鉛と火薬の信奉者たち
新宿第4ダンジョン、中層第18エリア。
分厚い装甲を纏った魔物の群れが、一方的な蹂躙の前に次々と肉塊へと変わっていた。
「ガ、アァァァッ……!!」
中層の脅威の一つ、『アーマード・オーク』。
通常の鋼鉄すら弾き返す外殻を持つ強靭な魔物だが、今の彼らはただの「的」に過ぎなかった。
ダダダダダダダダダダッ!!!
鼓膜を劈く重低音。
巨漢の男——コードネーム『マグナム』が構えた多銃身ガトリングガンから、秒間数十発という異常な速度で徹甲弾(AP弾)がバラ撒かれる。
魔法の詠唱などという悠長な隙はない。圧倒的な「質量」と「連射速度」による物理的な暴力が、オークの装甲を紙切れのように引き裂き、緑色の血肉を周囲に撒き散らした。
「ヒャハハハッ! もろい、もろいぜぇ! 魔法だのスキルだの、そんなオカルトでチンタラやってっから死ぬんだよ!」
マグナムが残忍な笑い声を上げながら銃身を振り回す。
生き残った一匹のオークが、死に物狂いで岩陰から飛び出し、マグナムの死角へと斧を振り下ろそうとした——その時。
パァンッ!!
乾いた破裂音と共に、オークの頭部がスイカのように弾け飛んだ。
「……遅いわね。的がデカすぎてあくびが出るわ」
数百メートル後方の高台。岩の隙間に身を潜め、大型のアンチマテリアルライフル(対物狙撃銃)を構えていた女——コードネーム『ベレッタ』が、スコープから目を離して冷たく吐き捨てた。
彼女の放った12.7ミリ弾は、オークの分厚い頭蓋骨を容易く貫通し、脳髄を完全に粉砕していた。
「おいおい、マグナム。無駄弾撃ちすぎだ。銃身が焼け付くぞ」
硝煙の立ち込める戦場を、一人の男が悠然と歩いてくる。
この完全武装の探索者集団【ガンスリンガー】のリーダー、『コルト』だ。
彼は最新鋭のアサルトライフルを肩に担ぎ、足元に転がるオークの死骸を忌々しそうに蹴り飛ばした。
「ったく、これだから『魔法』なんていう古臭いオカルトを信じてる連中はダンジョンの底で死ぬんだ。いいか? この世界で一番信用できるのは、神でも魔法でもねぇ。圧倒的な『火薬の爆発力』と、音速を超える『鉛の質量』だ。これが現代の到達点にして、絶対の物理法則なんだよ」
コルトは傲慢な笑みを浮かべ、ライフルの安全装置をカチャリと外した。
「俺たち【ガンスリンガー】の弾幕の前に、立っていられる生物はこの世に存在しねぇ。さあ、とっとと次のエリアを制圧して、金目のアーティファクトを根こそぎ回収するぞ」
圧倒的な火力、隙のない連携、そして近代兵器への絶対的な信仰。
彼らは間違いなく、このダンジョンにおいて最強クラスの「暴力」を体現する強者たちだった。
自分たちの撃ち出す銃弾のベクトルを、指先一つで書き換える『真の物理法則の支配者』の存在など、知る由もなかったのだ。
* * *
——同時刻。同じく中層第18エリアの別ルート。
「……遠くで、激しい爆発音が連続していますね。距離はおよそ3キロ先」
タブレット端末の環境センサーを確認しながら、秤珠里が冷静に報告した。
「単なる爆発じゃない。……あの連射速度と発射音、12.7ミリクラスの重機関銃か。ダンジョンの魔物相手には明らかにオーバースペックな火器だ」
古海縁理は歩みを止めず、かすかに響く重低音の波形を脳内で解析する。
「ええ。データベースと照合しました。……おそらく、武装探索者集団【ガンスリンガー】です。魔法やアーティファクトの力を軽視し、重火器のみでダンジョンを蹂躙する傭兵崩れのクランですね。彼らのルート、このまま進むと第19エリア付近で私たちと交差する可能性が高いですわ」
ジュリはそう言いながら、エンリのすぐ隣——肩が触れ合うほどのゼロ距離にまで自然な動作で身を寄せてきた。
「昨晩の『極上の熱交換』のおかげで、私の肌のツヤも戦闘へのモチベーションも最高潮です。王子様が望むなら、私が彼らを社会的に(資金面で)抹殺するための裏工作を即座に開始しますが……いかがなさいますか?♡」
「……」
エンリはジュリの甘い誘惑(と密着)を華麗にスルーしつつ、冷静に思考を巡らせた。
(昨晩のお風呂のせいで、こいつの距離感がまた一段階バグった気がする……。いや、今はそっちのバグはどうでもいい。問題はあの武装集団だ)
「……放置でいい。わざわざ交戦する理由がない」
エンリはため息混じりに、遠くの硝煙が上がる方向を見つめた。
「彼らは近代兵器を『最強』だと信じているようだが……あまりにも非効率だ。あれだけの弾幕を張るために、一体どれだけの質量の弾薬を持ち込んでいると思っているんだ? 撃てば撃つほど弾は減るし、補給線が絶たれればただの鉄屑になる」
「ふふっ、その通りですね。王子様のように、世界の理そのものを手札にする神業とは、次元が違いますわ」
「無駄なエネルギーの浪費(摩擦)に関わっている暇はない。僕たちは予定通り、空間ノイズ(バグ)の発生源の調査を進めるぞ」
エンリはそう言って歩き出す。
しかし、ダンジョンという巨大なバグのシステムは、そう都合よく彼らを素通りさせてはくれない。
【ガンスリンガー】の放つ圧倒的な火薬の匂いと、エンリの行使する『物理ハック』による空間の歪み。
二つの異質な「力」は、まるで磁石のように互いを引き寄せようとしていた。
中層の冷たい空気に、微かな硝煙の匂いが混じり始める。
「現代兵器の頂点」と「物理法則の支配者」が激突する運命の瞬間は、もう目前まで迫っていた。




