第九十三話 囲まれ、ました
村人たちに、囲まれました。
話せばわかる。
そう信じたいところですが、相手は鍬と鎌を持っています。
三度目の馬車は。控えめに言って、地獄だった。
一度目で、親交を結び。二度目で、友情を深めた。道端の草むらと。
わたしは、三度目にして。もはや、家族のような絆を、築いてしまった。
ただいま。おかえり。
そんな会話が。草と、交わせそうなくらい、である。
ちがう。そんな絆、いらない。
「うぷっ……ヴァロワ……あと、どれくらい……」
「もう間もなくです。それより王妃様。到着後の段取りを、今のうちに」
「段取りとか、いいから……。今は、胃のことしか。考えられない……」
隣で。ヴァロワは、涼しい顔を、している。
同じ馬車に乗っているのに。なんでこいつは、平気なの。
理不尽だ。世の中は。酔う者と、酔わぬ者に。残酷に、二分されている。
そんな、みっともない道中を経て。
わたしたちは、ようやく。あの村に、たどり着いた。
* * *
村の手前で、馬車を降りると。
クレールが、待っていた。
先に馬で発った彼女は。もうすっかり、現地の状況を、掌握していた。
土埃で裾を汚しながら。それでも、背筋は、ぴんと伸びている。
ほんの数刻先に着いただけで。この、落ち着きぶり。
やっぱり。ただ者じゃ、ない。
「王妃様。お待ちしておりました。状況を、ご報告します」
「う、うん……。まず、常駐班は?」
「全員、無事です。近くの農家に、かくまってもらっています。怪我人は、いません」
ほっ、とした。それはよかった。
「患者は?」
「動けない方が、三名。占拠のどさくさで、外へ運び出されていました。わたしが診て。応急の手当ては、しました。今は農家の一室で、休ませています。命に、別状はありません」
さらっと、言った。
わたしが診て。手当てを、した。
……いや。
事務方のあなたが、なんで。患者を診て、手当てまで、できるの。
聞きたい。すごく、聞きたい。
でも。今は、それどころじゃない。
その疑問は。頭のメモ帳のすみっこに、小さく、書き留めておく。
「クレール、なんか医療できる。あとで問い詰める」。
* * *
「それで……肝心の、村人たちは?」
わたしが聞くと。クレールの顔が、すっと、曇った。
「出張所を、占拠したまま。動きません。数は、日に日に、増えています。近隣の村からも。噂を聞きつけた者が、集まってきていて」
「な、なんで、増えるのよ」
「皆、限界なんです」
クレールは、静かに、言った。
「もともと。教会の取り立てで、ぎりぎりの暮らしでした。そこへ。『王妃様の病院のため、あらたな寄進を』と。もう、出すものがない。作物も、種籾まで持っていかれた家が、あります。子供に食べさせるものすら――」
言葉が、途切れた。
その先を。クレールは、言わなかった。
言わなくても、わかった。
……うっ。
胸の奥が、ちくりとした。馬車酔いとは、別のところが。
でも。わたしは、慌てて。その痛みに、蓋をした。
だめだめ。同情してる場合じゃない。
今わたしがしなきゃいけないのは。この騒ぎを、さっさと収めて。支持率と、ギロチンを、守ることだ。
かわいそう、で。わたしの首は、繋がらない。
* * *
「とにかく。村人と、話すしかないわね。事情を説明して。これは教会が勝手にやったことで。わたしのせいじゃないって。わかってもらえば――」
そう言いながら。村の広場のほうへ、足を向けた。
そのとき。
わたしは、見た。
出張所の前の広場に。ぎっしりと。
村人が、群れていた。
何百人。いや、もっと、かもしれない。
痩せこけた男も。目のくぼんだ女も。泥だらけの老人も。
手に手に。鍬を、鎌を、棒きれを握って。
そして。その全員の視線が。いっせいに、こっちを向いた。
わたしを、見た。
「……王妃だ」
だれかが、低く、つぶやいた。
「王妃が、来た」
「あの、王妃様の、病院の……」
ざわ、と。空気が、揺れた。
それは。村に入った初日に見た、あの「すがるような目」とは。まるで、別物だった。
すがる、じゃない。
憎い。恨めしい。よくも、おれたちを。
そういう、ぎらぎらした光が。何百対もの目に、宿っていた。
わたしの名前を掲げた出張所の前で。わたしの名前に搾り取られた村人たちが。わたしを、囲んでいる。
――逃げたい。
心の底から、そう思った。
今すぐ回れ右して。ゲロ馬車でもなんでも飛び乗って。王宮まで、一目散に帰りたい。
あんな地獄の道でも。この視線の中に立っているよりは、百倍、まし。
でも。
ヴァロワが、隣にいる。クレールも、いる。かくまわれた常駐班も、患者も、いる。
ここで王妃が逃げ出したら。それこそ、全部、おしまいだ。
わたしは。震える足を、ぐっと、踏ん張った。
そして。乾いた喉から、せいいっぱいの。王妃らしい声を、絞り出した。
「……み、みなさん。落ち着いて。話を、聞いて」
村人たちが。じり、と。詰め寄ってきた。
うわ。聞いてない。ぜんぜん、聞いてない。
わたしの人生で。いちばん。聞いてくれない客層、だった。
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