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両手に花の熱伝導と、事象の地平線(そっ閉じ)

新宿第4ダンジョン最深部——吸血鬼の城、大浴場。


「……はぁ。まさか、ダンジョンの底でローマ帝国みたいな大浴場に入ることになるとはな」


古海縁理フルミ・エンリは、大理石で造られた広大な湯船の縁に頭を預け、深く息を吐き出していた。

先ほどの【多重展開】と【空間の脆弱性バグ】の一斉展開による負荷テストの疲れを癒すため、リリスに案内されたクラン専用の浴場だ。

……当然、彼が一人でゆっくりと休めるはずもなかった。


「お疲れ様です、王子様! さあ、今日も私が王子様の全身を、摩擦係数ゼロの『絶対的な質量』でデバッグ(洗浄)して差し上げますわ!」


「……ジュリ。お前、なぜ当然のように入ってきている」


湯煙の向こうから、一糸まとわぬ姿の秤珠里ハカリ・ジュリが、圧倒的な双丘を揺らしながらドヤ顔で迫ってくる。


「お言葉ですが王子様。水中(お湯の中)では浮力が働き、私のこの『質量』の重みによる王子様への物理的負荷が軽減されます。つまり、地上よりもさらに密着度を高めることが可能な、最も合理的なスキンシップ環境なのですわ!」


ジュリはそう宣言するや否や、エンリの背後にピタリと張り付き、たっぷりと泡立てた自身の胸をエンリの背中にグリグリと押し付け始めた。


「……相変わらず、頭でっかちで下品な乳牛ね」


そこへ、もう一つの甘い声が浴場に響く。

透き通るような白磁の肌を惜しげもなく晒し、優雅に湯船へと身を沈めてきたのは、吸血鬼の真祖・リリスだった。


「リ、リリス!? なぜお前まで……ッ!」


「私の城のお風呂なのだから、私がいつ入ろうと自由でしょう? それに……」


リリスはスレンダーな肢体をしなやかにくねらせ、エンリの『正面』へと回り込んだ。そして、その小悪魔的な美貌をエンリの顔の数センチまで近づける。


「お湯による体温の上昇は、血行を促進し、魔力の巡りを最高潮に高めるの。……ほら、エンリ。貴方の血管を駆け巡る熱い血の鼓動ビートが、私の本能を直接叩いているのが分かるわ。理屈なんて捨てて、私と肌を重ねて、極上の熱交換をしましょう?」


リリスの魔力を帯びた吐息が、エンリの理性をゴリゴリと削りに来る。


「抜け駆けは許しませんわよ! 王子様の背面のケアは私の担当です! 王子様、もっと私の胸に体重を預けて……!」

「あら、私はもっと直接的に、彼の『芯』に触れてあげるわ……♡」


「……お前ら、いい加減にしろ。CPUが物理的に焼き切れる……ッ」


背中からはジュリの圧倒的な『物理おっぱい』。

正面からはリリスの濃密な『魔法フェロモン』。

バグの王子様の頭脳システムは、またしてもデュアルコアによる過剰負荷いちゃいちゃデスマーチで処理落ちの危機に瀕していた。


(……くそっ。何か別のタスクを走らせて、この二人の注意を逸らさないと……!)


エンリは思考をフル回転させ、先ほど取り込んだ新しいプラグインのテストを口実にすることを思いついた。


「……そ、そういえば。先ほどアーティファクトを取り込んで、空間座標の圧縮演算が飛躍的に向上したんだ」


エンリは真っ赤になった顔をごまかすように、濡れた右手袋の指先を水面から持ち上げた。


「今の僕の処理能力なら、空間の座標データを極限まで圧縮して、簡易的な『ブラックホール(重力特異点)』すら安全に開いて維持できるかもしれない」


「ブラックホール……? 星をも飲み込むという、あのオカルト現象をですか!?」

「物理演算で事象の地平線を作り出すなんて……本当に貴方、神様システムを怒らせる気ね」


ジュリとリリスが、エンリの言葉に興味を示して少しだけ密着の圧を緩めた。

エンリは内心で安堵の息をつきながら、指先で空中に小さな円を描いた。


「『物理定義・再記述オーバーライド』——極大重力圧縮」


キュィィィィンッ……。


エンリの指先に、ピンポン玉ほどのサイズの『完全な漆黒』が出現した。

光すらも逃げ出せない、空間のバグの極致。だが、エンリの緻密なハッキングによって事象の地平線は完全に制御されており、周囲のお湯や空気を吸い込むことはない。


「……成功だ。これが、僕のポータルの終着点の一つ。すべてのデータを光すら逃げられない密度で圧縮し、永遠に閉じ込める『絶対消去フォルダ』……」


エンリがその漆黒の球体の内部モニターを、デバッグのつもりで何気なく覗き込んだ、その時だった。


「……ん?」


漆黒の球体——超重力によって空間と時間が極限まで歪んだその内部に、何やら『見覚えのあるデータ(ゴミ)』が引っかかっているのが見えた。


『——アアア、アガァァァァァッ!! タ、タスケ、タスケテ……ッ!!』

『イヤァァァァッ! 体ガ、体ガ引キ延バサレルゥゥゥゥッ!!』


凄まじい重力によって身体をスパゲティのように細長く引き伸ばされ(スパゲティ化現象)、全身の細胞がミクロ単位で千切れる激痛を、永遠にも等しい時間の中で味わい続けている男女の姿。


……かつてエンリを「無能な荷物持ち」と蔑み、ダンジョンの中層で自滅したはずの、元パーティーのリーダー・カケルとその取り巻きたちだった。


(……ああ。そういえばこいつら、中層で『空間の歪み』に飲み込まれて消えたんだったか。なるほど、あの歪みはダンジョンのシステムが不要なデータを処理する【ゴミブラックホール】に繋がっていたわけだ)


ブラックホールの内部では、時間の進み方が限りなくゼロに近づく。

つまりカケルたちは、死ぬことすら許されず、身体が引き裂かれる瞬間の激痛を『無限ループ』で味わい続けるという、究極の地獄(無限処理落ち)に囚われていたのだ。


『エ、エン、リ……! オレガ悪カッタ……! タスケ、タスケテクレェェェェッ!!』


ブラックホールの内側から、カケルの血走った眼球がエンリを捉え、必死に命乞いの悲鳴を上げている。


エンリは、そのカケルの無様な姿を数秒ほど無表情で見つめ。


「……」


パチンッ。

『そっ閉じ』した。


一切の躊躇なく、指を鳴らしてブラックホールを綺麗さっぱり消去デリートしたのだ。


「……王子様? 今、何か薄汚い鳴き声が聞こえたような気がしましたが……」

「気のせいだ。……昔使っていたフォルダに、まだ消去しきれていない『しぶといスパムデータ(ゴミ)』が残っていただけだ。もう二度と開くことはない」


エンリはふう、と息を吐き、何事もなかったかのように再びお湯に肩まで浸かった。


バグの王子様にとって、過去の無能な元パーティーの末路など、もはや1バイトのメモリを割く価値もない『興味のないデータ』に過ぎなかった。


「それよりもエンリ。せっかくの熱交換の時間がもったいないわ。さあ、続きをしましょう?」

「させませんわ! 今度は私が正面から、王子様の大胸筋をデバッグさせていただきます!!」

「……お前ら、だから重いし熱いって言ってるだろうが……ッ!!」


永遠の苦痛と絶叫が渦巻くブラックホールに囚われたカケルたちと。

二人の絶世の美少女に肌を擦り付けられ、心拍数の爆上がりに苦悶するエンリ。


あまりにも残酷な世界システムの格差の中、バグの王子様の騒がしくも甘い限界デバッグ(お風呂回)は、夜更けまでみっちりと続くのだった。

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