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やまびこカウンター  作者: オオムラサキ


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6/20

第六夜 イカの塩辛

六日目の夜も、俺は九時前に「やまびこ」のカウンター左端に座った。

 空は晴れて、路地の夜風が少し涼しく感じる。

「親父、こんばんは。今日はなんか新鮮な匂いがするな」

「おかえり、島田さん。今日はイカの塩辛を新しく仕込んでみた。初お披露目だぞ」

 浩一親父はガラス瓶から丁寧に取り出していた。今日が初めての提供らしい。

 イカの塩辛は親父の隠し味が光る一品だった。

 新鮮なスルメイカを三枚におろし、肝を裏ごしして滑らかにする。切った身と足に塩を全体の約8%加えて軽く揉み、裏ごし肝をたっぷり絡める。みりん・酒・柚子皮のすりおろしを隠し味で加え、冷蔵庫で一晩以上漬け込んだものだ。

 器に盛ると、イカの身が肝の濃い褐色に染まり、ツヤツヤと光っていた。刻みねぎと刻み唐辛子を散らし、ゴマ油を一滴落とすと、濃厚なのに爽やかな香りがふわりと広がった。

 一口。

 肝のトロッとした濃厚なコクが舌を包み、次にイカのコリコリとした歯応えが来る。塩気と甘みのバランスが絶妙で、後味に柚子の香りがふっと抜ける。熱燗を一口含むと、塩辛の濃さがちょうど溶けて喉の奥まで染み渡った。

「うおっ……これは初登場とは思えねえ。肝が効いててクセになる味だ」

 俺が夢中で二杯目を食べていると、十時少し前に高橋さんが入ってきた。

「……こんばんは。今日はすごくいい匂いがしますね」

「高橋さん、今日は新作のイカの塩辛だ。どうぞ」

 親父が新しく盛った塩辛を出す。高橋さんは箸でイカの身を一欠片取り、肝をたっぷり絡めて口に運んだ。

「……すごい。これ、濃いのに後味がすっきりしてる。肝の旨味がすごい……」

 高橋さんは目を細めて、ゆっくり味わった。そして、珍しく自分から話してくれた。

「大阪にいる息子が、『おとんの塩辛、食べたいわ』ってよく言うんです。……俺、昔はたまに作ってたんですけど、最近は全然作れてなくて」

 高橋さんは照れくさそうに笑った。

 大阪弁の「おとん」という呼び方が、彼の口から出ると妙に温かかった。

「『おとん、最近全然帰ってこないやん』って拗ねてくるんですよ。ここの塩辛みたいに、手間かけた味を、いつかまた家族に出してやりたいな……」

 俺は横で自分の塩辛を頬張りながら、軽く頷いた。

「高橋さん、家族が東京に来たら連れてこいよ。親父のイカの塩辛なら、息子さんも『おとんのよりうまい!』って言うかもしれんぞ」

 高橋さんは少し寂しそうに、でも優しく笑った。

 その夜、彼は塩辛を丁寧に平らげ、三杯目の熱燗でほっと息を吐いた。

 帰る時、高橋さんは親父に小さく頭を下げた。

「明日も来ます。この塩辛、また食べたいです」

 店を出る頃、カウンターには肝の濃厚な香りと、柚子の爽やかな余韻が静かに残っていた。

 俺は最後に親父に言った。

「今日の新作、当たりだったな。高橋さんもだいぶ顔が明るくなってきた」

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