を吸うように強要された。


なんとか断ることに成功したが。


その時師匠と不適切な関係を結んだわけではない。


適切な魔法使いと弟子の関係だ。


魔法使いと弟子の関係が、世間的に適切かどうかなんてわからないが。


少なくとも、髭の中年紳士にダーリン呼ばわりされるいわれはない。


師匠は師匠で、モートを不適切な目で見てはいないようで。


とりあえず安心した。


もし、そんなことになったら舌を噛んで死のう…モートは考えていた。


師匠はこの頃、弟子のモートや老若男女貴賤を問わず。会った人すべてをダーリングと呼んだ。


何を起源かわからない。しかし師匠の中では、それが今流行らしい。


それも貴族の嗜みか。


「やめて欲しいぜ」


そう思いながら、モートは屋敷の扉の鍵を錠前に刺した。


メインエントランスを入ると、グレート ホールと呼ばれる、大きな吹き抜けのレセプション ルームが目の前に広がる。


経年の埃の帯が、午後の陽射しの中で閉ざされた時のように揺蕩う。


「18世紀初頭に、ジョン ブロンテ卿の孫が2階部分を取り払い、吹き抜けのホールを造り上げたと言われている…素晴らしい!」


「この部屋は、来客へのレセプション ルームとしても使用され…嘗ては大勢の商人たちなどが集まったに違いない!ここは、おそらくダイニング ホールとしても使用されていたのだよ。この屋敷を訪れ、グレート ホールに通された客人たちは…その部屋の素晴らしさに、さぞ感激したに違いない!今の私のようにね!」


師匠は興奮冷めやらぬ口調で語る。


モートは師匠の言葉につられ、吹き抜けのある屋敷の高い天井を見上げた。


『帰れ』


天井から低い声が聞こえた。






当時の家具がそのままに


当時の家具がそのままに


揺りかごも当時のまま


揺りかごも当時のまま


素敵なままの素敵な屋敷


師匠は上機嫌の極み。


今にも歌い出しそう。


それはそれで、モートには危険に思えた。


「し、師匠、天井から「帰れ〜!」って誰かの声が!」


「聞こえておる!私を誰だと思っておるのだ!精霊バンシーを御先祖に持つ、音の魔術師にして、叫びの第一人者!スクリーミング ロード リッチ公爵なるぞ!」


師匠は怯えるモートを見て言った。


「ははあん、さては怖気たか!いつも威勢のいいことばかり言ってるくせに、だらしがないぞモ…」


「モ?」


「モーリング」


もう俺じゃなくて、それは別人です…師匠。


「師匠ここはお化け屋敷です」


「そのようだな」


「わかって買われたのですか」


「うむ」


「天井から『帰れ』という声が」


「実にお化け屋敷らしいではないか!」


もし天井から『帰れ』と声がしたら俺は帰る。


売ったやつに文句を言って。

金を返してもらうべきだ。


モートは思った。


「師匠、帰りましょう」


「いやだ」


師匠は子供みたいに言った。


「お前にも、この館の主の声が聞こえたのだな。修行の成果だ!成長したな!」


師匠は天井を向いたまま、自慢の髭を撫でながら言った。


思わぬところで師匠に誉められた。


それは嬉しかった。


「師匠、俺は目に見えるものなら何も恐れません!しかし見えないものは…」


「ふむ」


弟子の言葉に頷くように、師匠の目線は床に落ちて戻らなかった。


モートは、師匠の目線の先にある、自分の爪先に目をやる。


ロココ調のラウンドガウンに身を包んだ貴婦人の顔が、モートを見上げていた。


慈愛と悲しみに満ちた瞳。


金糸の刺繍が施されたパニエの胸元から覗く、白くふくよかな胸の谷間。


レース飾りと、リボン結びの列を並べたエシェルは宝石で飾られる。


着装はガウンにピンで留めるため、とても手間がかかりそうだ。


柔らかな、金色の髪のひとすじが所在なく額にかかり。


頭を覆うラペットは、彼女を本物の修道女のように見せた。


彼女の腰元のフレアは、膨らんではおらず、まるでコルセットのように大蛇が巻きついていた。


大蛇の鎌首がモートを威嚇する。


婦人は愛おしげに、モートの靴をしきりに舐めまわしていた。


ガウンの裾から覗く、婦人の両足ではないものが床を這いずる。


「御機嫌如何ですかな?」


師匠が恭しく、床のものに言った。


「私がこの館の新しい主。スクリーミング ロード リッチ公爵であります!以後お見知り置き下さいませ…ダーリング!」


師匠、この人にまで。


俺…もう帰りたい。

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