第八十五話 絶好調、なのに
病院開院から、早くも一年。
ついにマリーの時代が来た……のかもしれません。
絶好調なときほど、ろくなことが起きない気もしますが。
あれから。
一年が、経った。
物価高で胃を痛めて、机に突っ伏して、「とほほ」と、つぶやいていた。あの、情けない日から。まる、一年。
……正直に、言うと。
まあまあ、絶好調である。
物価高は、相変わらず、続いている。借金も、相変わらず、夢の中まで、取り立てに来る。
けれど、それを全部、差し引いても。
マリー・アントワネット記念病院は、すっかり、軌道に乗っていた。
連日、満員御礼。
スタッフは、四百人から、六百人に増えた。
先日、ついに。念願の、黒字化の、めども、立った。
さらには。直属の出張所、第一号店まで、オープン。当初の目的だった、「地域医療のネットワーク化」とやらの。記念すべき、第一歩、である。
イケイケ、どんどん。
大きな波に乗って。わたしは、絶好調である。
……で。
ここで、一つ。声を大にして、言いたいことが、ある。
ほら見たことか。
転生してきた当初。わたしは、現代知識で、この世界を無双してやろうと。それはもう、意気込んでいた。
ドレスを着回せだの。食事を減らせだの。賭博をやめろだの。
ところが。ことごとく、論破され。ひっぱたかれ。現代知識は、一個も、通用しなかった。
あのときは、本気で。神様を、恨んだものである。
でも。
見なさいよ。今の、この状況を。
病院は大盛況。黒字化。出張所オープン。完全に、わたしの時代が、来ている。
やっぱり。
わたしは、この世界の、主人公だったのだ。
最初に無双できなかったのは、神様が、わたしを、試していただけ。本番は、ここからだった、というわけ。
ふふふ。
……まあ。
ごくごく冷静に、振り返ると。
病院の経営を回しているのは、ヴァロワで。人事を握っているのは、ロジエで。現場と金勘定は、シャルティエで。黒字化の絵を描いたのは、死んだテレーの、置き土産で。
わたしがやったことと言えば。
理事長室の、ハンコ置き場で。ハンコを、押すことくらい、なのだが。
でも、そこは、まあ。
総大将が、どんと、構えているからこそ。部下が、安心して、働ける。名前を貸すのも、立派な仕事だ。
うん。
そういうことに、しておこう。
深く考えると、負けな気がするので。考えない。
* * *
ちなみに。始動直後は、色々、あった。
特に、参ったのが。貴族、である。
「王妃様のおそばで、診ていただきたい」と。用もないのに、ぞろぞろ押しかけてきては。飾り気のない設備に、いちいちケチをつけ。
挙句。本当に具合の悪い市民を、「平民が目障りだ」と、追い払おうとする。
おかげで待合室は、連日。貴族と市民が、にらみ合う。いつ殴り合いが始まっても、おかしくない、一触即発の戦場と化した。
冗談じゃない。
こっちは、まだ。ギロチンを回避する方法すら、思いついていないのに。
勝手に市民の恨みを溜め込まれて。処刑台への近道を、作られてたまるか。
結局、使っていなかった病室を大急ぎで改修して。入り口から何から、貴族用と市民用を、きっぱり、分けた。
おかげで、また、借金が増えて。胃が、きりきり、鳴った。
……けど。
ただでは、転ばない。
貴族専用。特別室。
お一人様、目玉が飛び出るような、お値段で。
どうせ見栄で来てるんだから。高ければ高いほど、喜ぶ。実際、ふっかければふっかけるほど。「さすが王妃様のご病院」と、満足げに帰っていくのだから。
ちょろいものである。
人の見栄ほど、おいしい商売は、ない。
……我ながら。
悪い顔を、している自覚は、ある。
転生前のわたしは。踊ってみた動画を上げては、クソリプに耐える。ごく普通の、女子高生だったのに。
今や。貴族から金をむしり。商人を競わせ。記者を顎で使う。立派な、銭ゲバ王妃、である。
人間、追い込まれると。どこまでも、図太くなれるものらしい。
* * *
そんなわけで。
わたしの絶好調は、当分、続く予定、である。
……いや。
続く、はずだった。
念のため、言っておくと。
わたしのこの手の「絶好調」は。たいてい、長続き、しない。
調子に乗った直後に。必ず何か、ろくでもないことが、起きる。
これまでの一年で。嫌というほど、学んだ。
だから。こうして「絶好調」と、書いている。今この瞬間も。
胃の片隅が。なんとなく、そわそわ、している。
絶好調、なのに。胃だけは、なぜか、落ち着かない。
……まあ、気のせいだろう。
たぶん。
* * *
ちなみに。もう一つ。
最近、どうにも、調子が狂うことが、ある。
ルイ君に、ちっとも、会えていないのだ。
王に即位して以来。忙しいのは、わかっている。わかっているけど。廊下ですれ違うことすら、めっきり、減った。
別に。
寂しくなんか、ない。
ないけど。
脳内のルイ君ばっかり、わたしを褒めてくれて。本物のルイ君には、ずっと会えていない、というのは。なんというか、こう。
……うん。
ちょっとだけ、寂しい。
ちょっとだけ、だからね。




