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空間の脆弱性(バグ・ブレイド)と、蹂躙のテストプレイ

新宿第4ダンジョン最深部——吸血鬼の城、大広間のバルコニー。


「——報告します! 城の東側、約10キロ先の『腐海の森』より、SSランク魔獣【アビス・ハイドラ】の群れがこちらに向かって進行中! その数、およそ300!!」


黒衣の吸血鬼騎士が、バルコニーで寛ぐリリスに対して膝をつき、切羽詰まった声で報告を上げた。

SSランクの魔獣が300体。地上の新宿に放たれれば、自衛隊が総出でも3日で国が滅ぶレベルの災害スタンピードだ。


「……あら。私が特異点(王子様)の歓待で忙しいというのに、空気の読めないトカゲどもね。騎士団を出撃させなさい。私の城に傷一つでも——」


「いや、待て。出撃の必要はない」


リリスの命令を遮り、古海縁理フルミ・エンリがバルコニーの手すりに寄りかかったまま、淡々と告げた。


「ちょうどいい。さっき宝物庫から持ち出したアーティファクトの『プラグイン』をインストールしたところだ。負荷テスト(ストレステスト)の的になってもらおう」


エンリの両手には、宝物庫から無造作に持ち出した【万華鏡の幻石】、【星渡りの羽】、そして空間を鋭利なバグに成形する雛形【虚空の剣鋳ヴォイド・フォージ】の残滓が纏わりついていた。


「『物理定義・再記述オーバーライド』——並列処理マルチスレッド、座標の遠隔拡張ロングレンジ、および『空間座標の鋭利化バグ・ブレイド』」


エンリは右手袋を掲げ、10キロ先の空に向けて指先を向けた。

これまでのエンリのポータルは「点と点を繋ぐ」ものだった。だが、新たなアーティファクトをソースコードレベルで取り込んだ今の彼は、空間の『座標データ』そのものをハッキングできる。


エンリの右手袋から放たれた無数の光の糸が、10キロ先の空へと瞬時に飛来し、世界の物理演算(物理エンジン)をソースコードレベルで解析していく。

彼が狙ったのは、ハイドラたちの頭上の空間に存在する、『座標データの記述ミス(脆弱性)』だった。


——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ……ッ!!!


10キロ先の空が鳴動し、ハイドラたちの頭上の空間が、音を立てて『鋭利な刃の形状』に書き換えられ始めた。


「な……ッ!?」


リリスがバルコニーから身を乗り出し、真紅の瞳を驚愕に見開いた。


出現したのは、金属の剣ではない。

10キロ先の空を埋め尽くしたのは、漆黒の虚空が鋭利に尖った、まるでガラスの破片のような『空間のバグ(刃)』だった。


一つ一つの刃が、世界の物理シミュレーションを強制的にフリーズさせるほどの『無限の鋭利さ』を持ち、空間そのものを切り裂きながら空に静止している。

それは、武具を投影した壮観な光景というよりは、空という巨大なシミュレーション画面に、無数の鋭利なバグ(ドット欠け)が発生したかのような、異質で不気味な光景だった。


「……信じられない。魔力の詠唱も、武具の投影すらなく……。空間の座標データそのものを解析して、これだけの数の『システムの脆弱性バグ』を同時に実体化させるなんて……ッ!」


吸血鬼の真祖であり、この世界のルートユーザーの一人であるリリスですら、その理不尽すぎる物理ハックの前には、ただ息を呑むことしかできなかった。


「『虚空のバグ(ヴォイド・ブレイド)』——座標の強制執行デリート


エンリが冷酷に指を鳴らす。


——シュボォォォォォォォォォッ!!!!!!


空を埋め尽くしていた300の鋭利な空間のバグが、音速を超えて10キロ先の300体のハイドラに向けて一斉に降り注いだ。

刃が空気を切り裂く轟音が、10キロ離れた城まで届く。


300の空間のバグは、アビス・ハイドラの強靭な鱗を紙のように容易く切り裂き、その巨体を大地へと縫い付けた。


だが、これだけでは終わらない。

エンリは左手袋を掲げ、先ほど獲得した『空間の固定化フリーズ』のコマンドを、300のバグに同期させた。


「『虚空のクロノス・ゲート』」


ピタァッ……。

大地に突き刺さった300の空間のバグと、それに貫かれた300体のハイドラが、空中で完全に『ポーズボタン』を押されたかのように静止した。

苦悶の表情も、流れ出るはずの血も、すべてが物理的に時間を止められたかのように凍りついている。


「座標の固定完了。……あとは、バグの『内部』を廃棄セクター(マグマの海)へと接続する」


エンリが冷酷に指を鳴らす。

瞬間、300体のハイドラを貫いていた300の空間のバグの『内部』が、廃棄セクターへと接続された。


ズボォォォォォォォォンッ!!!!!


アビス・ハイドラたちは、バグに貫かれたまま、その傷口から廃棄セクターのマグマの海へと一瞬にして吸い込まれた。抵抗する間も、悲鳴を上げる暇すらも与えられず、300体のSSランク魔獣は、この世界から完全に消去デリートされたのだ。


「……あ、あああ……っ!! なんて、なんて美しく無慈悲な『無限のデバッグ』!!」


背後から、感動に打ち震える秤珠里ハカリ・ジュリが、エンリの背中に凄まじい勢いでダイブしてきた。


「10キロ先の空を300の鋭利なバグで埋め尽くし、300体を同時に物理的に消去する圧倒的な演算能力! 素晴らしいですわ! 私のこの豊かな胸の放熱板ヒートシンクで、王子様の熱くなった頭脳をクールダウンして差し上げます!!」


ジュリはエンリの背中に思い切り自身の質量を押し付け、頬をすりすりと擦り寄せる。


「……重い。お前がくっつくせいで逆にCPU温度が上がっていることに気づけ」

エンリが呆れ顔で引き剥がしようとするが、ジュリの「愛のホールド」はビクともしない。


「……本当に、規格外ね」


そこへ、リリスが甘い香りを漂わせながら、エンリの正面へと歩み寄ってきた。

彼女の真紅の瞳は、もはや驚愕を通り越し、極上の獲物を見つけた肉食獣のように熱く潤んでいる。


「魔力を一滴も使わずに、世界のルールをここまで好き勝手に書き換えるなんて……。ねえ、エンリ」


リリスはスレンダーな指先でエンリのネクタイをそっと引き寄せ、その端正な顔を覗き込んだ。


「遠くの空間を刃にするのもいいけれど……その指先で、今すぐ私の『奥深く』まで繋いで(ハッキングして)みない? 物理的な距離なんてゼロにして、私と貴方だけの甘いバグを起こしましょうよ……」


リリスの気高くも本能的な誘惑の魔力が、エンリの理性を直接揺さぶりにかかる。


「……ッ! 抜け駆けは許しませんわよ、泥棒猫! 王子様のマルチスレッドの処理領域は、私への合理的な愛の演算で常に100%埋まっているんですから!!」

「あら。これだけの処理能力があるなら、私と貴方くらい、同時に相手(処理)できるはずでしょう?」


背中からは有能秘書の限界密着(物理)。

正面からは吸血鬼の小悪魔的な誘惑(魔法)。


「……お前ら、いい加減にしろ。ストレステストの負荷より、お前らの相手をする負荷の方が重いんだよ……ッ」


10キロ先の魔獣の群れを、空を埋め尽くす鋭利な空間のバグで瞬殺した無敵のハッカーも、両手に花(という名の過剰なシステム負荷)のデスマーチからは、どうしても逃げられない仕様になっているのだった。

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