第九十二話 占拠、されまして
出張所、占拠。
教会が蒔いた火種は、王妃の名前を巻き込んで大炎上。
こうしてマリーは、三度目のゲロ馬車へ乗ることになります。
あれから、数日。
ヴァロワは、有言実行の男だった。
「裏を取る」と言った翌日には。もう村へ、人を走らせて。こまごまと、調べ上げてきた。
仕事が、早い。早すぎて、逆に、こわい。
そして。その調査結果は。
わたしの、最悪の予想を。そっくりそのまま、裏付ける、ものだった。
教会は。村の各戸に、しっかり、通達を出していた。
「王妃様のご威光にお応えするため。あらたな寄進を、捧げよ」と。
「……わたしのご威光。一言も、貸した覚え、ないんだけど」
「ええ。ですが、村人にはそう伝わっています。『王妃様の病院のため』。この一文が。あらゆる取り立ての、免罪符に、なっています」
うわあ。
やってくれたわね、あの司祭。
にこにこ笑いながら。人の名前を、こんなにきれいに。こんなにえげつなく、使うとは。
愛想笑いの鑑定士として。ちょっとだけ、敵ながら、あっぱれと言いたくなる。
言わないけど。
とはいえ。まだ、通達の段階だ。取り立てが本格的に始まる前に。こっちが手を打てば――
と。そこまで考えた、ときだった。
* * *
「王妃様ーっ! 大変ですっ!」
理事長室の扉が。ノックもなしに、勢いよく、開いた。
飛び込んできたのは、泥だらけの、伝令だった。
息を切らして。膝に手をついて。それでも必死に、声を、絞り出す。
「出張所が……! 例の村の、出張所が……! 村人たちに、占拠されました……!」
「……は?」
一瞬。言葉の意味が、わからなかった。
占拠。せんきょ。
うちの、出張所を。村人が。
「ちょ、ちょっと待って。占拠って。あの、立てこもるとか、そういうやつ?」
「はい……! 昨日の夜、村人が数十人。鍬や斧を持って押しかけて。常駐班を、建物から締め出して……。中の薬品も、寝台も。ぜんぶ、人質みたいに……!」
「常駐班は、無事なの!?」
思わず、身を乗り出した。
「な、なんとか外へは逃げましたが。近くの納屋に、身を寄せている状態で……。中には、まだ。動けない、患者も……」
理事長室の空気が。ずしんと、重くなった。
シャルティエが、拳を握る。ロジエが、眉を寄せる。ヴァロワの目が、すっと、細くなる。
みんな。事の重大さを。瞬時に、理解した顔だ。
わたしは、というと。
……頭の中が、まっしろに、なっていた。
* * *
だって。だって、そうでしょう。
わたしは、あの村を。助けにいったのだ。
病院を建てて。医者を送って。痩せた子供の腹を、少しでも膨らませてやろうと。
――いや。正直に言えば。支持率とギロチン回避が九割で。慈善は、一割くらいだったけど。
それでも。恨まれる筋合いなんて。これっぽっちも、ないはずなのに。
なのに。
村人は。鍬を持って。うちの出張所に、押しかけた。
そのとき。ふいに。思い出した。
村に入ったときの。あの、すがるような、目。
この人なら、なんとかしてくれる、という。勝手な、期待の色。
あのとき、わたしは。こわくて、目を逸らした。人の期待が裏切られたときの掌返しを。前世で、さんざん、見てきたから。
来た。
まさに。それが、来た。
期待は、みごとに。恨みへ、裏返った。
そして。その恨みの矛先は。ぜんぶを裏で操っている教会じゃなくて。
看板に名前を書かれた。わたしに。まっすぐ、向いている。
「……ふ、ふざけんじゃないわよ」
気づいたら。声が、震えていた。
怒りで、である。
「わたしがいつ、村人から金をむしれって言った!? わたしがいつ、寄進しろって言った!? 一言も言ってない! ぜんぶ、あの司祭が勝手にやったんでしょ!? なのに、なんで。わたしの出張所が占拠されて。わたしが村人に恨まれなきゃいけないのよ!!」
ぜえぜえと。肩で、息をする。
そう。これは、完全なる、とばっちりだ。もらい事故だ。
わたしは、何も悪くない。悪いのは、ぜんぶ。あの太った司祭。
人の名前を勝手に使って。村人から搾り取って。あげく。恨みだけ、こっちに押しつけて。
許さない。ぜったいに、許さない。
……ただ。頭のすみっこで。もう一人の冷静なわたしが。ぼそっと、こう言った。
(でもさ。その「勝手に使われる名前」を。一番いい条件だからって。ほいほい貸したの、あんたじゃない?)
うるさい。黙ってて。
今は。司祭が悪い、ってことに、しとくの。
* * *
「王妃様」
ヴァロワの、低い声が。わたしの混乱を、ぴしゃりと、止めた。
「これは、もう。噂の段階では、ありません。実力行使が始まった以上。放置すれば、常駐班と患者の身が、危ない。そして――」
「そして?」
「『王妃の病院が、村人を追い詰めて暴動を起こさせた』。そう書かれれば。支持率は、一夜にして、地に落ちます」
ぞっと、した。
支持率。地に落ちる。
それはつまり。まっすぐ。ギロチンへの。片道切符。
「……行くしかない、ってこと?」
「はい。現地へ。それも、一刻も早く」
現地へ。
――あの。ゲロ地獄の、果ての村へ。
三度目の、あの馬車に。
わたしの胃が。聞こえよがしに、きゅうと、鳴いた。
「……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」
半泣きで、そう言うと。
すっと。一人の女性が、前に出た。
クレール、だった。
「王妃様。馬車の支度には、どうしても時間がかかります。わたし、先に、馬で発ちます」
「え……クレールが? 一人で?」
「乗馬は、心得がありますので。先に村へ入って。常駐班の無事を確かめ。患者の容体を見て。村の様子を、探っておきます。王妃様が到着なさるまでに。状況を整理しておけば、動きやすいかと」
淡々と。でも、迷いなく。
その落ち着きっぷりに。わたしは、思わず。目を、ぱちくりさせた。
ロジエの孫娘。しっかり者だとは、思っていたけれど。
こういう修羅場で。真っ先に「患者の容体を見る」と言えるあたり。なんというか。
ただの事務方じゃない気が、する。
「……お願い、できる?」
「お任せください」
クレールは。きゅっと唇を結んで。頷いた。
そうして。彼女が、馬を駆って、村へ先発し。
わたしは、わたしで。
世界一乗りたくない乗り物に。三度目の乗車を、覚悟するのだった。
……あの村で。いったい何が、待っているのか。
このときのわたしに、わかっていたことは。ただ一つ。
これから、また。道端の草むらと。死ぬほど熱い友情を、育むことになる。
それだけ、だった。
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