第百十五話 デッド・オア・儀式
その日は。朝から。宮殿の中が。何かが、違った。
そわそわしている、というか。祭りの前の静けさ、というか。
どこか。落ち着かない。そんな、空気。
侍従たちも。近衛兵たちも。わたしが横を通ると。ちらちら、見ては。そのあと。誰かと、ひそひそ話している。
……うん。
知ってる。
わかってる。
そう。今日は。
儀式の、日なのである。
* * *
儀式、と言えば。なんだか、かっこいい。
荘厳な音楽が鳴って。聖なる水が注がれて。みたいな。
けれど。
この国で。「儀式」といえば。
アレ、である。
しかも。わたしたちの場合。結婚してから、七年越し。おまけに、二人とも。初めて。
つまり今。宮殿中の注目が。わたし一人に。集まっている。
……はっきり言って。
いたたまれない。
いつもの病院に、逃げ込もうかとも、思った。
でも。ヴァロワや、シャルティエや。よく知った連中に。同じ好奇の目で見られたら。
それこそ。耐えられない。
というわけで。今日は朝から。部屋に、引きこもっている。
* * *
正直。このあとのことは。考えたくない。
考えても、みてほしい。
わたしは。転生前は、もちろん。この世界でも。未経験の。生粋の、生娘である。
前世では。彼氏なし歴イコール年齢。恋バナの一つもしたことがない。せいぜい、踊ってみた動画で。知らない男から、クソリプをもらう程度。
そんなわたしが。
いきなり。人前で。デビューしろと。言われているようなものである。
……いや、待って。人前で?
そう。そこが、一番の問題なのだ。
この世界の、王家の閨は。公開、なのである。
なんで。なんでよ。プライバシーはどこ行った。
前世なら。完全に、事案である。訴えれば、勝てる。慰謝料も、取れる。
でも。ここには。弁護士も。法律も。ついでに。人権も。ない。
(注・人権。前世にはあったらしい。この世界には、ない)
* * *
考えれば考えるほど。憂鬱だ。
どうすればいいのかも、わからない。
それ以上に。大勢の前で、やるのである。
相手がルイ君だというのが。唯一の救いといえば、救いだけれど。
いや。ぜんぜん。よくない。
やっぱり。このまま。逃げてしまおうか。
……いや。
逃げたら。お母様に。間違いなく、殺される。
それどころか。宮廷全員を、敵に回して。おまけに。ルイ君に。愛想を尽かされかねない。
……さすがに。
ルイ君に愛想を尽かされるのは。きつい。
デッド、オア、儀式。
……いやぁぁぁぁぁ。
* * *
わたしは。自分の部屋のベッドで。枕に顔を埋めて。ごろごろ、もだえていた。
しかし。そんなわたしを、よそに。
時間は。刻々と。過ぎていく。
そして。とうとう。
夕方に。なってしまった。
もうすぐ。夕食の、時間である。
* * *
しぶしぶ。身支度を整えて。食堂へ、向かった。
食堂は。まだ準備中だったらしく。わたしが。一番乗り、だったようだ。
はぁ。
これから。どうすりゃいいのよ。
とほほ。
と、思っていたら。
ルイ君が、来た。
……あ。
ルイ君も。落ち着かなくて。少し早く。来てしまったらしい。
二人。並んで。席に着く。
そして。
お互い。無言。
* * *
このあとのことを考えると。緊張して。とても。ルイ君の顔を、見れない。
ルイ君からも。緊張の空気が。ひしひしと。伝わってくる。
東屋のときと、同じ。
いや。あのときより。百倍、ひどい。
カチ。カチ。
……あ。鍵。いじってる。
そりゃ、そうよね。
そうこうしているうちに。王族が集まり。食事の時間と、なった。
普段は。和気あいあい、とまでは言わないが。それなりに。温和な空気の流れる、夕食である。
けれど。今日ばかりは。
王族たちが。皆。不安そうに。わたしたちの顔色を。伺ってきている。
義叔母様まで。ちらちら、こっちを見ている。
……やめて。
その視線が。いつにもまして。プレッシャーを。大きくする。
いたたまれなくなって。わたしは。食事を終えると。すぐに。部屋へ戻ってしまった。
* * *
部屋へ戻り。このあとのことを、考える。
どうしよう。時間が。来てしまう。
心の準備は。
……できるわけが、ない。
周囲を見ると。好奇の目で、こっちを見る侍女たちと。不安そうに、こっちを見る侍女長の顔が、見える。
うっとうしい。
部屋から、出て行ってほしい。
……という願いは。当然。聞き届けられない。
* * *
そして。
とうとう。
ルイ君の側近が。部屋に。迎えに来て、しまった。
はぁ。
わたしの。初めて。
……でも。
ルイ君に。「わたしに任せなさい」って。はったり、かました以上。
ルイ君のためにも。
もう。行くしか、ない。
わたしは。すっと、立ち上がった。
侍女たちを引き連れて。ルイ君の部屋へと。向かう。
* * *
王宮って。
こんなに、大きかっただろうか。
足取りは。重い。
死ぬときは。走馬灯のように。思い出が駆け巡る、というけれど。
今のわたしが。まさに、それだ。
おまるに絶望した、あの日。
現代知識が、ことごとく返り討ちにあった、あの日々。
テレーにはめられて。理事長室で、頭を抱えた日。
ゲロを吐いて。道端の草むらと。家族のような絆を結んだ、あの道。
数千人を引き連れて。教会に殴り込んだ、あの日。
風呂を見つけて。「はぁ〜」と叫んだ、あの朝。
東屋で。「家族になりたい」と。言われた、あのとき。
……ぜんぶ。
ここに、つながっていたのか。
部屋から、数十メートルしか歩いていないはずなのに。
何キロも、歩いているような。
そんな、感覚だった。
* * *
そして。
来て、しまった。
ルイ君の、寝室。
部屋は。静か、だけれど。
多くの人が。中で。かたずを飲んで。見守っている空気が。
はっきりと。感じられた。
ざわ。
ざわ、ざわ。
「こんばんは。お待たせしました。王陛下」
「こ、こんばんにゃ」
「…………」
「…………ごほん。よく来たね、マリー」
……かんだ。
ルイ君。今。かんだよね。
こんばんにゃ、って。言ったよね。
そう思うと。
ちょっとだけ。緊張が。ゆるんだ気が、した。
* * *
けれど。周りを見ると。
薄暗くて。はっきりとは、わからないけれど。
大きい寝室に。これでもかというほど。ぎっしりと。人が詰めかけていることだけは。
感じられた。
……なんで。
なんで、こんなに、いるの。
前世のライブ会場でも。ここまで、ぎっしりしてなかったわよ。
それを感じると。
ゆるんだ空気が。また。緊張に。包まれていく。
とりあえず。来たはいいけど。
……どうすれば、いいの?
もう。緊張で。手も。足も。感覚が。麻痺してきている。
完全に。フリーズ状態に。なっていると。
ルイ君が。気がついて。
こちらへ。迎えに。来てくれた。
……あーあ。
「任せろ」って。啖呵、切ったのに。
いざとなったら。この、ざま。
結局。
ルイ君に。助けられてる。
* * *
そして。
それからは。
もう。
覚えて、いない。
正直。頭が。真っ白、だった。
気がついたら。
自分の部屋に、戻っていて。
そして。
今は。
いわゆる。
朝チュン、ってやつに。至る。




