第百十六話 一部完(ホットニュース)
朝。
目が覚めて。
天蓋付きの、やたら立派なベッドの天井を。ぼんやりと、見上げる。
……あ。
これ。
転生した日の、朝と。まったく同じ、構図だ。
あの日は。「ここはどこ」だった。
今日は。
「わたし、何やっちゃったの」だ。
出来事だけ、並べれば。これは、いわゆる。リア充、というやつである。
でも。
ぜんぜん。リア充って、感じじゃ、ない。
昨夜の記憶が。断片的に。よみがえってくるたびに。
「うわあああ」と。叫んで。布団をかぶりたくなる。
リア充より。
リア、重。
* * *
そうこうしているうちに。
侍女たちが。ぞろぞろと。部屋に入ってきた。
そして。
全員。
生暖かい目で。こっちを、見てくる。
「おめでとうございます、王妃様」
「よろしゅうございましたね」
「長かったですねぇ」
……いやすぎる。
やめて。その目。やめて。
わたしは。布団を頭までかぶって。亀のように。丸くなった。
* * *
けれど。
これは。まだ。序の口だった。
そう。思い知らされるのは。部屋を出た、あとのこと。
宮殿内では。
さまざまな。議論が。巻き起こっていた。
貴族A「聞いた話じゃ。王妃が王陛下に『わたしに任せろ』と啖呵を切ったらしいが。終始、受け身だったよな。今やこの国の英雄扱いだというのに。情けない」
貴族B「いやいや。女性はそれくらいがいいんだよ。むしろ、萌える。ギャップというやつだな」
貴族C「しかし、あの配置は。少々、窮屈ではなかったか。わたしなら。もっとこう、寝台を広く使ってだな」
貴族D「何を言っている。王と王妃は、初めてだったというではないか。なんとも初々しくて。私的には、逆に感動してしまったぞ」
貴族E「うーむ。終始、お互い硬くて、ぎこちなかったよな。あまり楽しんでおられなかった。ああいう場合は。女の子が生まれやすいそうだぞ」
貴族F「なるほど。最初の子は、女の子か。まぁ、王も王妃もまだ若い。あわてることは、ないな」
* * *
……。
……。
なんなの。
なんなのよ。この。生き地獄。
にわか専門家と。にわか評論家が。わきまくって。
人の。人生で一番、恥ずかしい夜を。
勝手に。好き放題。
品評しやがって。
前世のSNSの。クソリプ欄より。ひどい。
あっちはまだ。画面を閉じれば。消えた。
こっちは。廊下を歩くだけで。耳に、飛び込んでくる。
「いやぁぁぁぁ!!」
わたしは。廊下の真ん中で。頭を抱えて。走り出した。
……その日。
王妃が全速力で廊下を駆け抜けた、という目撃談まで。
新たな議論の。ネタに。なったらしい。
もう。いやだ。この国。
* * *
――同じころ。病院にて。
ドブレ「なぁ。なんで理事長室、立ち入り禁止の張り紙が貼ってあるんだ?」
シャルティエ「いやぁ……。王妃様が。朝早くに来たかと思ったら。部屋の前に張り紙して。『絶対入るな』と」
ドブレ「……あぁ」
シャルティエ「……あぁ」
ドブレ「なるほど」
シャルティエ「なるほど、ですね」
二人は。それ以上。何も言わず。
そっと。理事長室の前を。通り過ぎた。
……ちなみに。
その日のわたしは。
理事長室で。机に突っ伏して。ひたすら。書類の山に。逃げ込んでいた。
仕事。仕事。仕事は、いい。
仕事は。何も。品評してこない。
* * *
そして。
それから。ほどなくして。
その、ニュースは。
国中を。駆け巡った。
『王妃、懐妊』
新聞という新聞の。一面が。その四文字で。埋め尽くされた。
街は。お祭り騒ぎになった。
パン屋の前でも。広場でも。酒場でも。
「王妃様がご懐妊だってよ」
「めでたいじゃないか」
「男か? 女か?」
「王家に世継ぎだ。久しぶりの、明るい話だな」
あれほど。王宮を叩いていた新聞が。
あれほど。怒りに燃えていた民衆が。
たった一つのニュースで。
ころりと。話題を。変えた。
……手のひら返し。
もう。何度目だろう。
数えるのも。やめた。
* * *
でも。
今回ばかりは。
わたしは。文句を、言わない。
だって。
これは。
わたしが。自分で選んで。自分で。ぶちかました。ネタ、だから。
「ポジティブなネタを提供して。返り討ちにするのよ」
義叔母様の、言葉。
「王宮のことは。わたしに、任せなさい」
わたしの、啖呵。
……まさか。
その啖呵の中身が。
あれだったとは。
言った本人も。思って、いなかったけれど。
* * *
――財務省、長官執務室。
ネッケルは。新聞を、手に取った。
一面の。大きな四文字。
しばらく。眺めたあと。
くっ、と。喉の奥で、笑った。
「ほほう。考えましたね」
窓の外では。街の歓声が。風に乗って。届いてくる。
昨日まで。王宮に石を投げていた連中の。歓声、である。
「フェイクニュースに。ホットニュース、ですか」
ネッケルは。新聞を。机に、放った。
「さて」
「いつまで。こんな急場しのぎの話題で。持ちこたえられますかね」
そして。
椅子に、深く。腰を沈めて。
薄く。笑った。
「まぁ。楽しみに。見物させてもらいますよ」
* * *
――そのころ。病院の、理事長室。
わたしは。窓の外を、眺めていた。
遠くから。街の歓声が。かすかに。聞こえてくる。
「王妃様、万歳」
「王家に世継ぎだ」
……ふぅん。
まぁ。
今回も。なんとか。乗り切った、みたい。
胃も。今日は。おとなしい。
借金は。まだある。ネッケルは。まだいる。国の財政は。相変わらず。火の車。
問題は。何一つ。片付いていない。
でも。
まぁ。
今日くらいは。
……いいか。
わたしは。窓辺を離れて。奥の扉へ、向かった。
そして。
いつものように。
肩まで。つかって。
「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」
おっさんみたいな声を。出した。
うん。
やっぱり。
これが。一番。
* * *
……ちなみに。
このあと。わたしが。
おなかの中の子と一緒に。どんな地獄を見ることになるのか。
ネッケルの言う「急場しのぎ」の。次に。何が待っているのか。
そして。
わたしが。ちゃんと。ギロチンを。回避できるのか。
それは。
まだ。誰にも。わからない。
わからないけど。
とりあえず、今は。
お風呂に。つかっていたい。
……ちょっとだけ。
ちょっとだけ、だからね。
第一部・完
めでたく、第一部終了です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
第二部では、母となった妙子が、いよいよフランス革命の時代に突入し、その中で翻弄されていくお話を想定しています。
ただ、第一部を書き終えてみて、自分では面白いと思って書いてきた一方で、もっと多くの「なろう」の読者に楽しんでもらうには、まだまだ力が足りないな、と感じるところもありました。
正直、かなり悔しいです。
ということで、ここでいったん妙子たちにはお休みしてもらい、私もしばらく修行のために隠れます。
また機会があれば、第二部の続きを引っ提げて戻ってくるかもしれません。
あるいは、まったく新しいプロットを抱えて戻ってくるかもしれません。
そのときは、もう一度「なろう」の厚い壁に挑戦したいと思います。
全百十六話。
長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。




