第七十四話 胡散臭い男の、賭け
テレー前長官が遺した計画書に込められていたもの。
それは理想であり、苦悩であり、そして妙子への大きな賭けでもありました。
弾除けにされた恨みも、勝手に名前を使われた恨みも抱えたまま、妙子はその置き土産を引き受けることになります。
「……この国に、もう。それだけの、余裕が、ないということです」
「……」
「テレー前長官は、何も、言いませんでした。ですが――この計画書を、手渡され。それを読んだとき。私には、長官の、苦悩が。痛いほど、伝わってきました」
理想は、あった。
このトイレも。この病院も。きっと、その理想の、ほんの、入り口だったのだろう。
でも、それを、最後まで、やり遂げるだけの、時間も、お金も。この国には、もう、残されていなかった。
だから、あいつは。理想を、半分だけ、形にして。残りを、わたしに、押しつけて。そして、嫌われ役を、一身に背負って、去っていった。
「……そう、なのね」
わたしは、ぽつりと、つぶやいた。
「正直、何度。藁人形を作って、五寸釘を、打ち込んでやろうかと、思ったか、わからないけど」
「ワラニンギョウ? ……ゴスンクギ?」
「あ、なんでもないのよ。ほほほほほ」
危ない。つい、物騒な、前世の知識が、漏れた。
けど。
そんなことを、言われたら。
もう、藁人形を、作る気にも、なれないじゃ、ないの。
……いたたまれない。胸の奥が、もぞもぞする。
「ねぇ、ヴァロワ」
「はい」
「あいつに……テレーに、お礼、言いたくなっちゃったら。わたし、どうすれば、いいの?」
ヴァロワは、少しだけ、眼鏡の奥の目を、和ませた。ような、気がした。気のせいかもしれない。
「――この計画を、成功させること。それが、何よりの、手向けかと」
「……はぁ。やってやろうじゃないの」
わたしは、立ち上がって。腰に、手を当てた。
「弾除けにされた恨みも。勝手に名前を使われた恨みも。ぜーんぶ、まとめて。あいつの遺した、このバカでかい計画、成功させて。最後に、墓前で、どや顔してやるわ。『あんたの賭け、当たったわよ』って、ね」
「頼もしい、限りです」
こうして。
新生・王立慈善病院、改め。
『マリー・アントワネット記念病院』の、運営が。
始まったのである。
胡散臭い男が遺した、バカでかい置き土産と。一人の、勘違い王妃と。なぜか、当然のように巻き込まれた、三人の、最高幹部(自称)とともに。
——もっとも。このとき、わたしは。まだ、知らない。
この、ちっぽけな病院から始まる、騒ぎが。やがて、この国の、行く末そのものを。大きく、揺るがしていくことになるなんて。
そんなこと、神様でもなきゃ、わかるわけ、ないのだ。
……まあ、わたし。この世界の、主人公みたいなものだから。たぶん、なんとか、なるでしょ。
そう、気楽に、構えていた。
このときは、まだ。
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