深淵の宝物庫と、規格外の最適化(デバッグ)
「——さあ、ここが私のクランが数百年をかけて収集した、この世界の『遺物』たちの墓場よ」
リリスが巨大な黒金の扉を開くと、そこには眩いばかりの魔力の光が溢れ出していた。
新宿第4ダンジョン最深部、クラン【真紅の夜】が誇る『深層宝物庫』。
棚には、地上のオークションに出せば一国が買えるほどの国宝級アーティファクトが、まるでジャンクパーツのように無造作に並べられている。
「……なるほど。地上の連中が『奇跡の武器』と呼んでいるものの正体は、物理エンジンの記述ミスによって生まれた『属性の固定化パーツ』だったというわけか」
古海縁理は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、棚に並ぶ品々を瞬時にスキャンしていく。
パノプティコンの実験場にあったものとは、情報の密度(解像度)が違う。
「ええ。好きなものを持っていっていいわよ、王子様。貴方なら、これらの『壊れたおもちゃ』の正しい使い道がわかるでしょう?」
リリスは優雅にエンリの隣を歩き、スレンダーな指先でひとつの宝珠を示した。
対照的に、逆側の隣をがっちりとキープしている秤珠里は、リリスの宝物庫の規模に圧倒されつつも、対抗心を燃やしてエンリの腕をさらに強く抱きしめる。
「ふん、物で王子様の気を引こうなんて、安直な手口ですわね。ですが王子様、これらのパーツは確かに高度な『演算資源』になり得ます。秘書として、最も合理的な組み合わせを検討させていただきますわ!」
「……検討も何も、答えはすでに出ている」
エンリは迷うことなく、二つのアーティファクトを手に取った。
一つは、周囲の熱量を無限に吸収し続ける氷の結晶【絶対零度の心臓】。
もう一つは、空間そのものを震わせ、高周波の摩擦を発生させる黄金の音叉【空間共鳴の針】。
「あら、それを組み合わせるの? 氷と振動……互いの属性を打ち消し合う、相性の悪い組み合わせだけど?」
リリスが不思議そうに首を傾げる。
だが、エンリの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「単体で使えばな。……だが、こいつらの『記述コード』を並列化してハッキングすれば、話は別だ」
エンリは両手の手袋を強く握り込み、二つのアーティファクトを空中に浮かべた。
彼の右手袋から放たれた無数の光の糸が、アーティファクトの内部構造へと侵入していく。
「『物理定義・再記述』——接続、同期、および『相対速度の凍結』」
瞬間。
二つのアーティファクトが激しい火花を散らしながら融合し、エンリの左手袋へと吸い込まれていった。
「なっ……アーティファクトそのものを、自身のスキルに取り込んだ……!?」
リリスが驚愕に目を見開く。
通常、探索者はアーティファクトを「装備」として使う。だがエンリが行ったのは、アーティファクトの機能を自身のスキルに『プラグイン』として直接組み込むという暴挙だった。
「……テスト稼働だ。ジュリ、少し離れていろ」
「はいっ、王子様!」
エンリが軽く指を鳴らす。
すると、彼の周囲の空間が、鏡のようにパキパキと凍りついた。
だが、それはただの氷ではない。
「……これは……空間そのものが『振動』によって固定されているの?」
リリスが息を呑む。
【絶対零度】で分子の動きを止め、同時に【空間共鳴】で空間の座標を固定する。
これまでのエンリのポータルは「点と点を繋ぐ」ものだったが、この新たな力は、繋いだ空間の『時間さえも物理的に停止させる』。
「『虚空の檻』。……この範囲内では、弾丸も、魔力も、そして世界の物理演算そのものも、僕の許可なく動くことはできない」
エンリの周囲数メートルは、今や神ですら干渉できない『絶対停止領域』へと進化したのだ。
「……あ、あああ……っ!! なんという神々しい力! 王子様、今の貴方はまさに世界のデバッグを司る唯一神ですわ!!」
ジュリは感動のあまり、エンリの背中に飛びつき、その豊かな胸を全力で押し付けながら悶えた。
「この圧倒的な停止空間……! 私の王子様への愛(熱量)ですら、この空間を溶かすことはできない……いえ、むしろこの絶対的な静寂の中で、私たちの心拍数だけが共鳴し合うという最高に合理的なシチュエーションですわァァァッ!!」
「……はぁ。やっぱり最後はそうなるのね」
リリスは呆れたように扇子で顔を隠したが、その瞳は期待と興奮で潤んでいた。
「いいわ、古海縁理。貴方のその『理不尽なまでの進化』……。どこまで世界を壊してくれるのか、このリリスが特等席で見守ってあげる」
パノプティコンを粉砕したバグの王子様は、深層の秘宝を喰らい、さらなる『世界の天敵』へと変貌を遂げた。
新たな力を手にしたエンリの次なる標的は——深層に隠された世界の根源、そして彼を狙う次なる「変数」たち。
「……さて。デバッグの続きを始めようか」
最強の有能秘書と、最凶の吸血鬼。
二人の美女を従えたエンリの蹂躙劇は、ここからさらなる加速を見せることになる。




