第五話 ニコニコ顔面の維持という名の、拷問
第五話です。
今日から公務復帰。
優雅な宮廷生活が始まる……はずだった妙子ですが、待っていたのは華やかさとは少し違う、現代人にはかなりきつい王宮の常識でした。
今回は、ドレスと伝統とニコニコ顔面維持のお話です。
さて、今日から公務復帰である。
朝、目を覚ますと、ちょうど侍女たちがぞろぞろと、それも何十人も部屋に入ってきて、ドレスの用意を始めるところだった。朝っぱらから大行列。通勤ラッシュかと思った。
「王太子妃様、お目覚めですか? お早いですね」
「あ、おはよう」
「早速ですが、今日から公務がございます。ドレスにお着替え願えますか」
「わかりました」
そう言ってベッドから起き上がると、部屋の真ん中へと通された。
そして――いきなり、服を引っぺがされた。
大勢が見ている中で、わたしは真っ裸にされてしまった。
「なにすんの!?」
あまりのことに驚いて、思わず侍女から脱がされた服を奪い取ってしまった。
奪い取られた侍女は、恐怖で今にも泣きそうな顔をしている。横で見ていた侍女長は、怒りで般若のような形相になり、ワナワナと震えていた。
なんか、やばい。
「王太子妃様、何をやられているのですか!」
「何って、いきなりみんなの前で裸にされて、おまけにこんなに寒いのに……」
「何度申し上げればおわかりいただけるのですか? これは王宮で古くから続く、格式ある伝統でございます。王太子妃様は真ん中にお立ちになり、堂々と下々の者の働きを見下ろすのが習わしなのです」
……そんな痴女プレイみたいな伝統が、あってたまるか。
広くて寒い部屋の真ん中で、数十人の注目を浴びながら、裸でガタガタ震えるわたし。
なんなのこれ。いじめ? いじめなの? 侍女をいじめるのは悪役令嬢の役目でしょ。なんで悪役妃のわたしが、侍女に公開処刑されてんのよ。役割が完全に逆転してる。
おまけに目の前にドレスがあるのに、侍女たちはなぜかバケツリレー方式でドレスを運んでいる。手から手へ、リレーで。そして一番手前の侍女は、受け取ったドレスを「まぁ、素敵」とうっとり眺めている。眺めてないで、とっとと渡しなさいよ。
「あの。ドレス、目の前にあるんだし、直接渡してくれれば自分で着ますけど?」
「何をおっしゃっているのですか?」侍女長が眉をひそめる。「彼女たちは幼き頃より修行を重ね、その一族は代々王家に忠誠を示してまいりました。その忠義によって、今この場で王太子妃様にお召し物を着せ申し上げるという、何よりの名誉に与っているのです。王太子妃様のわがままで、この権利を奪うことは許されません」
ううう。
理不尽な理由で、また怒られた。着替えを手伝うのが名誉。手伝わせないのは権利の剥奪。理屈が、わたしの常識と根本から違う。
寒いよう。恥ずかしいよう。
こうして、意味不明な痴女プレイ(公式名称・由緒正しき伝統儀式)が終わり、軽い朝食を済ませると、いよいよ公務である。
公務は、だいたい三種類。
一つ、ダンスの練習。
二つ、オーストリア訛りを矯正するための語学のお勉強。
三つ、義叔母様の横に座って、お茶会や面会のあいだ、黙ってニコニコ頷いていること。
字面だけ見ると、とっても簡単なお仕事である。
ダンスはまあ、体を動かすのは好きなので悪くない。語学も、面白くはないけど許容範囲。問題は三つ目、黙ってニコニコ座っているだけ、というやつだ。これが、正直いちばんきつい。
考えてもみてほしい。なんだか難しい政治の話や、まったく知らない誰かさんの噂話を、延々と聞かされ続けるのだ。あくびひとつできない。眠くても寝られない。スマホもいじれない。気になって口を挟もうものなら、あとで間違いなくお説教である。常に秘書官がそばに控えていて、わたしが何を喋ったかを一言一句記録しているからだ。発言は全部、議事録行き。
正直、拷問である。にこやかな顔面の維持って、こんなに重労働だったのか。
お読みいただきありがとうございました。
続きが気になる方は、【ブックマーク】やページ下部の【星評価】で応援していただけると、執筆の励みになります。




