第三十話 冷血秘書官の、真意
珍しく稟議書が通り、ヴァロワからも労いの言葉をもらった妙子。
ついに冷血眼鏡のデレイベントが来たのでは、と期待した彼女でしたが、続いて告げられたのは意外なお願いでした。
冷徹な秘書官にも、どうやら別の顔があるようです。
「あの。すいません、王太子妃様。折り入って、お願いがございまして」
何よ、突然。
い、いきなり、デートのお誘いとか? いやでも、さすがにちょっと展開が早くない? わたしにも、心の準備ってものがあるんだから。
「え、ええっと。なにかしら」
わたしは、ちょっと髪を整えながら、すまし顔で聞き返した。いつでも来なさい。受けて立つわ。
「来週、三日ほど、お休みをいただきたいのですが」
「……え」
有休申請だった。
「めずらしいわね。あなたがお休みするなんて」
「はい。実は、娘の誕生日でして。ちょっと家族で、小旅行に行こうかと話しているんです」
「……え。ちょ、ちょっと待って。あなた、既婚者なの?」
「はい。結婚五年目で、来週で娘が三歳になります」
そう言ったヴァロワの顔が――ふにゃっと、崩れた。
あの、氷みたいに冷たかった冷血眼鏡が。
「いやぁ、これがもう、とってもかわいいんですよ。このあいだなんて『パパ大好き、パパとけっこんする』なんて言われてしまいまして。いやはや、本当に困ってしまいます。私にはちゃんと愛する妻がいるというのに、まさか娘からプロポーズされるなんて。これは父親として、どう対応するのが正解なんでしょうかね。あぁ、でもあの舌っ足らずな『けっこんする』が、もう、たまらなくてですね――」
…………。
たっぷり、半時ほど。
わたしは、ヴァロワの娘自慢を、延々と聞かされる羽目になった。
そういえば、今日は朝からなんだか機嫌がいいなと思っていたけれど。
なるほど。
わたしにデレたんじゃなくて。
ただ単に、娘にデレてただけだったのね。
まぁ、わたしも別に、この冷徹眼鏡とそういう「いけない関係」になるイメージが、いまいち湧かなかったから。それはそれで、いいっちゃいいんだけど。
……なんか、おもしろくないわね。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、期待しちゃった自分が、無性に腹立たしい。
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