第九十四話 悪いのは、あいつです
悪いのは、わたしじゃない。あいつです。
必死の責任転嫁は、なぜか村人たちの心をつかみ。
気づけば王妃の背後に、鍬を持った大行列ができていました。
鍬を持った村人たちが。じりじりと、詰め寄ってくる。
何百対もの、憎しみのこもった目。ぎらつく刃。ぬかるんだ広場に、荒い息だけが、満ちていく。
わたしは。完全に、パニックに、なっていた。
やばい。これは、やばい。囲まれてる。逃げ場、ない。
ヴァロワと、クレールが横にいるけど。この人数を相手に、どうにかできる数じゃない。
もし。この鍬が、いっせいに振り下ろされたら。
ギロチンを待つまでもなく。わたしの人生、ここで。ぷっつり、終了、である。
こわい。死にたくない。
そう思った瞬間。わたしの口は、頭より先に。勝手に、動いていた。
「ち、ちがう! ちがうの! わたしじゃない!」
みっともない、金切り声だった。
でも、止まらなかった。恐怖に押し出されるみたいに。言葉が、ぼろぼろ、こぼれ出てくる。
「わたし、寄進しろなんて、一言も言ってない! 村から金を搾り取れなんて、命令してない! むしろ逆! わたしは、病院を建てにきたの! あなたたちの病気を、診るために!」
「なのに、なのに――!」
一度あふれたら。もう、止められなかった。
だって、本当に。頭にきていたのだ。この数日、ずっと。
ゲロを吐いて。胃を痛めて。三度も地獄の馬車に乗って。それもこれも全部。あの、にこにこ笑う太った司祭が。わたしの名前を勝手に使って。こんな騒ぎを起こしたせいで。
「ぜんぶ、あの教会よ! あの司祭が、わたしの名前を、勝手に、勝手に使ったの! 『王妃様の病院のため』って。それらしいこと言って。あなたたちから搾り取って。自分はぬくぬく肥え太って!」
「わたしは、そんなこと、頼んでない! わたしだって、被害者なの!!」
はあ、はあ、と。
言い切って。わたしは、肩で、息をした。
……あ。
しまった。
つい、本音を、ぶちまけてしまった。
王妃としての体面も、へったくれもない。ただの、逆ギレ、である。
* * *
と、思って。恐る恐る、村人たちのほうを見て。
わたしは、ぎょっとした。
村人たちが。ぽかんと、口を開けて。わたしを、見ていた。
さっきまでの、ぎらぎらした憎しみが。すうっと、引いていく。
代わりに。その顔に浮かんでいたのは。
戸惑いと。それから、じわじわと広がる。別の、色。
「……王妃様は。おれたちから、搾り取れと。言ってねえのか」
最前列の、痩せた中年の男が。かすれた声で、言った。
「言ってないわよ! 当たり前でしょ! なんでわたしが、自分の病院に来る客を、飢えさせなきゃいけないの! そんなの、商売あがったりじゃない!」
我ながら。身も蓋もない理屈だった。慈悲でも、正義でもない。
ただの、経営者目線、である。
でも。
その、身も蓋もなさが。逆に、村人たちには。効いたらしい。
「……本当だ。王妃様が、おれたちを飢えさせて。なんの得がある」
「病院を、建てにきたって……。じゃあ、あの寄進の話は……」
「教会が、勝手に……?」
ざわ、ざわ、と。
さざ波みたいに。その気づきが。群衆の中に、広がっていく。
矛先が、変わっていく。
わたしに向いていた、何百もの憎しみが。ゆっくりと、向きを変えて。
村の真ん中に、でんとそびえる。あの、ぴかぴかの教会のほうへ。集まっていく。
「教会だ」
「あいつらが、王妃様の名を、騙りやがった」
「おれたちを、搾り取っておいて。王妃様に、罪をなすりつけて……!」
うわ。
なんか、すごい勢いで。話が、転がっていく。
* * *
……いや、待って。これ、いい流れじゃない?
わたしのパニック逆ギレが、なぜか。村人たちを、納得させてしまった。
しかも。恨みの矛先が、まるっと、教会に向いた。
わたしは無実。教会が、真犯人。
うん。そのとおり。事実だし。
これはこれで、悪くない。むしろ、上出来、かもしれない。
このまま、村人が教会に怒りを向けてくれれば。わたしは、ただの気の毒な被害者王妃として。無傷で、王宮に、帰れる。
よし。あとは、この場を、うまいこと収めて――
と。思っていたのに。
わたしの中の、逆恨みが。
このタイミングで、ぐつぐつと。再沸騰を、始めてしまった。
だって、そうでしょう。
冷静に考えれば考えるほど、腹が立ってくる。
あの司祭。人の名前を勝手に使って。村人を苦しめて。こっちには三度もゲロを吐かせて。
ここまでコケにされて。はい被害者でしたー、で。すごすご帰れるほど。わたしは、人間が、できていない。
一言。
一言だけでも。あの、にやけた顔に。文句を言ってやらなきゃ。気がすまない。
「……ゆるさない」
気づいたら、つぶやいていた。
「ちょっと。あの司祭のところ、行ってくるわ。言いたいことが、山ほどあるの」
そう言って。わたしは、ずんずんと。教会のほうへ、歩き出した。
頭の中は。司祭への文句で、いっぱいだった。まずゲロの件を謝らせて。それから名前を勝手に使った件。それから――
と。脳内で、抗議のリストを、組み立てながら。
だから。
わたしは、まったく。気づいていなかった。
自分の背後で。何百人もの村人が。鍬を握りしめたまま。
ぞろぞろと。わたしのあとを、ついてきていることに。
……ん?
なんか、後ろ、うるさくない?
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