↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
92/116

第九十二話 占拠、されまして

出張所、占拠。


教会が蒔いた火種は、王妃の名前を巻き込んで大炎上。

こうしてマリーは、三度目のゲロ馬車へ乗ることになります。




あれから、数日。


ヴァロワは、有言実行の男だった。


「裏を取る」と言った翌日には。もう村へ、人を走らせて。こまごまと、調べ上げてきた。


仕事が、早い。早すぎて、逆に、こわい。


そして。その調査結果は。


わたしの、最悪の予想を。そっくりそのまま、裏付ける、ものだった。


教会は。村の各戸に、しっかり、通達を出していた。


「王妃様のご威光にお応えするため。あらたな寄進を、捧げよ」と。


「……わたしのご威光。一言も、貸した覚え、ないんだけど」


「ええ。ですが、村人にはそう伝わっています。『王妃様の病院のため』。この一文が。あらゆる取り立ての、免罪符に、なっています」


うわあ。


やってくれたわね、あの司祭。


にこにこ笑いながら。人の名前を、こんなにきれいに。こんなにえげつなく、使うとは。


愛想笑いの鑑定士として。ちょっとだけ、敵ながら、あっぱれと言いたくなる。


言わないけど。


とはいえ。まだ、通達の段階だ。取り立てが本格的に始まる前に。こっちが手を打てば――


と。そこまで考えた、ときだった。


* * *


「王妃様ーっ! 大変ですっ!」


理事長室の扉が。ノックもなしに、勢いよく、開いた。


飛び込んできたのは、泥だらけの、伝令だった。


息を切らして。膝に手をついて。それでも必死に、声を、絞り出す。


「出張所が……! 例の村の、出張所が……! 村人たちに、占拠されました……!」


「……は?」


一瞬。言葉の意味が、わからなかった。


占拠。せんきょ。


うちの、出張所を。村人が。


「ちょ、ちょっと待って。占拠って。あの、立てこもるとか、そういうやつ?」


「はい……! 昨日の夜、村人が数十人。鍬や斧を持って押しかけて。常駐班を、建物から締め出して……。中の薬品も、寝台も。ぜんぶ、人質みたいに……!」


「常駐班は、無事なの!?」


思わず、身を乗り出した。


「な、なんとか外へは逃げましたが。近くの納屋に、身を寄せている状態で……。中には、まだ。動けない、患者も……」


理事長室の空気が。ずしんと、重くなった。


シャルティエが、拳を握る。ロジエが、眉を寄せる。ヴァロワの目が、すっと、細くなる。


みんな。事の重大さを。瞬時に、理解した顔だ。


わたしは、というと。


……頭の中が、まっしろに、なっていた。


* * *


だって。だって、そうでしょう。


わたしは、あの村を。助けにいったのだ。


病院を建てて。医者を送って。痩せた子供の腹を、少しでも膨らませてやろうと。


――いや。正直に言えば。支持率とギロチン回避が九割で。慈善は、一割くらいだったけど。


それでも。恨まれる筋合いなんて。これっぽっちも、ないはずなのに。


なのに。


村人は。鍬を持って。うちの出張所に、押しかけた。


そのとき。ふいに。思い出した。


村に入ったときの。あの、すがるような、目。


この人なら、なんとかしてくれる、という。勝手な、期待の色。


あのとき、わたしは。こわくて、目を逸らした。人の期待が裏切られたときの掌返しを。前世で、さんざん、見てきたから。


来た。


まさに。それが、来た。


期待は、みごとに。恨みへ、裏返った。


そして。その恨みの矛先は。ぜんぶを裏で操っている教会じゃなくて。


看板に名前を書かれた。わたしに。まっすぐ、向いている。


「……ふ、ふざけんじゃないわよ」


気づいたら。声が、震えていた。


怒りで、である。


「わたしがいつ、村人から金をむしれって言った!? わたしがいつ、寄進しろって言った!? 一言も言ってない! ぜんぶ、あの司祭が勝手にやったんでしょ!? なのに、なんで。わたしの出張所が占拠されて。わたしが村人に恨まれなきゃいけないのよ!!」


ぜえぜえと。肩で、息をする。


そう。これは、完全なる、とばっちりだ。もらい事故だ。


わたしは、何も悪くない。悪いのは、ぜんぶ。あの太った司祭。


人の名前を勝手に使って。村人から搾り取って。あげく。恨みだけ、こっちに押しつけて。


許さない。ぜったいに、許さない。


……ただ。頭のすみっこで。もう一人の冷静なわたしが。ぼそっと、こう言った。


(でもさ。その「勝手に使われる名前」を。一番いい条件だからって。ほいほい貸したの、あんたじゃない?)


うるさい。黙ってて。


今は。司祭が悪い、ってことに、しとくの。


* * *


「王妃様」


ヴァロワの、低い声が。わたしの混乱を、ぴしゃりと、止めた。


「これは、もう。噂の段階では、ありません。実力行使が始まった以上。放置すれば、常駐班と患者の身が、危ない。そして――」


「そして?」


「『王妃の病院が、村人を追い詰めて暴動を起こさせた』。そう書かれれば。支持率は、一夜にして、地に落ちます」


ぞっと、した。


支持率。地に落ちる。


それはつまり。まっすぐ。ギロチンへの。片道切符。


「……行くしかない、ってこと?」


「はい。現地へ。それも、一刻も早く」


現地へ。


――あの。ゲロ地獄の、果ての村へ。


三度目の、あの馬車に。


わたしの胃が。聞こえよがしに、きゅうと、鳴いた。


「……わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば」


半泣きで、そう言うと。


すっと。一人の女性が、前に出た。


クレール、だった。


「王妃様。馬車の支度には、どうしても時間がかかります。わたし、先に、馬で発ちます」


「え……クレールが? 一人で?」


「乗馬は、心得がありますので。先に村へ入って。常駐班の無事を確かめ。患者の容体を見て。村の様子を、探っておきます。王妃様が到着なさるまでに。状況を整理しておけば、動きやすいかと」


淡々と。でも、迷いなく。


その落ち着きっぷりに。わたしは、思わず。目を、ぱちくりさせた。


ロジエの孫娘。しっかり者だとは、思っていたけれど。


こういう修羅場で。真っ先に「患者の容体を見る」と言えるあたり。なんというか。


ただの事務方じゃない気が、する。


「……お願い、できる?」


「お任せください」


クレールは。きゅっと唇を結んで。頷いた。


そうして。彼女が、馬を駆って、村へ先発し。


わたしは、わたしで。


世界一乗りたくない乗り物に。三度目の乗車を、覚悟するのだった。


……あの村で。いったい何が、待っているのか。


このときのわたしに、わかっていたことは。ただ一つ。


これから、また。道端の草むらと。死ぬほど熱い友情を、育むことになる。


それだけ、だった。

お読みいただきありがとうございました。


本作は毎日19時40分ごろ更新予定です。

続きが気になる方は、ブックマークやページ下部の星評価で応援していただけると、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。