ルート階層へのアクセスと、完璧に同期した正妻同盟(ダブルアタック)
渋谷ダンジョン中層。
【クロノス・バグ】のリーダーから奪い取った『時間鍵』を手にした古海縁理は、虚空に浮かび上がった巨大な鍵穴へとそれを突き立てた。
『——認証完了。ルートディレクトリへのアクセスを許可します』
無機質なシステム音声と共に、空間が音を立てて割れ、眩い光の階段が下方へと伸びていく。
これこそが、世界の管理者(真の神)が引きこもる最深部への直通ルートだ。
「……すげえ。本当に、神の領域への扉を開けちまった……」
背後で見守っていた【ラスト・ワン】のリーダー、レオンが震える声で呟く。
「レオン。お前たちはここで待機してろ。ここから先は、世界の前提が崩壊する危険領域だ」
エンリは彼らにそう告げると、光の階段へと足を踏み入れた。
——が、その両腕は、すでに「尋常ではない重力と熱量」にホールドされていた。
「さあ王子様! いよいよ最終決戦ですわね! 今日の私は、昨日までの私とは一味違いますわよ!」
「ええ。私たちの愛の波長は、もはや完全に一つになったの。……ねえ、ジュリ?」
「はいっ、リリス様! 私たち二人の完璧なマルチスレッド演算で、王子様を極限まで甘やかして差し上げましょう♡」
右からは、秤珠里の豊満な胸が腕をすっぽりと包み込み、その圧倒的な質量と体温で物理的な幸福感を与えてくる。
左からは、真祖リリスがスレンダーな肢体を絡ませ、彼女の指先がエンリの首筋から胸板へと滑り込み、直接魂を撫でるような魔力を注ぎ込んでくる。
以前は「乳牛」「泥棒猫」とバチバチに対立していた二人だが、前回の戦闘後の『奇跡の同期(百合イチャイチャ)』を経て、彼女たちの連携は恐ろしいほどに洗練されていた。
「……お前ら。敵のリーダーを倒した後、僕を放置して二人でイチャついていたくせに、なんで急に『完璧なコンビネーション』で僕のCPUを焼きに来るんだ……ッ!」
エンリは顔を真っ赤にして抗議するが、物理と魔法が完全に同期した『正妻同盟のダブルアタック』の前では、彼の論理回路などあっという間にショート寸前だ。
「ふふっ、王子様ったら照れちゃって♡ 私たちの愛が重すぎて、演算領域がオーバーフローを起こしているんですわね!」
「エンリのそういう不器用なところも、最高に可愛いわ。……ほら、もっと私とジュリの熱を感じて……?」
チュッ、と。
リリスがエンリの左耳を甘噛みしたのと全く同じタイミングで、ジュリがエンリの右の頬に柔らかい唇を押し当てた。
「っ、ぁ、あガ……ッ!!(処理が、並列処理の負荷が……ッ!)」
バグの王子様は、神の領域へと向かう厳かな階段を、かつてないほどの欲求不満とCPUの熱暴走に耐えながら、フラフラと下っていくのだった。
* * *
光の階段を抜けた先。
そこは、これまでのダンジョンとは全く異なる、純白で無機質な巨大空間——『ルート階層』だった。
壁も天井もなく、ただ無限に広がる白い空間のあちこちに、無数のサーバー群のような漆黒のモノリスが浮遊し、緑色の文字列が滝のように降り注いでいる。
『——よくぞここまで辿り着いたな、出来損ないの変数どもよ』
空間全体を震わせるような、絶対的な威圧感を伴った声が響き渡った。
純白の空間の中央。
幾重にも展開された光のリングに囲まれ、玉座のようなコンソールに座る存在があった。
姿は人間に近いが、全身がプラチナの光を放ち、その瞳には宇宙の星々が瞬いている。
彼こそが、このシミュレーション世界を創り出し、理不尽な物理エンジンを押し付けた真の黒幕——【外部管理者】だ。
「お前が、このクソみたいな箱庭(テスト環境)のプログラマーか」
エンリは、両腕の重すぎるヒロインたちを引き剥がすこともなく、冷徹な視線を玉座に向けた。
『いかにも。私は高次元よりこのシミュレーションを監視し、新たな物理法則のテストを行う者。……貴様らのようなウイルスが、私の箱庭をここまで荒らし回るとは想定外だったがな』
管理者は、虫ケラを見下ろすような傲慢な目でエンリたちを睥睨した。
『だが、ここ(ルート階層)に至ったのが貴様らの運の尽きだ。ここは私の管理者権限が100%及ぶ絶対領域。貴様らが地上で使っていた「ハッキング」など、ここでは1行のコードすら書き換えられ——』
「『物理定義・再記述』——管理者権限、強制剥奪」
カチャッ。
エンリが右手袋の指先で、空中に展開したコンソールのエンターキーを叩き込んだ。
——ピキィィィィンッ!!
『……は?』
管理者の座っていた光の玉座が、一瞬にして『パイプ椅子』へと書き換えられた。
さらに、彼を囲んでいた神々しい光のリングは、ただの『フラフープ』へと変貌して床にカランカランと転がった。
『な、なんだと……!? 私の、私の神聖なる玉座が……安物のパイプ椅子に!? ば、馬鹿な! このルート階層の書き換えロックを、一瞬で突破したというのか!?』
管理者はパイプ椅子から転げ落ち、プラチナの光を放っていた姿も、ただの薄汚れた作業着を着た中年男の姿へと強制的にダウングレードさせられていた。
「言ったはずだ。僕の能力は『ハッキング』じゃない。世界の仕様変更だ」
エンリは眼鏡をクイと押し上げ、圧倒的な強者の余裕を漂わせた。
「ここがお前の絶対領域? 笑わせるな。僕がこのディレクトリにアクセスした時点で、ここはもう『僕のサーバー』だ」
「ああッ、王子様! 神様すらもパイプ椅子に座らせる圧倒的なデバッグ能力! 最高に痺れますわァァァッ!!」
「フフッ。高次元の存在だかなんだか知らないけど、私の王子様の前じゃ、ただの哀れなデバッガーね。……さあエンリ、あんなゴミデータはさっさと消去して、この純白の空間で私たちの『新しい世界(初夜)』のプログラミングを始めましょう?」
神様が完全にパニックに陥っているというのに、エンリの左右にいる正妻同盟は、神様を「ただの背景」として扱い、エンリの身体をまさぐり続けていた。
『き、貴様らぁぁぁッ! 私を、神である私を愚弄するか!! ならば、世界のソースコードごと貴様らを初期化して——』
管理者が顔を真っ赤にして、背後の巨大なメインサーバーへと手を伸ばそうとした、その時。
「遅い。……『全ディレクトリ消去』のコマンドなら、僕がもう実行した」
『……え?』
エンリが冷たく告げた瞬間、管理者の背後にあった漆黒のメインサーバー群が、音もなくサラサラと砂のように崩れ去っていった。
世界の根源たるルート階層。
その深淵にて、バグの王子様による、神様すらもドン引きする理不尽な「最終デバッグ」が、今まさに始まろうとしていた。




