第二夜 明太子の熱と冷たさ
次の夜も、俺は九時前に「やまびこ」の扉をくぐった。
雨はまだ降り続いているが、カウンターの左端の席はもう俺の定位置だ。
「親父、こんばんは」
「おかえり、島田さん。今日は美咲さんが来る頃に、辛いメニューがいいだろうな」
浩一親父はそう言いながら、すでに準備を始めていた。
まず明太子チーズ焼き。
明太子のブロックを包丁で粗くほぐす。フライパンにバターを溶かし、明太子を投入すると、ピリッとした辛さと磯の濃い香りが一気に立ち上がる。そこへピザ用チーズをたっぷりと散らし、予熱したオーブンへ入れる。表面が黄金色に泡立ち、チーズがとろとろと糸を引くまで焼く。取り出す瞬間、香ばしい煙がカウンターまで届いた。
もう一品はキムチ納豆冷奴。
木綿豆腐を厚さ二センチに切り、冷たいまま小鉢に盛る。キムチは水分を軽く切り、納豆と一緒にごま油で和える。刻みねぎと刻み海苔を山盛りにのせると、冷たい白と鮮やかな赤のコントラストがとても綺麗だ。
美咲が少し遅れて入ってきた。二十代後半のOL。今日も肩が重そうだ。
「店長、辛いもの……胃が疲れてるんです」
「はいよ」
親父が二品を出すと、美咲は熱々の明太子チーズをスプーンで大きく掬った。チーズが伸び、明太子の辛さが溶け出す。すぐに冷たい冷奴を交互に口に運ぶ。
熱さと冷たさの温度差が、彼女の疲れた顔を少しずつほぐしていくのがわかった。
俺は横の席で熱燗を飲みながら、自分の焼き鳥をゆっくり味わう。
今日の鳥はむね肉に塩だけ。皮はパリッ、中はジューシーで、シンプルな味わいが明太子の辛さを引き立ててくれる。
「島田さん、今日も一番乗りですね」
美咲がチーズを頰張りながら話しかけてくる。俺は軽く笑って返した。
「毎日来てるからな。ここが俺の飯処だ」
美咲は会社の残業の愚痴を少しだけこぼし、明太子チーズの最後の一口で満足げに息を吐いた。
「この熱さと冷たさのバランス……本当に癒されます」
彼女が十時十五分頃に帰った後、カウンターにはチーズの香ばしい余韻と、ねぎの爽やかな匂いが残っていた。
俺はもう少し粘って、親父と二言三言。
今日の明太子チーズの焼き加減は、チーズが少し多めで最高だった。親父の気遣いが、細かいところで出てる。
店を出るとき、俺はまた思った。
明日も、絶対に来よう。
明日はどんな料理に出会えるだろう。




