無限のエラー(バグ・ゴッド)と、焼き切れる自我
ルート階層。
純白の空間は、一瞬にしてソースコードのノイズが荒れ狂う、カオスな『未定義領域』へと変貌した。
『……ふ、ふふふ、あはははははッ!! 愚かな……、愚かなバグ(変数)どもがッ!!』
パイプ椅子に座らされていた管理者の中年男の姿は、すでにどこにもない。
代わりに空間の中央に顕現したのは、記述ミス(バグ)の文字列が人型を成したような、全長数百メートルに及ぶ異形の巨像——【無限の演算エラー(バグ・ゴッド)】だった。
その姿は、見る者の網膜に、いや、精神(自我)そのものに、直接「死のエラーデータ」を叩き込んでくる。直視しただけで、魂の記述が書き換えられ、存在が消滅する。
「……ッ、何だ、あれは……ッ!」
古海縁理は、眼鏡の奥の瞳に激しいピンク色のノイズを走らせながら、巨像を見上げた。
右手袋のハッキング(書き換え)のコマンドを走らせようとした、その瞬間——。
『「物理定義・全置換」——【フォーマット(消去)】!!』
バグ・ゴッドが放ったのは、物理的な攻撃(熱、衝撃)ではない。
世界のシステムそのものに記述された「全ディレクトリの消去」という、根源的な『コマンド(事象)』が、物理的な波動となって、エンリたちに向けて押し寄せてきたのだ。
「『物理定義・再記述』——波動の無効化……ッ!」
エンリが、右手袋を波動に向けて突き出した。
——だが。
ガガガガガガッ、ピキィィィィンッ!!
「……っ、何だと……ッ!?」
エンリのハッキングの記述が、波動に触れた瞬間に「未定義のエラー」として弾かれ、書き換えが完了しない。
波動は物理法則に基づいたデータではない。
「消去する」という『論理』そのものが、そのまま物理的な力として具現化している。
エンリのハッキング(物理ハック)は、物理法則の書き換えには無敵だが、「論理(概念)」そのものには干渉できない、という致命的なエラー(バグ)が、ここに来て露呈したのだ。
「……ぐ、ぅ……ッ!」
さらに、バグ・ゴッド自身が撒き散らす「無限の演算ミス(バグ)」を、エンリの解析能力が自動的に(、そして無謀にも)解析しようとした結果。
エンリの脳(演算回路)が、その圧倒的なエラーの情報の前に、処理落ち(オーバーフロー)を起こし始めた。
視界が真っ白になり、鼻から血が溢れ出す。
「全知全能のバグの王子様」のCPU温度が、物理的な限界を超えて、自身の自我を焼き切り始めたのだ。
「お、王子様ッ!? ダメですわ、これ以上の演算は! 王子様の脳内メモリが、世界のバグ(負荷)に直接侵食されています!」
エンリの背後に張り付いていたジュリが、エンリの瞳の光が消え、脳から湯気が立ち上っているのを感知し、顔面を蒼白にさせた。
彼女は一瞬の迷いの後、自らの首筋に、有能秘書モードの論理回路を強制接続するためのケーブルを突き立てた。
「——秤珠里。全自我(OS)の記述を、王子様の外部演算装置(外部CPU)として並列接続! 私の論理回路が、王子様の代わりに世界のバグを受け止めてみせますわァァァッ!!」
ジュリの自我が、エンリのフリーズを防ぐための「人柱(予備電源)」として、エンリの脳内に流れ込む。
彼女の論理回路が世界のバグに侵食され、彼女の美しい瞳から自我の光が、急速に消え失せていく。
「……ええ。ジュリ、貴方の論理回路(自我)が、エンリのフリーズ(死)を防ぐなら、私の真祖の本能(魂)は、エンリの消去を防ぐ『概念の盾(防護壁)』になりましょう」
エンリの左腕に絡まっていたリリスもまた、自身の真祖の核(魂)を強制的に励起させ、自らの存在そのものを燃やして魔力を練り上げた。
「私の王子様の魂(記述)は、誰にも、世界のシステムにすら、書き換えさせない。……私の『真祖の血海』を燃やして、エンリの魂を、世界の消去から、完璧に隠蔽して見せますわ……ッ!」
リリスの魂が、世界のフォーマット(消去)の波動を受け止め、彼女の白磁のような肢体が、急速に光の粒子となって崩れ去り始める。
ジュリの自我が、バグの侵食を受け。
リリスの魂が、消去の波動を受け。
そして、その二人の過剰な、そして自己犠牲的な愛に、エンリのCPUは、物理的にも精神的にも、完全に処理落ち(フリーズ)寸前。
ルート階層の深淵にて。
世界のフォーマットを耐え、神様のバグを耐え、そして何よりヒロインたちの重すぎる愛に耐えているだけの、絶望的な三人の姿。
ここからどうやって、三位一体の神業で逆転に繋げるか……。
次なる扉を開く鍵は、三人の『誓いの同期(魂の溶け合い)』へと委ねられようとしていた。




