第十九夜 佐藤悠斗の視点 ~初めての焼き鳥~
俺、佐藤悠斗、二十九歳。
今日で「やまびこ」での勤務三日目。
元々は都内のイタリアンレストランで働いていたが、親父(叔父)の体調を気にして戻ってきた。
まだこの店の空気や常連さんの顔に慣れなくて、毎回緊張してしまう。
九時十五分。
店内が少しずつ賑わい始めた頃、鉄工所のおじさん——谷口鉄平さんが入ってきた。
「おう、谷口さん。また来てくれたか」
島田さんが左端の席から声をかける。中村さんもすでに熱燗を飲んでいた。
俺はエプロンを直しながら、緊張して頭を下げた。
「……いらっしゃいませ、谷口さん」
浩一叔父さんが静かに言った。
「悠斗、今日はお前に焼き鳥を任せる。谷口さんにねぎ間と皮目で」
心臓が跳ねた。
まだこの店の火加減も、たれの染み込み方も完全に掴めていない。
でも叔父さんの目が「やってみろ」と言っている気がした。
俺は鶏皮を串に丁寧に刺し、強火で皮目をパリッと炙った。
脂が滴って炎がパチパチと音を立てる。たれを刷毛で二度塗り、三度目に七味を軽く振る。
ねぎ間も同じく、ねぎの甘い香りが立ち上るまで焼いた。
出来上がった串を谷口さんの前に置いた瞬間、手が少し震えていた。
谷口さんは一口食べて、ぼそっと言った。
「……おい。若造、なかなかやるじゃねえか」
その言葉で、胸の奥が熱くなった。
続けて里芋の煮っ転がしとイカの塩辛も出した。
里芋はまだ少し硬かったかもしれない。でも谷口さんは黙々と食べ、中村さんも「悠斗さん、いい感じです」と微笑んでくれた。
谷口さんが熱燗を飲みながら、俺に声をかけてきた。
「悠斗。お前、ここにいるってことは、親父も少し楽になるってことだ。
ちゃんと学べよ。この店の味は、ただの料理じゃねえ。……俺みたいな頑固親父が毎日来る店なんだ」
俺は真剣に頷いた。
「はい……頑張ります。
まだ叔父さんの味には遠く及びませんが、毎日一生懸命やります」
島田さんが笑いながら言った。
「悠斗は真面目すぎるんだよ。少し肩の力、抜けよ」
その夜、俺は厨房とカウンターを忙しく行き来しながら、常連さんたちの会話を聞いていた。
谷口さんの荒々しい声、島田さんの穏やかな相槌、中村さんの静かな愚痴。
みんな、この小さな店でそれぞれの「灯り」を探しているんだと思った。
閉店間際、谷口さんが会計を済ませながら俺に言った。
「若造。明日も来るからな」
「……はい。待ってます」
店を出ていく谷口さんの背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
叔父さんがカウンターを拭きながら、静かに言った。
「悠斗。少しずつでいい。お前も、この店の灯りの一部になっていくんだ」
俺はエプロンを外しながら、煤けた看板を振り返った。
やまびこ——
ここは、俺が新しく灯す火を、優しく育ててくれる場所だった。
――続く




