第二十夜 佐藤悠斗の視点 ~初めての「心」~
俺、佐藤悠斗は四日目の夜も「やまびこ」のエプロンを締めていた。
叔父さんの店を手伝い始めてまだ浅いが、毎晩カウンターに立つたびに、この店の空気が少しずつ自分のものになっていく気がする。
九時十二分。
谷口さんがいつものように荒々しい足音で入ってきた。
「おう、若造。今日もいるか」
「はい、谷口さん。いらっしゃいませ」
続いて中村さん、島田さんも定位置に着く。
店内はいつもの三人+俺の四人体制になった。
叔父さんが静かに言った。
「悠斗、今日はお前に『心』を込めて一品作ってみろ」
俺は少し緊張しながら頷いた。
今日の新メニューは、叔父さんが教えてくれた**里芋と鶏のつくね煮**。
里芋は丁寧に下茹でしてアク抜き。鶏つくねは挽肉にねぎと生姜をたっぷり入れ、丸めて焼いてから出汁・醤油・みりん・砂糖で煮込む。
弱火でじっくり煮ていると、里芋がトロトロに染まり、つくねから出る旨味が出汁に溶けていく。
出来上がりを谷口さんの前に置いた。
「……どうぞ」
谷口さんは一口食べて、箸を止めた。
数秒沈黙したあと、ぼそっと言った。
「……若造。これ、昨日より味が染みてる。
里芋が鶏の脂をちゃんと受け止めてる」
俺の胸が熱くなった。初めて「褒められた」と実感した瞬間だった。
島田さんが微笑みながら言った。
「悠斗、いい味が出てきたな。
心を込めると、味が変わるんだよ。ここはそういう店だ」
中村さんも熱燗を傾けながら頷いた。
「悠斗さん、僕もこのつくね好きです。優しい味がする」
俺は照れくさくなりながら、追加で**イカの塩辛**と**明太子チーズ焼き**も出した。
塩辛は肝を裏ごしして二晩漬けたもの、チーズ焼きは表面を丁寧に黄金色に焼いた。
みんなが黙々と食べ、時々感想をくれる。
谷口さんが三杯目の熱燗を飲み干した頃、珍しく俺に直接話しかけてきた。
「悠斗。お前、元々は都会の店にいたんだろ?
なんでこんな路地裏の小さな店に来た?」
俺は少し迷ってから、正直に答えた。
「……叔父さんの体調が心配だったんです。
それに、都会のレストランでは『完璧な味』ばかり求められて、息が詰まって。
ここは……『心の味』が大事だって、叔父さんが教えてくれました」
店内が少し静かになった。
叔父さんがカウンター越しに、静かに微笑んだ。
「悠斗。お前はもう、ちゃんとこの店の灯りの一部だ」
十時四十分。
谷口さんが会計を済ませながら、俺の肩を軽く叩いた。
「若造。明日も来いよ。
俺の分も、心を込めて焼いとけ」
「……はい。頑張ります」
店を出ていく谷口さんの背中を見送りながら、俺はエプロンを握りしめた。
まだ未熟だけど、この店でなら、もっと上手くなれる気がした。
閉店後、叔父さんと二人で片付けをしていると、叔父さんがぽつりと言った。
「悠斗。
あんたが来てから、店が少し明るくなった気がする」
俺は小さく笑って答えた。
「俺も……ここに来て、初めて『自分の味』を探せてる気がします」
煤けた看板の灯りが、路地に静かに揺れていた。
やまびこは、今日も優しく灯り続けている。
――続く




