第五十九話 貴族たちが、返金を求めて殺到する
新聞によって、妙子の名は増税計画の矢面に立たされてしまいました。
ヴァロワすら知らなかったテレーの一手に、慈善病院は一気に追い詰められていきます。
そして翌朝、昨日まで協力者だった貴族たちが、病院の門前に押し寄せてきました。
新聞朝刊の件で、わたしとシャルティエが叫んでいると。
ヴァロワが、難しい顔で、入ってきた。
「ちょっと、ヴァロワ! 何よ、これ! ふざけんじゃないわよ!」
新聞を突きつけると、ヴァロワも、これを読んで、かなり驚いた様子だった。眼鏡の奥の目を、すっと細めて、しばらく、無言で記事を見つめている。
どうやら、本当に、彼も知らなかったらしい。
つまり、テレーは。秘書官として送り込んだヴァロワにも、この計画を、一切、知らせていなかった。完全に、財務局の中枢だけで、秘密裏に進めていたのだ。
「困りましたね」
ヴァロワが、ぽつりと、つぶやいた。
「これは、相当、荒れます。――募金活動も、これで、完全に頓挫しますね」
うぐぐぐぐぐ。
やっと、わたしの時代が来た、と思ったのに。何てことしてくれんのよ、テレーのバカ!!
……と、怒っているうちは、まだ、よかった。
本当の地獄は、その、すぐあとに、やってきた。
* * *
翌朝。
病院の正門が、騒がしくなった。
「王太子妃を出せー!!」
「税金として召し上げるから、寄付した金を返せー!!」
「王族の道楽で、なぜ我々が、犠牲にならねばならんのだ!!」
……来た。
来てしまった。
昨日まで、にこにこと「ご立派なご活動ですな」とか言って金貨を渡してくれていた、あの貴族たち。
その同じ顔ぶれが。
今や、目を血走らせて、病院の門前で、わたしを引きずり出せと、叫んでいる。
ひどい人になると、本気で、こう言ってきた。
「あの金は、これから、税金として取られるんだろう? だったら、二重取りじゃないか! 寄付した金を、返せ!」
返せって。
いやいやいや、もう使っちゃったよ! 病床と、スタッフの給料に、半分くらい消えたよ! 残りはヴァロワが「念のため貯蓄に」って言ってたから、まだ残ってるけど、それだって全員に返したら一瞬で消える!
おかげで、病院は、苦情処理だけで、てんてこ舞いになった。
新規の募金活動なんて、できるわけがない。
完全に、資金調達の目処は、絶たれた。
貴族と教会からは、そっぽを向かれた。
新聞によっては、「趣味で国家財政を傾ける悪の巣窟」「国を病魔に襲わせる病院」とまで、書きたい放題に書かれた。記事を書いているのは、たぶん、ドブレと同類の連中だ。よくもまぁ、ここまで、と感心するくらい、罵詈雑言が並ぶ。
宮殿でも、ひどかった。
これまで、「お気の毒に」という、生暖かい目で遠巻きにこちらを見ていた貴族や僧侶が。
今や、わたしを見るたびに、親の敵かと思うような目で、睨みつけてくる。
廊下を歩いていると、刺すような視線を、背中に感じる。本気で、そのうち誰かに刺殺されるんじゃないか、と。
夜、ベッドに入っても、目を閉じると、ぎらりと光るナイフが脳裏をよぎる。
ここ最近、ようやく忘れかけていた、あの感覚が、また戻ってきた。
――ギロチン。
窓の外から、こっちを覗いているんじゃないか、という、あの感覚が。
お読みいただきありがとうございました。
本作は毎日19時40分ごろ更新予定です。
続きが気になる方は、ブックマークやページ下部の星評価で応援していただけると、執筆の励みになります。




