第十八夜 谷口鉄平の視点 ~もう一人の灯り~
三日目の夜。
俺、谷口鉄平は再び「やまびこ」の扉をくぐった。
昨日より少し足取りが軽い自分が、少し気恥ずかしい。
ガラリ。
店内に入ると、いつもと少し様子が違っていた。
カウンター奥で店主の浩一さんがいつものように仕込んでいるところに、もう一人——若い男がエプロンを着けて働いていた。
三十歳くらい、背が高くて瘦せ型。表情は真面目で、包丁の扱いがまだ少しぎこちない。
「おう、谷口さん。また来てくれたか」
島田さんが左端の席から声をかけてくる。
中村さんもすでに熱燗を飲んでいた。
店主が微笑みながら言った。
「紹介するよ。今日から手伝ってもらうことになった、俺の遠縁の甥っ子だ。
名前は佐藤 悠斗、二十九歳。
元々は東京のレストランで働いてたけど、こっちに戻ってきたんだ」
悠斗は少し緊張した顔で頭を下げた。
「……初めまして、佐藤悠斗です。まだ未熟ですが、よろしくお願いします」
俺はカウンターに座りながら、ぼそっと言った。
「親父一人で十分だと思ってたが……二人体制になったのか」
店主は静かに笑った。
「高橋さんが家族で引っ越してくるまで、少し余裕を持たせようと思ってな。
悠斗は料理の腕はなかなかいい。今日の仕込みも手伝ってくれた」
悠斗が俺の前に出したのは——
新作の茄子の煮びたしと鶏のつくね串。
茄子は出汁が染みてトロトロ、かつお節がふわりとかかっている。
つくね串は外はカリッ、中はふんわりと柔らかく、甘辛いたれがよく絡んでいた。
「……おい、これうまいぞ」
俺が率直に言うと、悠斗の顔が少し明るくなった。
「ありがとうございます。まだ親父の味には程遠いですが……」
島田さんが熱燗を飲みながら笑った。
「悠斗は真面目すぎるんだよ。
最初は俺の前でも固くなってたが、だんだん慣れてくる」
その夜、悠斗は厨房とカウンターを行き来しながら、時々俺たちの会話に加わってきた。
レストラン時代に失敗した話、親父に「もっと心を込めろ」と言われた話。
少しぎこちないが、誠実なところが好感が持てた。
十時半過ぎ、俺は会計を済ませながら悠斗に声をかけた。
「若造。
親父の味をちゃんと盗めよ。
俺みたいな頑固親父が毎日来る店なんだ」
悠斗は真剣な顔で頷いた。
「はい……頑張ります」
店を出ると、路地の夜風が冷たかった。
でも背中に、店内の二つの灯り——浩一親父と悠斗の姿——が残っている気がした。
やまびこは、静かに、でも確かに、人が増え始めていた。
――続く




