第三十一話 お母様が、やってきた
王宮の騒動と病院の仕事に追われる妙子のもとへ、オーストリアから兄と姉が訪れます。
中身は羽生妙子でも、マリー・アントワネットとしての記憶と感情は確かに残っていました。
懐かしい家族との再会、そして母からの手紙が、彼女の心を大きく揺さぶります。
王宮の騒動に、病院の経営。そんな多忙な日々を送っていたわたしのもとに、ある日、急な連絡が入った。
いや、正確には、連絡は前々から受けていた。受けていたのだが、まだ先のことだしと、すっかり放ったらかしにしていたのだ。
オーストリアから、親善大使として、お兄様とお姉様が王宮にやってくる、と。
「あれ? 今日だっけ? 来週じゃなかったっけ?」
慌てて王宮の門へ駆けつけると、そこには懐かしい顔ぶれがいた。
今のわたしの中身は妙子だけれど、別にマリーの記憶がまるごとないわけじゃない。当然、兄や姉の顔は覚えているし、昔は兄弟げんかもした。末っ子ということで、なんだかんだ、みんなにかわいがってもらっていた記憶もある。
「お兄様、お姉様、お久しぶりです!」
懐かしさのままに駆け寄ると、兄たちもわたしに気づいて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その瞬間、思わず涙がこぼれた。これは妙子の涙なのか、マリーの涙なのか、自分でもよくわからない。たぶん、両方だ。
「マリー、元気だったか?」
「えぇ、お兄様。お姉様もお元気でしたか?」
「あぁ、元気だぞ」
「あの、こちらにいらっしゃるのは来週だと伺っておりましたが?」
「そうなんだが、急ぎの会議が入ってな。少し前倒しでフランスに来ることになったんだ」
「そうなのですね。でも、お会いできて嬉しいです」
「あぁ、俺もだ。ただな、俺たちはその急ぎの会議に呼ばれていて、あまりゆっくり話もできない。時間ができたらまた来るから、積もる話はそのときにな。それと――誕生日も近かっただろう。俺たちと、お父上お母上からプレゼントを用意した。それと、これは母上からの手紙だ」
「まぁ、嬉しい」
「じゃあな」
そう言って、兄たちは慌ただしく立ち去っていった。
わたしは自室へ戻ると、はやる気持ちで母からの手紙を開いた。
懐かしい、母の筆跡。
『マリー。
あなたがお嫁に行って、もう二年になるのね。
まだあんなに小さいのに、国の都合で、おまけに外国へなんて。あなたには、本当に苦労をかけてしまっているわね。
母は、とても心配していました。元気にやっていますか? つらいことはありませんか? いじめられたりしていませんか?
何かあったら、いつでも母がついていることを忘れないで。距離は離れても、わたしたちは家族よ。母は、いつもあなたのことを思っています』
……お母様。
思わず、じーんと胸が熱くなった。涙ぐみそうになる。
これは妙子の感傷というより、マリーの記憶のほうが、心の奥から叫んでいる。お母様だ。また、お母様に会いたい。そんな、幼い子どもみたいな気持ちが、ぶわっとこみ上げてくる。
あぁ、なんだかんだ言っても、お母様はお母様。ちゃんとわたしを心配してくれている。遠い異国でひとり頑張るわたしを、ずっと――。
お読みいただきありがとうございました。
続きが気になる方は、【ブックマーク】やページ下部の【星評価】で応援していただけると、執筆の励みになります。




