第五十四話 テレーが、牙を研いでいる相手
募金活動によって、慈善病院はひとまず危機を越えつつありました。
病床不足や人手不足は残るものの、薬品や人員には少しずつ改善の兆しが見え始めます。
しかしその一方で、財務局では何やら大きな動きが起きようとしていました。
そして、またまた、いつもの最高幹部会議にて。
シャルティエが、明るい声で報告した。
「相変わらず病床の不足は深刻ですが、薬品不足は緩和されました。外来で、なんとか回す算段も、見えてきています。根本的な解決には程遠いですが――なんとか、山は越えた感じですね」
「先日辞めた看護師の代わりも、見つかりました」ロジエも続く。「さらに、ここで働いてみたい、という希望者まで、数名現れまして。今、面接中です」
「よかったー!」
わたしは、思わず、ぱちぱちと手を叩いた。
「まだまだ前途多難だけど、この調子で募金活動を頑張れば、なんとかなりそうね。どう、ヴァロワ?」
ところが。
ヴァロワだけは、渋い顔をしていた。
「そうですね……。確かに、一時しのぎは、できそうです。ですが」
眼鏡の奥の目を、すっと細める。
「正直に申し上げて。財務局のほうに、不穏な空気が流れております」
「不穏な空気?」
「えぇ。向こうは、かなり、切迫しております。近々、何か――大きなことが、起きそうな気配があるのです」
「大きなこと、って?」
「それが……詳しくは、教えてくれませんでした。ただ、それとなく長官に話を振ってみたところ、明らかに、何かを隠している様子で」
ヴァロワは、いつになく、慎重な口ぶりだった。
「ですので、念のため。集めたお金は、できるだけ手をつけず、貯蓄に回しておきましょう。可能な限り、財務局からの正規の支援だけで乗り切るほうが、賢明かと。……何かあったときに、備えておくに、越したことはありません」
ふうん。
何か、大きなこと、ねぇ。
……まぁ、考えてみれば。ここは、フランス革命が起きそうな雰囲気の、異世界だ。財政だって、ずっとカツカツだって話だし。やっぱり、いろいろ、きついのかなぁ。
それにしても。
なんで、王太子妃のわたしが、あっちこっちにペコペコ頭を下げて、「お金ください」って回らなきゃいけないんだろう。
はぁ。
手を振るだけで、泣いて喜んでくれる、あのお爺さんたちばっかりだったら、よかったのに。
そんな、のんきなことを考えているわたしの横で。
最後にまた、いつの間にか居座っていたドブレが、ぽつりと、こう言い放った。
「所詮、王族のお遊びなんて、そう長くは続かないんですから。集めた金なんて、ぱーっと使っちゃえばいいんですよ」
……うるさいわね、ほんと。
このときのわたしは、まだ知らなかった。
ヴァロワの言う「大きなこと」が。
そして、財務長官テレーが、今まさに、その牙を研いでいる、本当の標的が。
――この国の、聖職者と、貴族たちであることを。
そして、その嵐が、わたしの集めたなけなしの善意ごと、何もかもを、根こそぎ巻き込んでいくことを。
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