第九十六話 「で?」しか言ってない
王妃様、悪徳司祭と直接対決。
税の減免。施し。帳簿の開示。これまでの取り立ての返還。
次々と譲歩を引き出した、王妃の恐るべき言葉とは――。
「で?」
なお本人は、次に何を言うか忘れていただけです。
「よ、ようこそ、おいでくださいました、王妃様……!」
門前の司祭は。声を、裏返らせていた。
数日前。貴賓室でにこにこ笑っていた、あの余裕は。みじんも、ない。
数千人の村人と。その先頭に立つ王妃。この光景の意味が。この男には、痛いほど。わかっているのだ。
わたしは。こほん、と、咳ばらいをした。
さあ。言ってやる。この数日の、恨みつらみを。全部。
「あのねぇ、司祭さん。わたし、あなたに。言いたいことが、山ほどあるの」
「は、はいっ」
「まず。わたしの名前を、勝手に使ったでしょう。『王妃様の病院のため』とか言って。あれ、わたし、一言も、頼んでないんだけど」
「も、申し訳ございません! 出過ぎた真似を!」
「それで、あなたのせいで。わたし、こんな辺鄙なところまで。三回も、馬車で来るはめになって。おかげで、胃が――」
「ぜ、税を!」
司祭が、いきなり、叫んだ。
「え?」
「税を、引き下げます! 村への課税を、二割! 二割、下げさせていただきます! ですから、どうか、お怒りを――!」
……は?
いや。わたし、税の話、してないんだけど。
胃の話、してたんだけど。
突然の申し出に、頭がついていかなくて。わたしは、ぽかんとした。
そして。混乱まぎれに、つい。こう、言ってしまった。
「……で?」
* * *
それは、本当に。ただの。「で、何の話?」の。「で?」だった。
なのに。
司祭の顔が、さあっと。青くなった。
「よ、四割! いえ、五割! 課税を、半分に! 半分に、いたします!」
……え。
なんで。なんで、勝手に。上がってくの。
わたし、まだ。何も、言ってないのに。
背後の群衆が、どよめいた。「五割だと」「税が、半分に」。
感嘆と、興奮の、ざわめき。
その圧に。司祭は、ますます。追い詰められた顔に、なる。
わたしは、わたしで。状況がのみこめないまま。ただただ、目が点に、なっていた。
え。これ、どういうこと。わたし、何か、すごいこと言った?
「で?」しか、言ってないよね?
わからない。わからないから、とりあえず。もう一回、言ってみた。
「……で?」
「ほ、施しを! 貧しき者への、施しを、いたします! 年に、二回! 教会の蓄えを、放出して、炊き出しを!」
うおおお、と。群衆が、沸いた。
……いや、ちょっと待って。
なんか、わたしが「で?」って言うたびに。この人、勝手に。どんどん、条件を、上乗せしてない?
まるで。わたしが、「そんなもんじゃ足りない、もっと出せ」って。凄んでるみたいに。
ちがうのに。わたし、ほんとに。「で?(次、何の話だっけ)」って、言ってるだけなのに。
* * *
……あ。
なるほど。読めた。
たぶん、この司祭。背後の数千人に、ビビり散らかしてるんだ。
この群衆が暴れだしたら。教会なんて、一瞬で、燃やされる。
だから、なんとか。わたしの機嫌を取ろうと。必死で、譲歩を、積み増している。
そして。わたしの「で?」を。「まだだ、まだ足りぬ」っていう。王妃の、無言の圧力だと。勝手に、解釈している。
……ふうん。
なるほど、ね。
正直。何が起きてるのか、半分も、理解できてない。
でも、一つだけ。わかったことが、ある。
ここで「で?」って言えば。言うほど。
この村の人たちが、楽になる。
それって。悪くない、どころか。かなり、いいことなんじゃ、ない?
わたしは、すう、と。息を吸った。
そして。できるだけ、冷ややかに。傲慢に、聞こえるように。
「……で?」
言ってやった。
「ま、毎週! 炊き出しを、毎週、いたします! それから、これまで取り立てた分の、一部を。村に、返還いたします!」
「で?」
「た、蓄えの帳簿を、すべて、開示します! 今後の徴収は、王妃様の出張所の。監督の下で――!」
「で?」
もう、こうなると。ゲーム、だった。
わたしが「で?」と言う。司祭が、悲鳴みたいに、譲歩を吐き出す。群衆が、沸く。
わたしが、また「で?」と言う。
三文字。
たった、三文字の呪文で。悪徳教会が、丸裸に。剥かれていく。
こんなに、コスパのいい魔法。聞いたことがない。
* * *
やがて。
もう、差し出せるものが。尽きたのだろう。
司祭は、がくり、と。膝から、崩れ落ちた。
そして。数千人が見守る中。地面に、額を、こすりつけた。
「も、申し訳、ございませんでしたぁ……! どうか、どうか、命ばかりは……! 教皇庁にも、ありのままを、報告いたします! 二度と、王妃様の御名を、汚すような真似は……!」
土下座、である。
見事な。完璧な、土下座、だった。
あのゴージャスな教会の門前で。あの肥え太った司祭が。泥に、額を、つけている。
うおおおおお、と。
地を揺るがすような、大歓声が、上がった。
「王妃様ーっ!」
「王妃様、万歳!」
「おれたちの、救い主だ!」
……あの。
救い主とか、言われても。
わたし、ほんとに。「で?」しか、言ってないんですけど。
* * *
そのとき。すっと、隣に。ヴァロワが、寄ってきた。
そして。いつもの、涼しい顔で。こう、ささやいた。
「見事なご采配で。今の教会の申し出。すべて、書面に残します。証人も、この通り、数千人。もう、言い逃れは、できません」
「……え。あ、うん」
「王妃様が、あえて多くを語らず。『で?』の一言で、相手を追い詰めていく手腕。恐れ入りました」
やめて。
その、買いかぶり。やめて。
わたし、ほんとに。何も、考えてなかったの。
ただ、次に何の文句を言おうか、思い出せなくて。「で?」で、間を、つないでただけなの。
そう、言いたかったけど。
数千人の、きらきらした尊敬のまなざしと。ヴァロワの、涼しい微笑みの前で。
わたしは、けっきょく。何も、言えずに。
ただ。王妃らしく、つん、と。あごを上げて、みせるのだった。
……ちなみに、このとき。
わたしが一番、気になっていたのは。
税でも。施しでも。村人の未来でも、なくて。
「結局、ゲロの件、謝ってもらえなかったな」
という。それだけ、だったのである。




