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やまびこカウンター  作者: オオムラサキ


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16/20

第十六夜 中村啓太の視点 ~二度目のやまびこ~

二日目。

 俺、中村啓太は、昨日の味が忘れられなくて、再び路地を歩いていた。

 昨日は「まあ一回だけ」と自分に言い聞かせていたのに、仕事が終わると自然と足がここに向かっていた。

 九時七分。

 昨日と同じように扉を開けると、カウンターの灯りが柔らかく俺を迎えた。

「いらっしゃい、中村さん」

 店主の佐藤さんが、すでに俺の顔を覚えていてくれた。

 左端の島田さんが、ビールの中瓶を傾けながら小さく手を上げた。

「おう、来たか。新入り」

 俺は昨日と同じ端っこの席に座り、コートを脱いだ。

 なぜか肩の力が、昨日より少しだけ抜けやすい。

「今日は……おすすめを」

 店主は頷き、静かに動き始めた。

 最初に出てきたのは、鯛のあら煮。

 黄金色の煮汁がたっぷり染み、身がほろほろと崩れそうなほど柔らかい。生姜の香りがふわりと立ち上る。

 一口食べた瞬間、昨日の里芋と同じ「優しさ」が舌に広がった。

「……これ、すごいですね」

 続いて出されたのは鶏皮の焼き鳥と大根の煮物。

 鶏皮はパリパリで脂がジュワッと溢れ、大根は出汁を吸いきってトロトロ。

 熱燗を一口飲むと、全部が綺麗に繋がって、胃の奥まで温かくなる。

 島田さんが横から声をかけてきた。

「中村くん、昨日より顔が少し明るいぞ。仕事、どうだ?」

 俺は熱燗を傾けながら、ぽつぽつと話した。

 新しい職場での人間関係の難しさ、コードのバグに四苦八苦していること、夜中に一人でコンビニ弁当を食べていること。

 島田さんはただ「ふむふむ」と聞き、店主は時々相槌を打つだけ。

 それが、妙に心地よかった。

 三杯目の熱燗の頃、店主が新しく出してくれたのは——

 イカの塩辛(二日目)と明太子チーズ焼きの小皿。

 塩辛の肝の濃厚さと、チーズのまろやかな辛さが交互に来て、酒が進む。

 美咲さん(昨日話に聞いたOLさん)が来て、俺に軽く会釈してくれたのも、少し嬉しかった。

 十時四十分。

 俺は会計を済ませながら、店主に言った。

「店長……ここ、毎日来てもいいですか?」

 店主は静かに微笑んだ。

「いつでも待ってるよ。中村さん」

 島田さんが笑いながら追加した。

「カウンターの右端、俺の隣は空いてるぞ。毎日埋めてくれ」

 路地に出ると、冷たい風が頰を刺した。

 でも昨日より、胸の奥が確実に温かい。

 俺はポケットに手を突っ込んで、独り言を呟いた。

「……ここに来ると、俺は『一人』じゃなくなるみたいだ」

 明日も、絶対に来よう。

 そう決めて、俺は夜の路地を歩き始めた。

――続く

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