第二十六話 強いて言うなら、自己満です
ドブレから「偽善か、自己満か」と挑発された妙子。
周囲が怒りで殺気立つ中、彼女は現代で培ったクソリプ耐性と、どこかで聞いたような名言で切り返します。
その言葉は、本人の思惑とはまったく違う形で、ある人物の心を強く揺さぶることになりました。
……うっざ。
なによ、こいつ。こういうの、いるよねぇ。
わたしが必死で振り付けを覚えて、何テイクも撮り直してアップした動画に、「ナニコレ自己満?きっも」とか書き込んでくるやつ。何度ブロックしてやろうと思ったことか。
まぁ、いいわ。
こんなこともあろうかと、わたしは日頃から勉強を重ねてきたのよ。
(注・ただ単に、授業中こっそりなろう系小説を読みふけっていただけである)
「そうね。強いて言うなら、自己満よ」
わたしは、ふっと笑ってみせた。
「わたしが、やりたいからやってるの」
(というか、逃げたら何を言われるかわかんないからね)
「やらぬ善より、やる偽善よ」
(って、なんかなろう系小説に書いてあった気がする)
「なっ……!?」
ドブレの、へらへら笑いが、一瞬止まった。
「そ、そうかよ。じゃあ、その偽善とやらで、すべてを救うっていうんだな?」
「いいえ」
わたしは、静かに首を振る。ここぞとばかりに、声のトーンを落として。
「わたしは、自分の手のひらで掴める偽善しか、しない。できないことはしない。できることだけを、やるわ」
(これも、何だったかな。なんかのアニメで、ヒロインっぽいキャラが、どや顔で決めてた気がする)
「うぐっ……」
ドブレが、言葉に詰まった。
よし。決まった。
「貴様! 誰に口を聞いているんだ! おい、衛兵、こいつをひっ捕えろ!」
シャルティエが、勢いづいて叫ぶ。
「やめなさい、シャルティエ」
わたしは、それを手で制した。そして、ドブレに向き直る。
「……まだ、わたしに何か用があるかしら? わたしは、逃げも隠れもしない。聞きたいことがまだあるのなら、いつでも相手をしてあげるわ」
(いやぁぁぁ! 一度言ってみたかったセリフを、どや顔で決められた! やばい、今のわたし、輝いてる。超輝いてる! キャーキャー!)
「……そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて。また来させてもらうよ」
そう言い残して、ドブレは去っていった。
部屋には、完全に殺気立った空気だけが残された。
「王太子妃様。なぜ、あんな奴を庇うのですか?」
シャルティエが、納得いかない顔で詰め寄ってくる。
「あれで、いいのよ」
……決まった。
なんか今のわたし、すっごく、なろう系の主人公っぽくない?
あー、神様。やっと、やっときたのですね。現代知識無双。今まではちょっと神様を疑ってましたが、やっぱりここは異世界転生、わたし無双の世界だったんだ。やばい、今のわたし、輝いてる。
(※ただ単に、なろう系小説やアニメのセリフをパクっただけの妙子であった)
そんなことを考えながら、両手を組んで天を仰ぎ、わたしは神に祈りを捧げるのだった。
我ながら、絵になる。きっと、今のわたし、後光が差してるに違いない。
* * *
――一方、その頃。
シャルティエは、感動に打ち震えていた。
(この人は、本気だ)
ちょっと、たまにチャラすぎないか? と思ったときも、正直、あった。
(だが、俺の目が曇っていただけだ)
記者のあの侮辱を前にしても、眉ひとつ動かさず。むしろ堂々と「自己満だ」と認めたうえで、「自分の手のひらで掴める偽善しかしない」と言い切った、あの覚悟。あの信念。
(まさか、これほどの覚悟と信念をお持ちの方だったとは……!)
なんて、崇高な方なんだ。
シャルティエの目には、もはや王太子妃が、聖女か何かのように輝いて見えていた。
――かくして、ここに。
なろう系小説とアニメのセリフを、適当に並べただけの、特に深い意味のない発言に、本気で感動した、勘違い信者が一人、誕生するのであった。
なお、当の妙子は、天を仰いだまま「次はどのセリフ使お♪」などと考えていた。
二人の間に横たわる、深くて広い、認識の谷。
それに気づく者は、この場には、誰一人いなかった。
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