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第九十九話 胃が、痛い(またかよ)

黒字化目前だった病院に、物価高と輸送費高騰の直撃。


経営危機を乗り切るため、富裕層向けの新病棟計画が始まります。


そんな重大な会議で、王妃様がどうしても譲れなかったもの。


それは、お風呂と。


人間の尊厳を守る、詰まらないトイレでした。




えぇ。今日の定例会議を、始めます。


「恒例の、最高幹部会ね」


ヴァロワ「……えぇ。では」


「現在。わが病院の運営は、非常に苦しい状況にあるのは。知っての通りです」


「え? 黒字化のめど付いたって、前に言ってたじゃない?? なんで? なにがあったの?」


「あぁ。報告書、お渡ししたはずですが。読んでないのですか?」


「え!? あぁ、そういえば……。いいや、忙しくて、その。軽く流す程度で、細かくは……」


「はぁ……。まぁ、いいです」


ヴァロワは、ため息をついた。


「小麦の値段が跳ね上がり。それに乗じて他の食料や薬品や機材が、急速に値上がりしていることについては。知ってらっしゃいますよね?」


「それは知ってる。パンがなければ……ってなんでもない」


「パン? まぁ確かに不足していますね、困ったものです」


危ない。今わたし、とんでもないこと口走りそうになった。即ギロチン自爆するところだった。


「ただ。そこまではなんとか、医療費の引き上げなどで調整していたのですが。ここにきて、輸送費が跳ね上がりまして」


「輸送費?」


「はい。出張所の運営が、非常に困難な状況に陥っています。あの騒動以降、多数の要望に応えようと、出張所の設置を急いだのもタイミングが悪く。本部の運営にまで、悪影響を与え始めました」


「なんで急に、輸送費がそんなに跳ね上がったのさ?」


「こちらも予想外でしたが。新しい財務長官の政策で。道路工事をする際は、労働者に賃金を支払わなければならない、という法律が施行されたからです」


「ん? 工事やったら、賃金払うの当たり前じゃない? わたしなんて、毎日請求書送られてきて、泣きそうなのに」


「まぁ、その通りなのですが。今までが異常だったといいますか。領主権限で、税金代わりにただで労働を命じることが、許されていたんです」


「うわぁ。まじですか。いやさすがに、それはないわぁ」


「ごもっともです。ただ、それが悪い形で。うちの運営に影響が出てきてしまったのです」


「んんん? なんで道路工事と、うちの経営に影響が?」


「知っての通り。うちは複数の出張所を運営しており。本部から様々な人員及び資材を送っていますが。道路工事で賃金を払わされる領主が、腹いせに道路使用料を請求してきたんです。おかげで、流通費が激増して。あちこちで……。困ったものです」


「やばいじゃない!! このままじゃ、つぶれちゃう! ギロチンはいやぁぁ! 王家って、自己破産できるんだっけ?」


「ギロチン? 自己破産??? ……ごほん」


* * *


ヴァロワは、咳払いをして。仕切り直した。


「そこで。かねてより検討していた。新病棟建設計画を、提案させていただきたいと思います」


「え。赤字だって言ってんのに。どこにそんな金あるの?」


「大丈夫。王妃様の名前は、無限の金づる……信用がありますので。問題ありません」


「ちょっ。今、何言った? これ以上、借金増やして大丈夫なの?」


「借金ではなく。これは投資です」


投資。


その二文字で。わたしの胃が、また、きりきり言い出した。


「新棟では。貴族を中心に、富裕層のみをターゲットに考えております。現在でも一部貴族の受け入れはしていますが。一般病棟に貴族が出入りするのは、トラブルの原因となっているため。思い切って分けることで。単価を引き上げ、利益率を改善します」


「ふーん」


「また、同病棟には。薬剤管理や設備管理に関する研究などを行う部門を、新たに設け。病院の管理運営の効率化を図る予定です」


「ふーん。大丈夫? 本当に大丈夫? もし失敗して、わたしに責任取らされたら。化けて出るからね?」


「その点は問題ありません。専門家の意見や貴族の要望などをまとめた結果。これが最善であると結論づけ。多くの賛同者を得ております」


「ふーん……」


「特に異論がなければ。この方向で進めますが。皆さんの要望などがあれば、今のうちにお聞きします」


するとクレールが。


「子供の面倒見てくれるところが、欲しいなぁ。うちの子まだ小さくて、困ってんのよ」


「うーん。お気持ちはわかりますが。クレールさん一人のために、そのような施設を作るのは、難しいですね」


「まぁ、そうよねぇ。言ってみただけだから、気にしないで」


「ほかに何かありますか?」


シャルティエ「薬の保管庫が古くなって、雨漏りしているので。大事な薬を安全に保管できるところが欲しいですね」


「たしかに。薬の保管などに関しても。新たに発足する管理研究チームに任せますので。詳しくはそちらの担当者と、話し合ってください」


「ほかに意見は、ありますか?」


* * *


「はい、はい、はーーーい」


「……」


「はい、はーーーい」


ヴァロワは。眼鏡をかけ直し。露骨に嫌な顔をしつつ。


「えー。なんでしょうか?」


「病院に、お風呂は必須です」


指を、びしっと突き出して。言い放った。


ヴァロワ「却下です。ほかに質問や意見のある方、いますか?」


「ちょっと! 理由も聞かないで、いきなり却下はないんじゃないの!!」


「理由を聞くだけ。時間の無駄です」


「ひどっ!! ちょっとみんな、どう思う?」


と。他のメンバーを見渡すと。


一斉に。シャルティエ、ロジエ、クレールが、目をそらした。


そして。なぜか、当然のようにいるドブレが。何が面白いのか、ニヤニヤしながら何かメモを取っている。


くそ。この裏切り者の、薄情者どもがぁぁ。


と、怒りをあらわにすると。困り切った表情で、ロジエが。


「えぇ。お風呂のような不衛生なものは、病院に作れませんが。洗い場程度なら、井戸の横に設置しています。実際、洗濯など洗い物があれば。そちらをご利用されてはいかがかと……」


風呂がいいのよ、風呂が!!


わたしは食器や洗濯ものじゃない。くそぉぉぉ。


ヴァロワ「では、意見もないようなので。これで会議は……」


「はい、はーーーい」


露骨に「お前は黙ってろ」と顔に書いてるヴァロワが。


「今度は、何でしょうか? 王妃様」


「風呂は、あきらめる」


「賢明です」


「でも。人間の尊厳については、譲れない」


「尊厳?」


「管理研究施設作るって言ったわよね。だったら、人間の尊厳についても、研究してくれるのよね?」


みな、頭に?マークを浮かべていたが。


しばし考えた後。あぁ、という顔をして。シャルティエが。


「もしかして、王妃様の大好きな。トイレのことですか?」


「そうよ。それ以外に何があるってのよ。あのトイレは素晴らしいけど、よく詰まるの。あれって確か、研究中の試作品だったよね。だったら、完成品を作る研究も、やるんだよね?」


ヴァロワ「その予定は、ありません」


むかっ!!


「ちょっと。この病院、わたしの金(借金)で作ってんだよね。だったら、わたしのわがまま……意見も、聞くべきじゃないかな?」


ヴァロワ「はぁ。まぁ、どうしてもというなら。やりますが。じゃぁ、金を貸してくれそうな商人を何人か見繕っておくので。ご自分で交渉してください。わたしは、お金を準備してくれさえすれば。手配くらいは、しますよ」


「うぐぐぐぅぅ。いいわよもう!! あんたたちには頼らない。自分で改造してやる。シャルティエ、図面どこ?」


そう言うと。シャルティエが驚いたように、理事長室から飛び出していき。


しばらくすると。分厚いファイルを持ってきて。机の上に、ドンと置いた。


「え……こんなに分厚いの!?」


「はい。これ全てがトイレというわけではありませんが。施設の関連図面一式です。この中に入ってますので、ご自由に閲覧ください」


うっ……なにこれ。さっぱり見方がわからない。


と、あせりつつ。周りを見ると。ヴァロワが「読めるものなら読んでみろ」と言いたげな顔をし。シャルティエが心配そうに覗き込んできた。


「こ、これね。なるほどなるほど……」


ヴァロワ「上下逆です」


「うっさいわね! いろんな角度でチェックしてたのよ! もういい、帰る!」


と言って。図面を持って。理事長室を、飛び出した。

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