スパム(国際ギルド)の全消去と、次なる領域(渋谷ダンジョン)
新宿の超高級タワーマンション、最上階ペントハウス。
日本政府が「完全なる不可侵」を誓ってから数日。古海縁理と二人のヒロインの平和な限界同棲ライフは、またしても外からのノイズによって妨害されることになった。
——ドドドドドドドドッ!!
ペントハウスの巨大なパノラマ窓の外、新宿の空を埋め尽くすように展開したのは、数十機にも及ぶ最新鋭の魔導武装ヘリコプターの編隊だった。
『——警告する、古海縁理! 我々は国際ギルド連盟・特務武装艦隊である!』
部屋の大型モニターが強制的に外部からハッキング(乗っ取り)され、軍服を着た傲慢な白人男性——国際ギルドの最高司令官の顔が映し出された。
日本政府は降伏したが、世界中のダンジョン利権を牛耳る国際ギルド本部は、エンリの力を「管理可能な兵器」だと勘違いしたらしい。
『貴様がかくまっている吸血鬼の真祖【リリス】は、人類に対する特級の脅威だ! 直ちに彼女を「戦略兵器」として我々に引き渡せ! さらに、貴様が持つ未知の空間技術の独占使用権を国際ギルドに譲渡しろ! 逆らえば、このペントハウスごと貴様らをミサイルで灰にする!』
画面越しの理不尽極まりない要求。
だが、ペントハウスのリビングにいた三人の反応は、恐怖ではなく「極度の呆れ」だった。
「……私の王子様の絶対防壁をハッキングしてモニターに割り込むとは、随分と小賢しいウイルスですわね」
秤珠里が、エンリに密着させていた豊かな胸を離し、眼鏡を中指でクイと押し上げる。
「私を兵器として引き渡せ、ですって? フフッ……。数百年前から地上の猿は何も進歩していないのね。……エンリ、あの鉄屑ども、私の魔力で一機残らずスクラップ(ゴミ)にしていいかしら?」
真祖リリスが、ネグリジェ姿のまま妖しく微笑み、指先に真紅の魔力の球体を浮かび上がらせる。
「……いや、お前たちが手を煩わせる必要はない。この程度のスパム広告、1秒で消去する」
エンリはコーヒーカップをテーブルに置き、左手袋で空中にコマンドプロンプトを展開した。
「兵器、独占、ミサイル。……お前たちのその強気な態度は、外に浮かんでいる『武装ヘリ』の物理的な火力に依存しているようだな」
エンリが猛スピードで空中のホログラムキーボードを叩き始める。
「なら、その前提を書き換えてやる」
『何を言っている! 撃て! そいつの部屋を火の海に——』
モニター越しの司令官が攻撃命令を下した、その瞬間。
「『物理定義・再記述』——材質の置換」
エンリがエンターキーを叩き込んだ。
——ポンッ!! ポンッ!! ポンッ!!
窓の外でホバリングしていた数十機の最新鋭・魔導武装ヘリコプター。
その重厚な『チタン合金の装甲』と『ミサイルの弾頭』が、一瞬にして——【ただの風船】と【水鉄砲】へと、物理的に書き換えられた。
『なっ……!? き、機体が軽すぎる!?』
『司令官! ミサイルが水鉄砲に!? プロペラがゴム製に変わっています!!』
突如として「空飛ぶオモチャ」へと成り下がったヘリの編隊は、当然ながら浮力を維持できず、新宿の空からフラフラと情けなく落下していく(エンリの配慮により、地上に着く直前にふんわりと着地する安全仕様だ)。
『ば、馬鹿な!? 物質の構成要素を、一瞬で変えたというのか……!? 化け物め! ええい、こうなったら国際ギルド本部の衛星軌道兵器を——』
「……遅い」
エンリは冷徹な瞳でモニターを見据えたまま、さらにコマンドを入力する。
「お前たちの本部は、ニューヨークだったか。……『空間座標の強制移動』」
エンリが指先で空中の座標データを掴み、スッと別の場所へと放り投げた。
『——な、なんだ!? 本部の空が……サハラ砂漠に……!? ぎゃあぁぁぁぁぁっ! 暑い! 砂が、砂がシステムに……通信が途絶しま——』
プツンッ。
モニターが暗転し、ペントハウスに静寂が戻った。
国際ギルドの巨大な本部ビルは、エンリの神業によって、職員ごとサハラ砂漠のど真ん中(電波も届かない隔離フォルダ)へと瞬時に強制転送されたのだ。
「ふぅ。これで迷惑メール(スパム)の配信元は断った」
エンリが肩をすくめると、ジュリとリリスがパァッと顔を輝かせて両脇から抱きついてきた。
「素晴らしいですわ、王子様! 国際組織の武力を水鉄砲に変え、本部を砂漠に左遷(ゴミ箱行き)する圧倒的なデバッグ能力! これで私たちの愛の巣の平和は守られましたわ!」
「ええ。神様をも超える貴方の前じゃ、地上の権力なんて本当にただの紙切れね。……ああ、貴方のその理不尽な暴力、見ているだけで私の本能が濡れちゃうわ……♡」
「……お前ら、だから密着するな。CPU温度が上がるだろうが」
エンリは二人を引き剥がそうとしながらも、ふと、窓の外の青空を見上げた。
「……だが、地上にいると、どうしてもこういう『無知なエラー(連中)』が次から次へと湧いてくるな。日本政府のように大人しくしていればいいものを」
エンリは、先ほどのハッキングの余波で、世界中のネットワーク(深層領域)から一つの微弱な「信号」を拾い上げていた。
先日倒した管理AIのログに残されていた、このシミュレーションを作った本当の黒幕——【外部管理者(真の神)】の痕跡だ。
「ジュリ。リリス。……少し、引越し(ディレクトリ移動)の準備をしろ」
「え? 引越し、ですか?」
「地上はもう飽きたのかしら?」
「ああ。地上のスパム処理にも飽きたし……何より、このバグだらけの世界を根本から再起動するには、やっぱり『元凶』を直接叩く必要がある」
エンリは空中に、新宿の隣——最近になって突如出現し、誰も攻略できていない最悪の領域【渋谷ダンジョン】のホログラムマップを展開した。
「噂によると、次なるターゲット【外部管理者(真の神)】は、この渋谷ダンジョンの最深部に潜んでいるらしい。……僕たち三人の最強のパーティーで、真の神様をハッキングしに行くぞ」
「「はいっ、王子様!!」」
「あら、新しいダンジョンに行くってことは、またあの『お風呂での熱交換』や『限界スキンシップ』の口実が増えるってことよね? 楽しみだわ♡」
「泥棒猫! 渋谷ダンジョンでの王子様のパーソナルスペースは、私が24時間体制で物理的に守り抜きますわ!!」
地上の権力者を一瞬で無力化したバグの王子様と、愛が重すぎる二人のヒロイン。
彼らの蹂躙劇は地上を離れ、ついにこの世界を創り出した「真の神」が待つ次なる深淵、渋谷ダンジョンへと向けて、新たなスタート(再起動)を切るのだった。




