表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/98

第六十五話 悪は滅びる、はずだった

テレー財務長官、解任。


新聞でその報せを知った妙子は、ついに悪が滅びたと大喜びします。


しかし、これまで敵だと思っていた男が、慈善病院にとって思わぬ防波堤にもなっていたことを、彼女はまだ理解していませんでした。


挿絵(By みてみん)

わたしは今、理事長室で、新聞を片手に、力いっぱいガッツポーズをしていた。


「悪の栄えたためしなし。悪は滅びるのよ。あのくそ営業スマイル男にも、ようやく天誅が下ったってわけね!」


新聞の一面には、でかでかと、こう書かれている。


【テレー財務長官、解任】


ついに。ついに、である。


あの胡散臭い笑顔で、わたしを持ち上げ。病院の名前を、勝手に変え。あげく、貴族と教会への増税の、弾除けにした。


あの男が。失脚したのだ。


これはもう、祝勝会である。赤飯でも炊きたい。米ないけど。


「ねぇ、聞いてる? あいつ、クビになったのよ、クビ。ざまぁみろってんだわ。これで枕を高くして眠れるってもんよ」


……などと、一人で浮かれているのは。


どうやら、わたしだけ、らしかった。


ふと見ると、シャルティエは不安そうに新聞を見つめ、ヴァロワにいたっては、眉間に深い皺を刻んで、なにやら、ものすごく深刻そうな顔をしている。


「ちょっと、二人とも。何そんな、お通夜みたいな顔してるのよ。今日は祝勝会よ? ぱーっといきましょうよ、ぱーっと」


「王妃様」


ヴァロワが、すっと、眼鏡を押し上げた。


この仕草が出たときのヴァロワは、だいたい、ろくなことを言わない。長年の付き合いで、わたしはそれを学習していた。


「お気持ちは、わからなくもありません。ですが」


ほら、出た。「ですが」。


「テレー前長官は、少なくとも、当面の病院予算については、維持を約束していました」


「……え?」


「長官が代われば、その約束も、白紙になる可能性があります。そのようなことにでもなれば――運営は、一気に、苦しくなります」


スッ……と。


さっきまでの祝勝ムードが、音を立てて引いていくのがわかった。


「え、ちょっと待って。新しい長官って、そんなに予算を削りそうなの?」


「まだ、決まったわけではありません。ただ――新長官は、非常に、合理的な方です」


「ご、合理的」


「はい。この施設を、非合理だと判断すれば。真っ先に切り捨てることも、厭わないでしょう」


「……まじ?」


「はい」


ヴァロワは、容赦なく、頷いた。


この男、人が浮かれているときに冷や水をぶっかける才能だけは、天才的である。


「もちろん、有用性を示せれば、問題ありません。ですが――うまくいきかけていた募金活動は、現在、停滞しています。貴族と教会からの信頼も、失いました。早急に、別の収支構造を、示す必要があります」


「はぁ……」


わたしは、がっくりと、机に突っ伏した。


「やっと、あいつがいなくなって。わたしの時代、来たーって、思ってたのに。一難去って、また一難じゃないの。とほほ」


悪は滅びた。


滅びたのに、ちっとも、楽にならない。


むしろ、これまで「敵」だと思っていた男が、地味に、防波堤の役割を果たしていたらしいことが、今になって発覚する始末。


なんなのよ、もう。


そのときだった。


「いやぁ、景気のいい話を、してますねぇ」


聞きたくもない声が、理事長室の扉の向こうから、聞こえてきた。


振り向くと。


また、性懲りもなく。あのクソリプ髭男――ドブレが、にやにやしながら、勝手に部屋へ入ってくるところだった。


しかも、当然のように、わたしの紅茶へ、手を伸ばしている。


ここは、無料のカフェじゃねぇんだよ。勝手に人の紅茶を飲むな。


「聞きましたよ。テレー長官、解任だとか」


ドブレは、どっかと椅子に腰を下ろし、にやにやと笑った。


「テレー長官、肝いりのこの病院も。後ろ盾を失って、さーて、どうなるんでしょうねぇ」


「肝いりじゃなくて、弾除けの盾にされてただけだけどね」


「ははは。そりゃいい。肝いりなんだか、肝を冷やしてるんだか、分かったもんじゃありませんな」


ドブレは、何がそんなに面白いのか、一人で肩を揺らして、笑っていた。


けれど。


ひとしきり笑ったあと。


ふいに、その笑みが、すっと、消えた。


「……ま、今日は用事があるんで。これで、失礼しますよ」


そう言って、ドブレは、立ち上がった。


……あれ?


いつものように、病院内をうろついて、あちこち物色するでもない。嫌味を、追加で投げつけるでもない。


ただ、それだけ言って、あっさりと、理事長室を出て行った。


別に、ここはドブレの職場じゃない。いなくなって、困ることなんて、一つもない。むしろ、せいせいする。


……はずなのだけれど。


いつもなら、頼んでもいないのに、長々と居座る男が。今日に限って、妙にしおらしく帰っていくのは。


逆に、なんだか、気持ち悪かった。


まるで、何か――よくないことの、前触れみたいで。


「まあ、わたしには、関係ない話だけどね」


わたしは、そう、つぶやいた。


このとき、わたしは、まだ知らなかった。


あの男が、この病院に。そして、わたしに。いったい、どんな因縁を抱えていたのかを。

お読みいただきありがとうございました。


本作は毎日19時40分ごろ更新予定です。

続きが気になる方は、ブックマークやページ下部の星評価で応援していただけると、執筆の励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ