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圧倒的敗北と、観測者たちの胎動

新宿第4ダンジョン、中層第19エリア。

渓谷に立ち込めていた硝煙が晴れると、そこには近代兵器の信奉者たちの、無惨な敗北の姿があった。


「ガハッ……! あ、あぁ……俺の、俺のガトリングが……ッ」


全身の装甲を自らの徹甲弾で穴だらけにされたマグナムが、ひしゃげた銃身を抱きしめて呻いている。

高台にいたベレッタは、完全にへし折られた愛銃の残骸を前に、恐怖で膝を抱えてガタガタと震えていた。


「バ、バカな……。俺たちの弾幕が、こんな……こんなわけのわかんねぇオカルトで……ッ!」


リーダーのコルトは、肩口から血を流しながら、信じられないものを見る目で古海縁理フルミ・エンリを睨みつけていた。

彼の自慢のアサルトライフルは、エンリの『多点仮想射出』によってピンポイントで機関部を破壊され、もはやただの鉄の棒と化している。


「オカルトじゃない。ただの物理現象だ」


エンリは黒い手袋を嵌めた両手を下ろし、感情の欠落した声で淡々と告げた。


「君たちの銃弾は、直線的な運動エネルギーの塊に過ぎない。初速と質量が固定されている以上、軌道の予測もベクトルのハッキングも容易い。……魔法や未知のスキルの方が、よほど変数が多くて厄介だよ」

「ふ、ふざけるな……! 俺たちの火力が、ダンジョン最強の……ッ!」

「それに」


コルトの言葉を遮り、エンリは冷酷な事実を突きつける。


「君たちは自分の『弾薬リソース』でダメージを負い、さらにその弾薬自体も底を尽きかけている。……非効率の極みだ。自分のリソースを消費して自滅するなんて、バグ以下の挙動エラーだよ」


その言葉は、銃という圧倒的な暴力に依存していた彼らのアイデンティティを、根底から粉砕するものだった。

コルトは腰のホルスターから震える手でハンドガンを抜こうとしたが——エンリが右手袋の指先をスッと彼に向けた瞬間、その動きは完全に凍りついた。


(抜けば、死ぬ。引き金を引いた瞬間に、自分の後頭部から弾丸が飛び出してくる……!)


絶対的な『ルール』の差。

コルトはハンドガンから手を離し、力なくその場に崩れ落ちた。完全なる、戦意喪失だった。


「……勝負あり、ですね。さすがは私の王子様。無駄な体力を一切使わず、最も合理的な制圧でしたわ」


エンリの後ろから、秤珠里ハカリ・ジュリが優雅な足取りで進み出てきた。

彼女の顔は、先ほどまでの熱に浮かされた狂信者のそれから、冷徹で有能な「秘書」の顔へと切り替わっている。


「さて、コルトさん。探索者ギルドの規約第4章12条『正当防衛に伴う敵対的クランからの資産差し押さえ』に基づき、事後処理を行わせていただきます」


ジュリはタブレット端末を素早く操作し、コルトの顔の前に突きつけた。


「あなた方のクラン【ガンスリンガー】の共有口座から、慰謝料および先ほどの『迂回ルートの通行料(遅延損害金)』として、全資産の80%を私のダミー口座へ送金いたしました。残りの20%は、あなた方が地上へ帰還するための医療費として残しておいて差し上げます。……文句はありませんね?」

「なっ……! てめぇ、ふざけんな! 俺たちの全財産を……ッ!」

「おや? 異議があるなら、もう一度王子様の『物理ハック』の実験台になりますか?」


ジュリが妖艶に微笑みながら視線を向けると、コルトたちはヒッと喉を鳴らし、完全に沈黙した。


「……相変わらず、えげつない搾取だな」

エンリが呆れたように呟く。


「これも王子様の活動資金リソースを潤沢にするための合理的な判断ですわ。……それよりも、王子様」


ジュリはタブレットを片付けると、すぐさまエンリの右手に両手で触れ、その指先を熱っぽい吐息混じりに撫で回し始めた。


「なっ!? ジュリ、何をしている!」

「先ほど、ゲートの出口座標をダンジョンの処理限界速度で切り替えるという、神業のような演算を行っていましたね? その結果、王子様の右手の指の筋肉および神経系に、甚大な疲労物質ダメージが蓄積しているはずです!」


ジュリの顔が、再びドロドロとした狂信者のそれに切り替わっている。


「放置すれば腱鞘炎になり、0.1秒の遅れが命取りになります! 私が今すぐ、この柔らかな指の腹と体温を使って、王子様の指を一本一本、念入りに……舐めるようにマッサージして差し上げますわ……っ♡」

「舐めるようにって言ったか!? 言ったよな今!? 離せ、ただの指の運動だ、疲労など……っ!」


「我慢はいけません! ほら、私の胸の谷間に手を入れて! ここが一番保温性が高く、血流の促進に最適なのです!!」

「合理性の皮を被った暴力をやめろぉぉぉっ!!」


渓谷に、別の意味でのエンリの悲鳴がこだまする。

近代兵器の蹂躙よりも、有能すぎる秘書の「理詰めセクハラ」の方が、エンリの精神を確実に削り取っていた。


* * *


——その様子を、遥か上層の安全地帯から『監視』している者たちがいた。


「……くふっ。あはははっ! 面白い、面白いわぁ、あの男!」


モニター越しに戦闘のデータを見つめながら、黒いゴシックドレスに身を包んだ小柄な少女——『ルーシー』が、喉を鳴らして笑っていた。

彼女の瞳は、人間のものではない、血のような真紅に染まっている。


「銃弾の運動ベクトルを維持したまま、空間の座標データだけを改ざんした……。魔法の魔力波形はゼロ。純粋な『物理演算のハッキング』。……ミルグラム様が探し求めていた『特異点バグ』に間違いないわ」


ルーシーの隣には、執事服を着た長身の男——『レンフィールド』が、冷たい目を細めて立っていた。


「……確かに、規格外の演算能力だ。だが、隣にいるあの女狐……あれは邪魔だな。あの男の防壁ファイアウォールとして、あまりにも優秀すぎる」


レンフィールドは、モニターの中でエンリに密着するジュリの姿を忌々しそうに睨みつけた。


「あはっ、いいじゃない! あの秘書女、私と同じくらい『有能』な匂いがするわ。私が直接、あの女の鼻っ柱をへし折ってあげる!」

ルーシーは妖しく唇を舐め、タブレット端末を起動する。


「さあ、始めましょうか、レンフィールド。ミルグラム様の完璧な『実験デスゲーム』の盤上に、あのイレギュラーを招待するのよ」


「……御意」


探索者たちをモルモットとして扱い、理不尽な死のゲームを主催する非道な研究者集団【パノプティコン】。

そしてその中枢に潜む、吸血鬼の眷属たち。


無能な者たちへのざまぁを終え、圧倒的な暴力(近代兵器)すらもハッキングしたエンリの前に。

次なる脅威——『絶対のルール』を強要する悪意の箱庭が、その口を大きく開けようとしていた。

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