表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/88

第八十六話 二号店(出張所です)

二号出張所の候補地選び。


一番近くて、一番お金を出してくれる場所。

それが一番安全とは、限りません。



さて。


今日は、いつもの。最高幹部会議、である。


メンバーは、少し、増えた。


いつもの面々に、クレール。それから、財務局から出向してきた、各セクションの、リーダーたち。


とはいえ、結局のところ。仕切っているのは、ヴァロワだ。ロジエと、シャルティエが、それを支える。


この構図は、変わらない。あとから来た連中に、くれてやる椅子なんて、うちには、ない。


「では、定例会議を、始めます」


「最高幹部会、ね」


ヴァロワに、ぎろっと、睨まれた。


……はい。すみません。


「今日の議題は。二号出張所の、候補地について、です」


「え。一号店、こないだオープンしたばっかりじゃない。もう、二号店、出すの?」


「店では、ないんですが……。まあ、いいです」


いちいち訂正するのも、面倒になったらしく。ヴァロワは、流して、続けた。


「一号出張所は、いわば、ショールームです」


「しょーるーむ」


「王家直轄地に建て。運営費も、実質、政府の金で、賄っています。あれは、『うちの病院は、これだけのことが、できる』と。世間に見せるための、見本の、ようなもの、です」


「ふんふん。で?」


「問題は、二号から、です」


ヴァロワの声が、少しだけ、硬くなった。


「地方に、本格的に広げるとなれば。王家の金だけでは、とても、足りません。そこで――地方の出張所は。土地も、建物も、運営費も。受け入れ先の、領主や教会に、出してもらう。こちらは、医師と薬を送り。医療、そのものを、提供する。そういう、取り決めに、なります」


つまり。


一号店は、自前の、見本市。


二号店からは。向こうが、金と場所を出して。こっちが、看板と中身を出す、と。


なるほど、わかりやすい。わかりやすい話は、好きだ。


向こうが、土地も建物も金も、出してくれて。こっちは、医者と薬を、送るだけ。


なんて、楽な商売だろう、と。わたしは、思った。


向こうの敷地で、向こうの金で、動く。それが、いざというとき、どういう立場になるのか。


そこまでは。考えても、みなかったけれど。


「幸い。一号出張所の評判が、よく。あちこちから、『うちの領地にも、作ってくれ』と、声が来ております。その中から。二号店の候補を、三つに、絞りました」


そう言って。ヴァロワは、三つの候補地を、並べた。


* * *


一つ目。


評判のいい領主。肥沃な土地。栄えた町。アクセスもよく、出資もたっぷり。ただし、すでに病院があるので、緊急性は、低い。


要は、見栄えのいい看板が、欲しいだけ。


二つ目。


これも、評判のいい領主。けれど、裕福でない土地で。病院もなく、医療を、切実に求めている。ただし出資は少なく、採算は怪しい。おまけに、アクセスが、悪い。


三つ目。


教会。


「かなり領民から、搾取しているようで。領民との、対立も、見られます」


――ヴァロワが、そこだけ、ほんの少し。言い方を、選んだ。


土地も貧しく。病院も、ない。けれど教会からは、目を疑うような、破格の援助。


しかも、近い。


「王妃様なら。どこに、出しますか」


* * *


うーん。そうねぇ。


ここはやっぱり。本当に困っている人を、助けるのが。筋、でしょう。


「医療を求めてるところが、いいわよね。二つ目の、貧しい村に、しましょ」


我ながら、なんと、慈悲深い、王妃か。


貧しい村に、病院を建ててあげれば。村人は、泣いて喜び。噂は国中に広まって。支持率は、うなぎ登り。


そうなれば。ギロチンは、また一歩、遠のく。


困った人を助けて。自分の首も、守れる。


完璧。


「ただ――運営が、うまくいかなかった場合。新たに、借金を、増やすことに、なりますが。よろしいですか」


「却下! 二つ目は、問題外ね!」


借金。


その二文字で。わたしの、慈悲深い、王妃ごっこは。音を立てて、崩れ去った。


慈悲も、支持率も。ぜんぶ、胃が無事であってこその、話なのだ。


これ以上、借金が増えたら。わたしの胃が。内側から穴を開けて、自決する。


「では……消去法で。最後の、教会で――」


「あ、ちょっと、待って」


わたしは。候補の紙に、もう一度、目を落とした。


領民から、搾取。


領民との、対立。


……なんか。


嫌な感じの言葉が、並んでるわね。


「ねぇ、ヴァロワ。この教会、領民から搾取してるって、あるけど。ややこしいのに、巻き込まれたり、しない?」


おっ。


今のわたし、ちょっと、賢くない?


ちゃんと、危ない橋を、見抜いてるじゃない。さすが現代人。リスク管理は、得意分野なのだ。


「もっともな、ご懸念です」


ヴァロワは、眼鏡を、かけ直した。


「少々。不安が、ないとは、言いません」


……今。


この男、たしかに。そう、言った。


何でも淡々と、言い切る、ヴァロワが。わざわざ、「不安」という単語を。口に、出した。


もう少し、まともな王妃なら。ここで、立ち止まったかも、しれない。


有能な部下が、「不安」と言うときは。だいたい、本当に、不安なもの、だ。


でも。


「ですが。王妃の名を冠した病院に。わざわざ妙な手出しをするほど、馬鹿な領主も、いないでしょう。もっとも援助が多く。長期運営も、見込める。この教会が、最善かと」


「援助が、もっとも多い」


「近い」


この二つの、輝きの前で。


わたしの「不安」は。あっさり、溶けて、消えた。


だって。近いのよ。近いってことは、行くのも帰るのも、楽ってことよ。遠出なんて、面倒なこと。できるだけ、短く済ませたいに、決まってる。


そのうえ。一番たくさん、金をくれる。


借金王妃にとって。これ以上の好条件が、あるだろうか。


いや、ない。


「ま、ヴァロワがそう言うなら、大丈夫でしょ。一番おいしいとこに、決まりね!」


「……承知、しました」


ヴァロワが、一瞬。何か言いたげに、口を開きかけて――やめた。


その「やめた」に、気づけるほど。このときのわたしは、賢く、なかった。


* * *


こうして、全会一致で。


我らが二号出張所は。よりにもよって。あの胡散臭い、悪徳教会の領地に。出されることに、なったのである。


「いやー。いい仕事したわー。条件最高じゃない。我ながら、商売上手に、なったものね」


ほくほく顔で。わたしは、紅茶を、すすった。


一番、金をくれて。一番、近い。文句の、つけようがない。


しかも。考えてみれば、これは。現地視察を兼ねた、ひさしぶりの、遠出、である。


息の詰まる王宮や。ごみごみした都を、離れて。のどかな田舎へ。


なんだ。ちょっとした、旅行みたいなもの、じゃない。


そう思ったら。急に、うきうき、してきた。


そう。このときのわたしは。


優雅な田舎の小旅行を。本気で、楽しみに、していたのである。


その「のどかな田舎」へ続く道が。どんな代物なのか。


これから、自分の胃に。何が起きるのか。


そんなことは。これっぽっちも。知らないままに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ