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やまびこカウンター  作者: オオムラサキ


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4/20

第四夜 二度目の里芋

四日目の夜も、俺は九時前に「やまびこ」の扉をくぐった。

 雨はようやく止み、路地の空気が少し湿ったままだった。カウンターの左端の席に座ると、いつもの安心感が肩から落ちる。

「親父、こんばんは。今日も里芋残ってるか?」

「おかえり、島田さん。里芋は新しく仕入れたやつで作り直すぞ。高橋さんも来るかもしれないな」

 浩一親父はそう言いながら、すでに包丁を手に取った。

 今日の里芋の煮っ転がしは、少しアレンジが入っていた。

 皮をむいた里芋を米のとぎ汁で丁寧に下茹でし、アクを完全に抜く。鍋に出汁・醤油・みりん・砂糖をベースに、今回は隠し味で少量の酒粕を溶き入れる。里芋を転がしながら中火で煮詰め、汁がトロリと照り輝くまで煮る。火を止めてから五分蒸らすと、酒粕のまろやかな香りがふんわりと立ち上り、表面が艶やかに光っていた。箸で切ると、中から甘い汁がじんわり溢れる。

 もう一品は鶏の唐揚げ。

 大きめに切った鶏もも肉を醤油・酒・生姜で下味をつけ、片栗粉をまぶして高温の油で二度揚げ。外はカリッと香ばしく、中はジューシーで熱々が運ばれてきた。

 俺が熱燗を傾けながら里芋を味わっていると、十時過ぎに鈴が鳴った。

 高橋だった。二度目の来店。昨日より少し肩の力が抜けているように見える。

「……こんばんは。また来ました」

「いらっしゃい。高橋さん、今日は里芋のアレンジ版だ。酒粕入れてみた」

 親父が新しく作った里芋と唐揚げを出す。高橋は里芋を一口食べて、目を細めた。

「昨日より……まろやかですね。この香り、いいです。家ではこんな味、出せなかった」

 俺は横の席で唐揚げを頬張りながら、チラリと高橋を見た。カリカリの衣が油の音を立て、噛むと肉汁が溢れる。最高だ。

 高橋は少しずつ話し始めた。

 大阪の家族とは週末に電話するが、息子とは勉強のことでいつもぶつかること。妻は「東京で頑張って」と励ますが、寂しそうだったと言う。

「ここに来ると、少し肩が軽くなるんです。……店長の料理が、理由の一つです」

 親父は静かに頷くだけで、深くは踏み込まない。俺も自分の熱燗を飲みながら、軽く相槌を打った。

「高橋さん、毎日来いよ。ここはそういう店だ。俺みたいに」

 高橋は少し笑って、里芋の最後の一欠片まで丁寧に食べた。唐揚げも完食し、二杯目の熱燗でほっと息を吐く姿が、昨日より柔らかく見えた。

 高橋が十一時前に帰った後、カウンターには酒粕の優しい香りと、唐揚げの残り香が漂っていた。

 俺は最後に親父に言った。

「今日の里芋のアレンジ、酒粕が効いてて美味かったぜ。明日も来るからな」

 店を出ると、夜の路地は少し晴れ間が見えていた。

 高橋も、きっとまた来る。

 このカウンターの灯りと、親父の料理に惹かれて、俺と同じように。

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