第四夜 二度目の里芋
四日目の夜も、俺は九時前に「やまびこ」の扉をくぐった。
雨はようやく止み、路地の空気が少し湿ったままだった。カウンターの左端の席に座ると、いつもの安心感が肩から落ちる。
「親父、こんばんは。今日も里芋残ってるか?」
「おかえり、島田さん。里芋は新しく仕入れたやつで作り直すぞ。高橋さんも来るかもしれないな」
浩一親父はそう言いながら、すでに包丁を手に取った。
今日の里芋の煮っ転がしは、少しアレンジが入っていた。
皮をむいた里芋を米のとぎ汁で丁寧に下茹でし、アクを完全に抜く。鍋に出汁・醤油・みりん・砂糖をベースに、今回は隠し味で少量の酒粕を溶き入れる。里芋を転がしながら中火で煮詰め、汁がトロリと照り輝くまで煮る。火を止めてから五分蒸らすと、酒粕のまろやかな香りがふんわりと立ち上り、表面が艶やかに光っていた。箸で切ると、中から甘い汁がじんわり溢れる。
もう一品は鶏の唐揚げ。
大きめに切った鶏もも肉を醤油・酒・生姜で下味をつけ、片栗粉をまぶして高温の油で二度揚げ。外はカリッと香ばしく、中はジューシーで熱々が運ばれてきた。
俺が熱燗を傾けながら里芋を味わっていると、十時過ぎに鈴が鳴った。
高橋だった。二度目の来店。昨日より少し肩の力が抜けているように見える。
「……こんばんは。また来ました」
「いらっしゃい。高橋さん、今日は里芋のアレンジ版だ。酒粕入れてみた」
親父が新しく作った里芋と唐揚げを出す。高橋は里芋を一口食べて、目を細めた。
「昨日より……まろやかですね。この香り、いいです。家ではこんな味、出せなかった」
俺は横の席で唐揚げを頬張りながら、チラリと高橋を見た。カリカリの衣が油の音を立て、噛むと肉汁が溢れる。最高だ。
高橋は少しずつ話し始めた。
大阪の家族とは週末に電話するが、息子とは勉強のことでいつもぶつかること。妻は「東京で頑張って」と励ますが、寂しそうだったと言う。
「ここに来ると、少し肩が軽くなるんです。……店長の料理が、理由の一つです」
親父は静かに頷くだけで、深くは踏み込まない。俺も自分の熱燗を飲みながら、軽く相槌を打った。
「高橋さん、毎日来いよ。ここはそういう店だ。俺みたいに」
高橋は少し笑って、里芋の最後の一欠片まで丁寧に食べた。唐揚げも完食し、二杯目の熱燗でほっと息を吐く姿が、昨日より柔らかく見えた。
高橋が十一時前に帰った後、カウンターには酒粕の優しい香りと、唐揚げの残り香が漂っていた。
俺は最後に親父に言った。
「今日の里芋のアレンジ、酒粕が効いてて美味かったぜ。明日も来るからな」
店を出ると、夜の路地は少し晴れ間が見えていた。
高橋も、きっとまた来る。
このカウンターの灯りと、親父の料理に惹かれて、俺と同じように。




