不正アクセス(権力者)と、物理法則の強制執行(ざまぁ)
新宿の超高級タワーマンション、最上階ペントハウス。
朝の過酷な『負荷テスト(いちゃいちゃ)』による熱を冷水シャワーでどうにかデバッグした古海縁理が、ようやくリビングのソファで一息ついていた、その時だった。
——ドゴォォォォォンッ!!!
突然、ペントハウスの堅牢なセキュリティ扉が、物理的な爆破によって吹き飛ばされた。
「……何の冗談だ? 僕のプライベートセクターに、アポなしで侵入するバグがいるとはな」
エンリが冷たい視線を向けると、土足で踏み込んできたのは、重武装の騎士たちを数十名引き連れた、豪奢な服を着た太った男——新宿ギルドの最高責任者であるギルドマスター・ゴルドンだった。
そしてその隣には、先日『荷物持ち』としてこき使った元パーティーのリーダー、カケルの姿もある。
「ふはははは! 居たぞ、深層の宝をネコババした大罪人が!」
ゴルドンは葉巻をふかしながら、勝ち誇ったようにエンリを見下ろした。
「ギルドの査定システムがエラーを吐くほどの国宝級アイテムの山……! 貴様のような『荷物持ち(ポーター)』の分際で、どこからあんなものを盗んだ!?」
「そうですぜ、ギルドマスター! そいつはオレたち『紅蓮の剣』の荷物持ちのくせに、オレたちが苦労して倒した深層のボスの宝を独り占めにして逃げたんです!」
カケルが、ゴルドンの権力を盾にしてニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべている。
どうやら彼は、ブラックホールの恐怖をすっかり忘れ、ギルドマスターに嘘の報告をして「自分たちの手柄」だと主張しているらしい。
「そういうわけだ、古海縁理! 貴様が不当に得た数百兆円の資金と、このペントハウス、ならびに全てのアーティファクトは、新宿ギルドが『没収』する! 逆らうなら、この精鋭部隊が貴様を物理的に——」
「——警告。王子様のプライベート空間への不法侵入(不正アクセス)を検知。秘書として、直ちに『物理的な排除プロセス』を実行しますわ」
ゴルドンの言葉を遮り、冷徹な声が響いた。
いつの間にかパリッとしたタイトスカートの秘書服に着替えた秤珠里が、眼鏡をキラリと光らせてエンリの前に立ち塞がる。
「あら、乳牛さんに任せておいていいの? 私の魔力で、この愚か者たちの血液を一瞬で沸騰させてあげてもよろしくてよ?」
逆側からは、優雅なゴシックドレスを纏った真祖リリスが、扇子で口元を隠しながら、獲物を見定めた肉食獣のような真紅の瞳を細めている。
「なっ……! なんだ、その極上の女たちは!? おい古海、その女たちもギルドに献上——」
「……お前ら、僕の『大事なデータ(二人)』に、その薄汚い視線を向けるな」
エンリはソファに深く腰掛けたまま、一切の感情を排した声で告げた。
その瞬間、リビングの温度が急激に下がり、騎士たちが本能的な恐怖に一歩後ずさる。
「……ふんっ! 強がるな、たかが荷物持ちが! やれッ! そいつの四肢を切り落とせ!」
ゴルドンの号令で、数十名の武装騎士が一斉にエンリたちへと斬りかかる。
「『物理定義・再記述』——融点の書き換え」
エンリが右手袋の指先で、空中に軽く線を引いた。
——ドロォォォォォォォォッ!!!
「「「……は?」」」
次の瞬間。
騎士たちが構えていた超硬度の魔剣と、身に纏っていたミスリル製の重装甲が、まるで真夏のチョコレートのようにドロドロに溶け落ち、床にスライム状になって広がった。
「な、なんだこれは!? 剣が、鎧が水のように……ッ!?」
「ひ、ひぃぃっ! 魔法の詠唱もなしに、武装だけを溶かしただと!?」
武器と防具の『融点の物理法則』だけを常温以下にハッキングされ、騎士たちは一瞬にして丸腰(下着姿)の集団へと成り下がった。
「ば、馬鹿な!? どんな手品を使った……!」
ゴルドンが顔面を蒼白にさせながら後ずさる。
「手品じゃない。世界の仕様変更だ。……それと、ギルドマスターとか言っていたな」
エンリは左手で空中にホログラムのコンソールを展開し、カタカタと猛スピードでタイピングを始めた。
「貴方のその権力(アクセス権限)の根拠は、ギルドの中央データベースにある『役職データ』と『口座残高』だろう? ……なら、その前提ごと消去してやる」
ッターン!
エンリがエンターキーを叩き込む。
「『データベース干渉』——ID:ゴルドン。役職の抹消、ならびに資産の全額を……そうだな、隣にいるカケルの『借金』として付け替えておく」
「……は?」
「え?」
ゴルドンとカケルのスマート端末が同時に電子音を鳴らした。
画面には、ゴルドンのギルドマスター権限が【永久剥奪】された通知と、カケルの口座に【マイナス50兆円】という、一生かけても返せない絶望的な負債が刻み込まれていた。
「あ、あああ……!? オレの資産が!? 権限が消えている!? な、なぜだ! 外部からギルドのメインバンクをハッキングするなんて、物理的に不可能——」
「不可能じゃない。僕がこの世界の『ルート権限(神)』だからだ」
エンリが指を鳴らすと、ペントハウスの重力定数が局地的に書き換えられた。
——ドゴォォォォォンッ!!!
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」」」
ゴルドン、カケル、そして丸腰の騎士たちが、見えない巨大な手に叩き潰されたように、床に這いつくばる。重力30G。内臓が悲鳴を上げる限界の圧力だ。
「……王子様。このゴミデータたち、どう処理しましょうか?」
ジュリが冷ややかに見下ろしながら、タイトスカートのスリットから覗く美しい脚で、ゴルドンの頭を踏みつける。
「私の『廃棄セクター(ブラックホール)』に繋いでもいいわよ? 永遠に引き延ばされる苦痛を味わわせてあげるわ」
リリスが小悪魔的に微笑みながら、カケルの目の前に真紅の魔力の刃をちらつかせる。
「ひぃぃぃぃッ! 許して、許してくれぇぇぇッ!!」
「オ、オレが悪かった! もう絶対に関わらないから、借金を、借金を戻してくれぇぇッ!」
かつての傲慢なギルドマスターと元勇者は、涙と鼻水と失禁で床を汚しながら、無敵のハッカーと二人のヒロインの前に、完全な敗北を認めて命乞いをするしかなかった。
「……二度と僕の視界に映るな。次はないぞ」
エンリが指を払うと、ペントハウスの窓が吹き飛び、ゴルドンたちは30Gの重力に縛られたまま、タワーマンションの最上階から遥か下層の「ゴミ捨て場」へと、文字通り廃棄(ドラッグ&ドロップ)されていった。
「……ふぅ。これで少しは静かになる」
「素晴らしいデバッグ作業でしたわ、王子様! さあ、害虫駆除も終わりましたし、改めて私と『密着による防壁強化』の続きを——」
「いいえ、次は私の魔力による『魂のメンテナンス』の番よ!」
「……お前ら、ドアが吹き飛んでるのにそのモードに入れる神経が理解できないんだが……ッ!」
地上の権力を瞬殺し、完全な「ざまぁ」を果たしたバグの王子様だったが。
吹き飛んだドアと窓の修理タスクよりも先に、愛が重すぎる二人のヒロインの暴走を止めるという、さらに難易度の高いデバッグ作業に追われることになるのだった。




