真祖の饗宴(オン・ステージ)と、奇跡の同期(百合)
渋谷ダンジョン中層、『クロノス・スクランブル』。
時間が狂い咲くその広場に、古海縁理、秤珠里、真祖リリスの三人が舞い降りた。
「……あは、あははは! 新しい『おもちゃ』が来たよ! 何回死ぬかな? 何回巻き戻せるかなァッ!!」
ボロボロの時計のぜんまいを背負った【クロノス・バグ】のリーダー、シュプリンゲが、狂気に満ちた瞳で笑いながら、歪んだ時計の針のような双剣を構える。
「ジュリ。リリス。……僕はこれより、あいつの『時間ID』と『座標データ』の完全固定に全演算を回す。……周囲のデバッグ(護衛)は任せたぞ」
エンリはそう告げるや否や、その場に胡坐をかき、眼鏡をクイと押し上げて両手袋を空中に掲げた。
彼の周囲に無数の黒いコンソールが展開され、記述ミス(バグ)のソースコードが猛スピードで流れ始める。エンリの瞳からは感情が消え、完全に『システム管理者(管理者モード)』へと移行した。
「了解ですわ、王子様! 王子様の髪の毛一本、そのゴミデータ(シュプリンゲ)には触れさせませんわ!!」
ジュリがエンリの背後に立ち、巨大な対魔獣盾を構えて鉄壁の防壁(物理)を築く。
「……ええ。エンリ。貴方は安心して、その素晴らしい指先で世界をデバッグしてちょうだい。……私の愛(魔力)を、貴方のファイアウォール(防護壁)として捧げるわ」
リリスは優雅な動作でドレスの裾を翻し、シュプリンゲの前へと歩み出た。
彼女の真紅の瞳は、これまでにないほど深く、そして残虐な歓喜に潤んでいる。
「さあ、壊れた時計のネジ(シュプリンゲ)。……真祖の饗宴を始めましょう」
リリスが指先をパチンと鳴らす。
——ドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
瞬間、リリスの身体から、渋谷のねじ曲がったビル群すらも恐怖に震えるほどの、圧倒的な『真祖の魔力』が爆発した。
彼女の背後に展開されたのは、以前の新宿での戦いよりも遥かに巨大で、濃厚な血の匂いを漂わせる『真紅の魔法陣』。
「【真祖の血海】——全領域、展開」
リリスが腕を振るうと、魔法陣から無数の『血の刃』が放たれ、シュプリンゲの巨体を一瞬にして蜂の巣にした。
「あははッ! 無駄だよ、巻き戻せ(ロールバック)——ッ!!」
シュプリンゲが叫び、時間を5秒前に巻き戻そうとする。
——だが。
「『時間ID:シュプリンゲ』——ロールバック・フレーム、スタック」
フリーズ(全集中)していたエンリが、コンソールを叩き込む。
シュプリンゲが巻き戻せた時間は、5秒前ではなく、わずか『1秒前』。
彼がロールバックした瞬間、リリスが放った次の血の刃が、すでに彼の肉体を切り裂いていた。
「なっ……!? 時間が、巻き戻らない……ッ!?」
「ふふっ。私のエンリが、貴方の『逃げ場所(過去)』をハッキングしてフリーズさせたのよ。……貴方にはもう、『死ぬ瞬間』しか残されていないわ」
リリスは恍惚とした笑みを浮かべ、さらに魔力を練り上げる。
彼女の指先から放たれたのは、血液を分子レベルで超高圧圧縮した不可視の爆弾。
「散りなさい。【真祖の血爆】」
——ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
シュプリンゲの巨体が、内側から爆発し、データレベルで粉砕される。
彼が何度もロールバックを試みるたび、エンリのハッキングによってフリーズするフレームが短くなり、最後は「死んだ瞬間」の1フレーム前で、シュプリンゲの存在は空中に完全に『停止』した。
「……あ、あガ……、あ……」
シュプリンゲは、全身を血の刃に貫かれ、内側から爆発する瞬間の、苦悶と絶望の表情のまま、空中でピクリとも動けなくなった。
これが、エンリの『絶対停止ハック』の前では、死すらも永遠のループに閉じ込められるバグに過ぎないという、無慈悲な真実だ。
「……終わったわね。エンリの完璧なデバッグのおかげで、退屈な作業(戦闘)もあっけなかったわ」
リリスは、フリーズしたシュプリンゲに歩み寄ると、彼の胸に自身のスレンダーな指先を突き立て、内部にある『時間鍵』を物理的にぶっこ抜いた。
その瞬間、シュプリンゲのデータは崩壊し、光の粒子となって渋谷の虚空へと霧散した。
「……お見事でしたわ、リリス様」
戦闘が終わった広場に、ジュリの声が響いた。
彼女はエンリの護衛を解くと、リリスの前へと歩み寄り、眼鏡を外してその瞳を真っ直ぐに見つめた。
「正直、貴女のオカルト(魔術)など、私の物理(質量)の前にはただのエラーデータだと思っていましたわ。……ですが、今の王子様への献身と、その圧倒的な真祖の力……。認めざるを得ませんわね」
ジュリは、少しだけ照れくさそうに、しかし真摯な表情で、リリスへと手を差し出した。
「王子様を愛する『ライバル』として……そして、この壊れた世界をデバッグする『パートナー』として。……秤珠里、貴女の実力を、公式に承認いたしますわ」
「……あら。乳牛さんに認められるなんて、想定外のエラーね」
リリスは、ジュリの手を見て一瞬驚き、次の瞬間には、以前のような小悪魔的な笑みではなく、気高くも親愛の情を帯びた微笑みを浮かべた。
「でも、貴方のその『重すぎる愛(物理防壁)』があったから、私も安心して王子様の前でオン・ステージ(無双)できたわ。……ええ、認めましょう。秤珠里、貴女こそ、私の王子様の隣に立つにふさわしい、唯一無二の『正妻』よ」
リリスは、ジュリの手をがっしりと握り、そのまま彼女の豊満な身体を強く抱き寄せた。
「なっ……!? リリス様!?」
「ふふっ。承認されたなら、同期(熱交換)が必要でしょう? ……貴方のこの重苦しい質量、間近で見ると……随分と、美味しそうね♡」
リリスはジュリの豊かな胸に自身の顔を埋め、その柔らかさと体温を確かめるように、スリスリと擦り付けた。
「あ、あああ……っ♡ リ、リリス様ッ、そこはダメ、そんなねっとりした魔力(愛撫)は……っ! ああっ、泥棒猫だと思っていたのに、貴女のこのスレンダーな肢体、触り心地が……っ! 好きぃ、もっと私と同期してぇぇぇッ♡」
ジュリもまた、リリスの細い腰を抱き、彼女の白磁のようなうなじに自身の唇を熱く押し当てた。
物理と魔法。
相反する二つの力が、エンリを置き去りにして、今ここに奇跡の『同期(百合イチャイチャ)』を開始したのだ。
「…………え?」
役割を終え、コンソールを閉じてフリーズ(管理者モード)から復帰したエンリ。
彼の目の前に広がるのは、シュプリンゲの残骸ではなく。
自分を差し置いて、濃厚な唇を重ね、互いの体を愛撫し合い、幸せそうな嬌声を上げている、二人の絶世の美少女の姿だった。
「……くそっ。お前ら、敵のリーダーを倒した後に、なんで僕を置き去りにして『百合ルート』に分岐してるんだ……ッ!! ここで強制終了するとか、どんなクソ仕様だ……ッ!!」
渋谷の狂った時間軸の中で、自分から盛大に同期しておきながら、エンリのわずかな接触で完全にキャパオーバーを起こし、幸せそうな顔で気絶してしまう二人の美少女。
世界のシステムを完全に支配した無敵の神業使いも、自らの欲求不満(熱暴走)だけは、今夜もどうにもデバッグできないのだった。




