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国家レベルの和平交渉(コンタクト)と、譲れない正妻権限

新宿の超高級タワーマンション、最上階ペントハウス。

前日に吹き飛ばされた重厚なセキュリティ扉とパノラマ窓は、古海縁理フルミ・エンリの『テクスチャの復元(バックアップ適用)』によって、わずか数秒で新品同様に修復されていた。


ピンポーン、と。

控えめで、どこか怯えたようなインターホンの音が鳴る。


「……またスパム(招かれざる客)か? 今度はどこのデリート候補だ」


エンリが眉をひそめながらリビングのモニターを開くと、そこに映っていたのは重武装の騎士ではない。

最高級のスーツを身に纏い、滝のような冷や汗を流しながら、モニターに向かって深々と、それこそ直角に頭を下げている初老の男たちだった。


『も、申し訳ございません、古海縁理様……ッ! わたくし、日本国政府・内閣府特命担当大臣(ダンジョン対策担当)の御堂ミドウと、国際ギルド連盟の特使を務める者です! 決して危害を加える意図はございません! ど、どうか……穏便に、お話し合いの場を……ッ!』


「……政府と、国際ギルドのトップか。昨日のゴルドンの処理デリートを見て、武力によるハッキングは不可能だと学習したらしいな」


エンリがゲートを開錠すると、数分後、御堂大臣と特使がリビングへと通された。

彼らは広大なペントハウスの豪華さよりも、エンリの左右に控えている二人の絶世の美女——秤珠里ハカリ・ジュリと真祖リリスが放つ、プレッシャー(物理と魔法の特級オーラ)に完全に圧倒され、ソファの端にちょこんと縮こまって座った。


「……要件を手短に言え。僕のCPUサイクルは、無能な政治家の長話に割けるほど安くない」

エンリがコーヒーを口に運びながら、冷徹に告げる。


「は、はいッ! 単刀直入に申し上げます。政府および国際ギルドは、古海様をこの世界の『特異点(システム外の存在)』として公式に認定し、一切の干渉を行わない【不可侵条約】を結びたいと考えております!」


御堂大臣が、震える手で分厚い書類(誓約書)を取り出す。


「ゴルドンのような愚か者の非礼は、我々の管理不足によるエラーでした! 今後、古海様には税金の免除、あらゆる法律の治外法権、そして……もし望まれるなら、国家のデータベースへの自由なアクセス権限を付与いたします! ですから、どうかこの国を……この世界を物理的に破壊するのだけはご勘弁を……ッ!」


平たく言えば「何でも言うことを聞くから、機嫌を損ねて世界をバグらせないでくれ」という、国家ぐるみの全面降伏だった。


「……なるほど。無駄な戦闘タスクを回避する非干渉プロトコルか。合理的な判断だ」


エンリは書類を一瞥すらせず、空中に展開したキーボードを軽く叩いた。

瞬間、御堂大臣のスマート端末に『相互不可侵プロトコル・承認』のデータが強制的に書き込まれる。


「条約は結んでやる。僕の領域ペントハウスに近づかず、僕の静かな生活を邪魔しないなら、世界をデリートするような真似はしない。……これで話は終わりだ、帰れ」


「あ、ありがとうございますッ!! ……あ、あの、それともう一つだけ!」


安堵の息をついた御堂大臣が、揉み手をして卑屈な笑みを浮かべた。


「国家からの最大限の誠意といたしまして……古海様のお身の回りのお世話をする『専属のメイド部隊』を献上させていただきたく! 日本中から集めた、容姿端麗なトップアイドルや女優たちで構成された——」


ピキィィィィンッ……。


御堂大臣の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

ペントハウスの室温が、物理的に氷点下まで急降下したからだ。


「……お言葉ですが、大臣」


エンリの右側に座っていたジュリが、眼鏡を奥をギラリと光らせ、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の背後には、ドス黒い『物理的な殺意(圧力)』が渦巻いている。


「王子様の身の回りのケア、栄養管理、そして『あらゆるスキンシップによるドーパミン分泌』は、すべてこの私、専属秘書であるハカリ・ジュリのタスク(正妻の義務)ですわ。……そこに無駄なツール(女)をインストールするなど、システムの破壊行為に他なりません。今すぐその提案クソコードを破棄しなければ……貴方の頭部を、私のヒールで物理的に圧縮デバッグしますわよ?」


「ひ、ひぃぃッ!?」


「——ええ、全くその通りね」


エンリの左側からは、リリスが扇子をパチンと閉じ、真紅の瞳を妖しく光らせた。


「地上のアイドルたちが、私の王子様の気高い魂を満たせるとでも? 彼の血の温度も、魔力の波長も、私以外には絶対にハッキングさせないわ。……もし次に同じことを言ったら、その薄汚い喉笛を噛み千切って、干からびるまで血を吸い尽くしてあげる」


「あ、あああ……ッ! も、申し訳ございませんッ!! 今の提案は完全なエラーでした! 取り消します! 全て忘れてくださいぃぃッ!!」


国家の命運を握る大臣と特使は、エンリのハッキング能力以前に、二人のヒロインが放つ「正妻の絶対防壁」の前に完全に心をへし折られ、這うようにしてペントハウスから逃げ出していった。


バタン、と扉が閉まる。


「……全く。権力者は、余計な機能(女)ばかり追加したがるから困りますわ!」

ジュリがぷんすかと怒りながら、エンリの右腕にこれでもかと豊かな胸を押し付けてくる。


「ええ。エンリの隣の空き容量スペースは、私と乳牛さんのデータだけで常に100%フル稼働なんだから。ねえ、エンリ?」

リリスもまた、甘い吐息を吹きかけながらエンリの左腕にスレンダーな肢体を絡みつかせる。


「……お前ら、相手は一応国のトップだぞ。少しは外交というものを……」


「外交より、王子様の純潔セキュリティを守る方が最優先ですわ!!」

「そういうことよ。さあエンリ、あの不愉快な連中のデータは忘れて、私たちと極上の『熱交換』を続けましょう?」


世界を意のままに書き換える無敵のハッカーは、国家権力との和平交渉すらもわずか数分で終わらせたが。

それ以上の絶対権力を持つ「正妻同盟」からのDDoS攻撃いちゃいちゃからは、やはり今日逃げることはできないのだった。

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