第六話 賭けトランプと、不穏な逸話
公務を終えた夜、妙子を待っていたのは王宮らしい優雅な遊戯時間。
けれど、その中身は彼女にとって不穏な記憶を呼び起こすものでした。
華やかな社交の裏で、妙子は少しずつ自分の未来に待つものを意識し始めます。
このキツい公務がようやく終わって夜になると、やっと自由時間――もとい、遊戯タイムである。
ただし、遊戯タイムといっても、ここは王室。やはりこれも「遊戯」という名の公務だ。中身は主に、賭けトランプである。
賭け。トランプ。
そういえば、と記憶の奥がちくりとする。確かマリー・アントワネットって、相当のギャンブル好きで、賭博にのめり込んで国家財政を傾けたとか、そんな逸話がなかったっけ。
そこで、思い出した。
いや、わかってはいた。最初からずっと、心の隅でわかってはいたのだ。ただ、あまりにも信じられない出来事が立て続けに起きすぎて、いちばん大事なことから、わたしはずっと目をそらしていた。
だって。
わたしの知っている「本当の史実」は、ベルばらと乙女ゲームでできている。こんな、おまるが標準装備で入浴が野蛮とされる、ろくでもない異世界なんかじゃない。だから違う、ここはきっと別物なんだと否定し続けてきた。
それでも、どうしても脳裏をよぎってしまうもの。
ギロチン。
毎晩のように賭博に興じるなんて、まさに「どうぞわたしをギロチンにかけてください」と自分から首を差し出しているようなものである。
そこで、義叔母様に「賭博はよくないと思います」と進言してみたところ――
ひっぱたかれた。
現代では、賭博といえばパチンカスだのなんだのと言われて、わりと白い目で見られる文化である。けれどここでは違う。これも立派な社交のひとつであり、実質的には公務なのだ。テーブルを囲んで札を切ることが、外交であり、政治であり、人間関係なのである。
ちなみに、先ほどから登場している義叔母様について少し説明しておく。
義叔母様は、現国王ルイ十五世の娘で、わたしの旦那である王太子様のお父様の、妹にあたる人だ。普段は温厚で、わたしがこちらの世界に来てからは、実質的な保護者兼教育係として面倒を見てくれている。厳しいところもあるけれど、根はとても優しい。今のところ、この宮殿でわたしの数少ない味方と言っていい、貴重な存在である。
ひっぱたかれたけど。
さて、そんな日々を過ごすわたしだが、実はとても大事なミッションを抱えている。
そう。トイレを探すことだ。
この宮殿は、めちゃくちゃ広い。そしてわたしは多忙で、ほとんど自由時間がない。それでも移動の合間や、わずかに空いた時間を見つけては、せっせとトイレを探している。けれど、いくら探しても、どこにもトイレが見つからない。
みんな、まさか本当に全員おまるで済ませているのだろうか。いや、そんなはずはない。どこかに隠された黄金の秘境――じゃなくて、ちゃんとした厠がきっとあるはず。あるはずなんだけど、見つからない。
そんなわたしの姿を見て、侍女たちがまた、ろくでもない噂を流し始めた。
曰く、王太子妃はやはりオーストリアのスパイで、フランスの極秘情報を探し回っているのではないか、と。
トイレを探しているだけで、国際スパイ扱いである。
正直、わたしがこの宮殿で何をやっても噂のネタにされる。挙句の果てには、その噂がメディアを通じて新聞にまでなる。事実無根の記事が、堂々と紙面を飾る。
本当に、くそみたいな場所だ。
トイレだけに。
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