凱旋の報告(コミット)と、ガラスの防御力(シャットダウン)
「……よし、ここに置け。一つでも落としたらデリートするからな」
「ひぃぃぃっ! わ、分かった、置く! 置くから許してくれぇぇッ!」
新宿ギルドのロビーは、静まり返っていた。
いや、誰もが言葉を失い、完全にフリーズしていたのだ。
古海縁理の後ろで、かつての中堅パーティー『紅蓮の剣』のリーダー・カケルたちが、ボロ雑巾のような姿で巨大な魔石やアーティファクトを背負い、涙と鼻水を垂らしながら這いつくばっている。
彼らが背負わされているのは、地上のギルドマスターですらおとぎ話でしか聞いたことがない「深層の国宝級アイテム」の山だ。
「これ、全部換金してくれ。……ああ、こいつら(ポーター)への報酬はゼロでいい」
エンリが冷徹に告げると、ギルドの職員たちはパニックになりながらも査定システムをフル稼働させた。
結果として弾き出された金額は、億などというチャチな単位ではない。国家予算すら軽く凌駕する、数百兆円——ギルドの口座システムが桁あふれ(オーバーフロー)を起こしかけるほどの、文字通り「カンスト級」の資金だった。
あっさりと一生どころか、国を一つ買えるだけのリソースを手に入れたエンリたちは、新宿の一等地にそびえ立つ超高級タワーマンションの最上階を、キャッシュの即金で丸ごと買い上げていた。
* * *
——その夜。
新宿の夜景を一望できる、広大でふかふかのキングサイズのベッドの上。
「さあ、王子様! 地上での輝かしい凱旋と、私たちの新居購入を祝して! 今夜こそ極上の『熱交換(初夜)』を始めましょう!」
「ええ。深層の薄暗い場所じゃなくて、こんな素敵なベッドで……。貴方の本能、私が朝までじっくりドロドロにハッキングしてあげるわ……♡」
バスローブ一枚という限界ギリギリの姿になった秤珠里と、肌が透けるような漆黒のネグリジェを纏った真祖リリスが、エンリの左右から妖艶に迫ってくる。
ジュリはその圧倒的な質量を持つ双丘を、バスローブの隙間からこれでもかと零れさせながら身を乗り出す。リリスはスレンダーな脚を艶かしく組み替え、エンリの首元に甘く、濃密な魔力を帯びた吐息を吹きかける。
相変わらず、自分から誘惑(DDoS攻撃)を仕掛ける時の彼女たちは無敵のオーラを放っていた。
「……お前らな。少しは休むというコマンドを知らないのか」
エンリは溜め息をつきながらも、ふと、あの深層の扉の前で交わした『誓いの接吻』の熱を思い出した。
(……まぁ、魂の同期(契約)も済ませたわけだし。こんなにも隙だらけの無防備なデータを提示されているんだ。……たまには、僕からアクセスを要求してもいいか)
エンリは眼鏡を外し、ベッドのサイドテーブルにコトリと置いた。
そして、いつもなら逃げ腰になるはずの身体を、逆に二人の方へと真っ直ぐに向けたのだ。
「え……?」
「王子様……?」
エンリはまず、ジュリの細い腰に力強く腕を回し、そのまま彼女の身体をベッドへと押し倒した。
「ひゃっ!?」と甲高い声を上げる有能秘書を見下ろしながら、エンリは彼女のバスローブの合わせ目にスッと指先を這わせる。
「……いつも口先ばかりで、本当に僕のCPU(理性)を焼き切る覚悟はあるんだろうな?」
エンリは普段の冷徹な声のトーンを一段階下げ、男の熱を帯びた瞳でジュリを至近距離から見つめ下ろした。
そして、彼女が「最強の防壁」と誇るその豊かな胸の谷間に、直接、熱を持った手のひらを這わせ、その圧倒的な質量と柔らかさを、指先で確かめるようにゆっくりと揉み解した。
「ひゃうンッ!?」
その瞬間、ジュリの身体がビクンッ!と弓なりに大きく跳ねた。
「お、王子様!? ちょ、待っ……! そ、その物理的接触は、摩擦係数が高すぎて……っ! 肌と肌の、直接的な密着、は……っ! ああっ、ドーパミン受容体がオーバーフローを……っ!!」
「どうした、質量を押し付けるのがお前の得意技だろう? ……僕が直接、この重み(データ)を解析してやる。もっと僕の熱を受け入れろ」
エンリは意地悪く囁きながら、ジュリの敏感な肌をさらに深く、ねっとりと撫で上げる。
論理と理屈で武装していたはずのジュリの瞳から、瞬く間に理性の光が消え、快感による涙が浮かび始めた。
「ひゃあぁぁぁぁぁっ♡ む、無理ですわ! 王子様からの能動的なアクセスなんて、私の処理能力では……っ! 思考回路が……焼き切れましゅ……ッ♡」
バタッ。
先ほどまで威勢よく誘惑していた有能秘書は、エンリに直接質量を愛でられただけで顔を極限まで真っ赤に染め、だらしない嬌声を上げながらベッドに倒れ伏してしまった。完全なる『シャットダウン(気絶)』だ。
「……はぁ。相変わらずポンコツな防壁だな。……なら、リリス」
エンリは、シーツの上で痙攣しているジュリから、吸血鬼の真祖へと視線を移した。
彼女なら、何百年も生きている魔族だ。これくらいで——。
「ぁ……っ。え、エンリ……っ。あの、その……」
だが、リリスの顔は、すでに自身の真紅の瞳よりも赤く茹で上がっていた。
ジュリが攻め落とされる過程を目の前で見ていた彼女は、エンリの雄々しい視線に射抜かれただけで、ガクガクと小鹿のように震え、小悪魔的な余裕など完全に消え失せている。
「お前の『奥深く』まで繋いでほしいんだったか? ……いいぞ、お前の魔法(本能)ごと、僕の物理(熱)で全部オーバーライドしてやる」
エンリは逃げようとするリリスの腰をグッと抱き寄せ、スレンダーな太ももに指を絡ませながら、彼女の急所である白磁のうなじへと、自身の唇を熱く押し当てた。
「ひゃんッ……!! ま、待って! やだ、エンリの唇……体温……熱、すぎるわ……っ! 私の魔力回路が、貴方の熱でドロドロに溶けちゃ、あンッ♡」
「おい、まだ表面のデータを舐めただけだぞ」
エンリがうなじに軽く歯を立て、吸血鬼に対する意趣返しとばかりに甘噛みをしてやると、リリスの身体からビクビクと激しい快感の波が伝わってくる。
「だ、ダメ……っ! 自分で誘うのは平気なのに、貴方からそんな……直に雄の熱を注ぎ込まれたら、血が、沸騰して……っ! あ、あぁ……エンリ、無理、好き、愛してましゅ……っ♡」
プスゥゥゥゥ……。
リリスの頭から、文字通り魔力の湯気が立ち上った。
そのまま白目を剥いて、ジュリの横にバタッと倒れ込む。深層の最強の吸血鬼が、エンリの『物理的な愛撫』の前には、何の抵抗もできずに完全に処理落ち(ショート)してしまったのだ。
「…………え?」
静まり返ったペントハウスの寝室。
残されたのは、自分から盛大に誘惑しておきながら、エンリのわずかな接触で完全にキャパオーバーを起こし、幸せそうな顔で気絶している二人の美少女と。
「……嘘だろ」
せっかくハッカーとしての理性を投げ捨てて、完全に『その気』になっていたのに、放り出されてしまったバグの王子様だけ。
「……くそっ。お前らが煽ったから、タスクをフル稼働させたのに……ッ! ここで強制終了するとか、どんなクソ仕様だ……ッ!!」
エンリは、下半身にやり場のない熱を抱えたまま、恨めしそうにペントハウスの高い天井を仰いだ。
世界のシステムを完全に支配した無敵の神業使いも、自らの欲求不満(熱暴走)だけは、今夜もどうにもデバッグできないのだった。




