第六十二話 王冠は、重すぎる
国王ルイ十五世の崩御により、王太子だったルイは新たな国王となりました。
しかし、国はすでに財政改革と貴族・教会の反発で大きく揺れています。
鍵や歯車なら向き合える彼にとって、王冠はあまりにも重すぎるものでした。
—―王が、崩御した。
その報せは、宮殿のすみずみまで、あっという間に広がった。
国王崩御。そして、新王即位。
蜂の巣をつついたような、とは、まさにこのことだった。ただでさえ、テレーの大ナタによる改革で、国じゅうが浮き足立っていたところである。そこへ、国の頂点に立つ人間が、いなくなった。
不幸というのは、どういうわけか、重なるときには重なる。そして重なった不幸は、互いに手を取り合うようにして、混乱をどんどん大きくしていく。
国王執務室。
つい先日まで、あの好々爺が、にこにこと座っていた部屋。
その机を挟んで、今、二人の人間が向き合っていた。
一人は、義叔母様。
そしてもう一人は――昨日まで「王太子」だった、ルイだ。
「……ルイ。あなた、これからどうするつもりなの」
義叔母様の声は、静かだった。
静かだったが、有無を言わせない響きがあった。普段、マリーの前で見せる、あの優しく穏やかな顔は、そこにはなかった。
「もう、お父様はいらっしゃらない。この混乱を止めるには――致し方ないでしょう」
「いや、しかし」
ルイは、うつむいたまま、絞り出すように言った。
「そんなことをすれば、近い将来、国は破綻してしまいます」
「だから、何度も言っているじゃない」
義叔母様は、ぴしゃりと遮った。
「近い将来、破綻するかもしれない。それは、そうでしょう。でもね、ルイ。問題なのは、たった今、国が破綻しようとしているということなのよ」
「……っ」
「あなた、即位したのよ。はっきりなさい。今か、近い将来か。どっちを取るの?」
ルイは、答えられなかった。
答えなど、決まっている。決まっているのに、口に出せない。出してしまえば、それが現実になってしまう気がして。
握りしめた拳の中で、爪が、手のひらに食い込んでいた。
「くっ……」
「はぁ……」
義叔母様が、深いため息をついた。
その顔には、苛立ちよりも、もっと別の――疲れ果てたような、悲しみのようなものが、滲んでいた。
「まったく、情けないわね。本当に、どうしてこんなときに、お父様がいないのかしら。私たちだけでは、もう、この国は支えきれないのよ」
「……」
「ルイ」
義叔母様は、まっすぐにルイを見た。
「あなたはもう、王太子ではないの。国王なのよ」
その一言が、ずしりと、ルイの肩にのしかかった。
「嫌でも、誰かがやらなければならない。すべてを救う方法なんて、どこにもないの。そして、それをできるのは――この国で、あなただけなのよ」
「……はい。わかっている、つもりです。叔母様……」
つもり、だ。
頭ではわかっている。わかっているのに、心がついてこない。
ルイは、頭を抱えた。叫び出したい衝動を、必死で、喉の奥に押し込めた。
どうして、僕が王なんだ。
どうして、兄上は死んでしまったんだ。
僕じゃなく、他の兄弟ではだめだったのか。
どうして。どうして。どうして――。
頭の中を、答えの出ない問いが、ぐるぐると駆け巡る。
鍵のことなら、わかる。歯車のことなら、わかる。どんなに複雑な錠前だって、時間をかけて向き合えば、いつかは仕組みを解き明かせる。
でも、これは違う。
国というものには、設計図がない。正解の鍵穴が、どこにもない。どこを開ければいいのかも、わからない。
なのに、その鍵束を、たった今、押しつけられてしまった。
——僕には、無理だ。
そう思った瞬間、ルイは、いてもたってもいられなくなった。
「……少し、外の空気を吸ってきます」
返事も待たずに、ルイは執務室を出た。
義叔母様は、止めなかった。ただ、その背中を、静かに見送っただけだった。
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