第八十六話 二号店(出張所です)
二号出張所の候補地選び。
一番近くて、一番お金を出してくれる場所。
それが一番安全とは、限りません。
さて。
今日は、いつもの。最高幹部会議、である。
メンバーは、少し、増えた。
いつもの面々に、クレール。それから、財務局から出向してきた、各セクションの、リーダーたち。
とはいえ、結局のところ。仕切っているのは、ヴァロワだ。ロジエと、シャルティエが、それを支える。
この構図は、変わらない。あとから来た連中に、くれてやる椅子なんて、うちには、ない。
「では、定例会議を、始めます」
「最高幹部会、ね」
ヴァロワに、ぎろっと、睨まれた。
……はい。すみません。
「今日の議題は。二号出張所の、候補地について、です」
「え。一号店、こないだオープンしたばっかりじゃない。もう、二号店、出すの?」
「店では、ないんですが……。まあ、いいです」
いちいち訂正するのも、面倒になったらしく。ヴァロワは、流して、続けた。
「一号出張所は、いわば、ショールームです」
「しょーるーむ」
「王家直轄地に建て。運営費も、実質、政府の金で、賄っています。あれは、『うちの病院は、これだけのことが、できる』と。世間に見せるための、見本の、ようなもの、です」
「ふんふん。で?」
「問題は、二号から、です」
ヴァロワの声が、少しだけ、硬くなった。
「地方に、本格的に広げるとなれば。王家の金だけでは、とても、足りません。そこで――地方の出張所は。土地も、建物も、運営費も。受け入れ先の、領主や教会に、出してもらう。こちらは、医師と薬を送り。医療、そのものを、提供する。そういう、取り決めに、なります」
つまり。
一号店は、自前の、見本市。
二号店からは。向こうが、金と場所を出して。こっちが、看板と中身を出す、と。
なるほど、わかりやすい。わかりやすい話は、好きだ。
向こうが、土地も建物も金も、出してくれて。こっちは、医者と薬を、送るだけ。
なんて、楽な商売だろう、と。わたしは、思った。
向こうの敷地で、向こうの金で、動く。それが、いざというとき、どういう立場になるのか。
そこまでは。考えても、みなかったけれど。
「幸い。一号出張所の評判が、よく。あちこちから、『うちの領地にも、作ってくれ』と、声が来ております。その中から。二号店の候補を、三つに、絞りました」
そう言って。ヴァロワは、三つの候補地を、並べた。
* * *
一つ目。
評判のいい領主。肥沃な土地。栄えた町。アクセスもよく、出資もたっぷり。ただし、すでに病院があるので、緊急性は、低い。
要は、見栄えのいい看板が、欲しいだけ。
二つ目。
これも、評判のいい領主。けれど、裕福でない土地で。病院もなく、医療を、切実に求めている。ただし出資は少なく、採算は怪しい。おまけに、アクセスが、悪い。
三つ目。
教会。
「かなり領民から、搾取しているようで。領民との、対立も、見られます」
――ヴァロワが、そこだけ、ほんの少し。言い方を、選んだ。
土地も貧しく。病院も、ない。けれど教会からは、目を疑うような、破格の援助。
しかも、近い。
「王妃様なら。どこに、出しますか」
* * *
うーん。そうねぇ。
ここはやっぱり。本当に困っている人を、助けるのが。筋、でしょう。
「医療を求めてるところが、いいわよね。二つ目の、貧しい村に、しましょ」
我ながら、なんと、慈悲深い、王妃か。
貧しい村に、病院を建ててあげれば。村人は、泣いて喜び。噂は国中に広まって。支持率は、うなぎ登り。
そうなれば。ギロチンは、また一歩、遠のく。
困った人を助けて。自分の首も、守れる。
完璧。
「ただ――運営が、うまくいかなかった場合。新たに、借金を、増やすことに、なりますが。よろしいですか」
「却下! 二つ目は、問題外ね!」
借金。
その二文字で。わたしの、慈悲深い、王妃ごっこは。音を立てて、崩れ去った。
慈悲も、支持率も。ぜんぶ、胃が無事であってこその、話なのだ。
これ以上、借金が増えたら。わたしの胃が。内側から穴を開けて、自決する。
「では……消去法で。最後の、教会で――」
「あ、ちょっと、待って」
わたしは。候補の紙に、もう一度、目を落とした。
領民から、搾取。
領民との、対立。
……なんか。
嫌な感じの言葉が、並んでるわね。
「ねぇ、ヴァロワ。この教会、領民から搾取してるって、あるけど。ややこしいのに、巻き込まれたり、しない?」
おっ。
今のわたし、ちょっと、賢くない?
ちゃんと、危ない橋を、見抜いてるじゃない。さすが現代人。リスク管理は、得意分野なのだ。
「もっともな、ご懸念です」
ヴァロワは、眼鏡を、かけ直した。
「少々。不安が、ないとは、言いません」
……今。
この男、たしかに。そう、言った。
何でも淡々と、言い切る、ヴァロワが。わざわざ、「不安」という単語を。口に、出した。
もう少し、まともな王妃なら。ここで、立ち止まったかも、しれない。
有能な部下が、「不安」と言うときは。だいたい、本当に、不安なもの、だ。
でも。
「ですが。王妃の名を冠した病院に。わざわざ妙な手出しをするほど、馬鹿な領主も、いないでしょう。もっとも援助が多く。長期運営も、見込める。この教会が、最善かと」
「援助が、もっとも多い」
「近い」
この二つの、輝きの前で。
わたしの「不安」は。あっさり、溶けて、消えた。
だって。近いのよ。近いってことは、行くのも帰るのも、楽ってことよ。遠出なんて、面倒なこと。できるだけ、短く済ませたいに、決まってる。
そのうえ。一番たくさん、金をくれる。
借金王妃にとって。これ以上の好条件が、あるだろうか。
いや、ない。
「ま、ヴァロワがそう言うなら、大丈夫でしょ。一番おいしいとこに、決まりね!」
「……承知、しました」
ヴァロワが、一瞬。何か言いたげに、口を開きかけて――やめた。
その「やめた」に、気づけるほど。このときのわたしは、賢く、なかった。
* * *
こうして、全会一致で。
我らが二号出張所は。よりにもよって。あの胡散臭い、悪徳教会の領地に。出されることに、なったのである。
「いやー。いい仕事したわー。条件最高じゃない。我ながら、商売上手に、なったものね」
ほくほく顔で。わたしは、紅茶を、すすった。
一番、金をくれて。一番、近い。文句の、つけようがない。
しかも。考えてみれば、これは。現地視察を兼ねた、ひさしぶりの、遠出、である。
息の詰まる王宮や。ごみごみした都を、離れて。のどかな田舎へ。
なんだ。ちょっとした、旅行みたいなもの、じゃない。
そう思ったら。急に、うきうき、してきた。
そう。このときのわたしは。
優雅な田舎の小旅行を。本気で、楽しみに、していたのである。
その「のどかな田舎」へ続く道が。どんな代物なのか。
これから、自分の胃に。何が起きるのか。
そんなことは。これっぽっちも。知らないままに。




