↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
115/116

第百十五話 デッド・オア・儀式


その日は。朝から。宮殿の中が。何かが、違った。


そわそわしている、というか。祭りの前の静けさ、というか。


どこか。落ち着かない。そんな、空気。


侍従たちも。近衛兵たちも。わたしが横を通ると。ちらちら、見ては。そのあと。誰かと、ひそひそ話している。


……うん。


知ってる。


わかってる。


そう。今日は。


儀式の、日なのである。


* * *


儀式、と言えば。なんだか、かっこいい。


荘厳な音楽が鳴って。聖なる水が注がれて。みたいな。


けれど。


この国で。「儀式」といえば。


アレ、である。


しかも。わたしたちの場合。結婚してから、七年越し。おまけに、二人とも。初めて。


つまり今。宮殿中の注目が。わたし一人に。集まっている。


……はっきり言って。


いたたまれない。


いつもの病院に、逃げ込もうかとも、思った。


でも。ヴァロワや、シャルティエや。よく知った連中に。同じ好奇の目で見られたら。


それこそ。耐えられない。


というわけで。今日は朝から。部屋に、引きこもっている。


* * *


正直。このあとのことは。考えたくない。


考えても、みてほしい。


わたしは。転生前は、もちろん。この世界でも。未経験の。生粋の、生娘である。


前世では。彼氏なし歴イコール年齢。恋バナの一つもしたことがない。せいぜい、踊ってみた動画で。知らない男から、クソリプをもらう程度。


そんなわたしが。


いきなり。人前で。デビューしろと。言われているようなものである。


……いや、待って。人前で?


そう。そこが、一番の問題なのだ。


この世界の、王家の閨は。公開、なのである。


なんで。なんでよ。プライバシーはどこ行った。


前世なら。完全に、事案である。訴えれば、勝てる。慰謝料も、取れる。


でも。ここには。弁護士も。法律も。ついでに。人権も。ない。


(注・人権。前世にはあったらしい。この世界には、ない)


* * *


考えれば考えるほど。憂鬱だ。


どうすればいいのかも、わからない。


それ以上に。大勢の前で、やるのである。


相手がルイ君だというのが。唯一の救いといえば、救いだけれど。


いや。ぜんぜん。よくない。


やっぱり。このまま。逃げてしまおうか。


……いや。


逃げたら。お母様に。間違いなく、殺される。


それどころか。宮廷全員を、敵に回して。おまけに。ルイ君に。愛想を尽かされかねない。


……さすがに。


ルイ君に愛想を尽かされるのは。きつい。


デッド、オア、儀式。


……いやぁぁぁぁぁ。


* * *


わたしは。自分の部屋のベッドで。枕に顔を埋めて。ごろごろ、もだえていた。


しかし。そんなわたしを、よそに。


時間は。刻々と。過ぎていく。


そして。とうとう。


夕方に。なってしまった。


もうすぐ。夕食の、時間である。


* * *


しぶしぶ。身支度を整えて。食堂へ、向かった。


食堂は。まだ準備中だったらしく。わたしが。一番乗り、だったようだ。


はぁ。


これから。どうすりゃいいのよ。


とほほ。


と、思っていたら。


ルイ君が、来た。


……あ。


ルイ君も。落ち着かなくて。少し早く。来てしまったらしい。


二人。並んで。席に着く。


そして。


お互い。無言。


* * *


このあとのことを考えると。緊張して。とても。ルイ君の顔を、見れない。


ルイ君からも。緊張の空気が。ひしひしと。伝わってくる。


東屋のときと、同じ。


いや。あのときより。百倍、ひどい。


カチ。カチ。


……あ。鍵。いじってる。


そりゃ、そうよね。


そうこうしているうちに。王族が集まり。食事の時間と、なった。


普段は。和気あいあい、とまでは言わないが。それなりに。温和な空気の流れる、夕食である。


けれど。今日ばかりは。


王族たちが。皆。不安そうに。わたしたちの顔色を。伺ってきている。


義叔母様まで。ちらちら、こっちを見ている。


……やめて。


その視線が。いつにもまして。プレッシャーを。大きくする。


いたたまれなくなって。わたしは。食事を終えると。すぐに。部屋へ戻ってしまった。


* * *


部屋へ戻り。このあとのことを、考える。


どうしよう。時間が。来てしまう。


心の準備は。


……できるわけが、ない。


周囲を見ると。好奇の目で、こっちを見る侍女たちと。不安そうに、こっちを見る侍女長の顔が、見える。


うっとうしい。


部屋から、出て行ってほしい。


……という願いは。当然。聞き届けられない。


* * *


そして。


とうとう。


ルイ君の側近が。部屋に。迎えに来て、しまった。


はぁ。


わたしの。初めて。


……でも。


ルイ君に。「わたしに任せなさい」って。はったり、かました以上。


ルイ君のためにも。


もう。行くしか、ない。


わたしは。すっと、立ち上がった。


侍女たちを引き連れて。ルイ君の部屋へと。向かう。


* * *


王宮って。


こんなに、大きかっただろうか。


足取りは。重い。


死ぬときは。走馬灯のように。思い出が駆け巡る、というけれど。


今のわたしが。まさに、それだ。


おまるに絶望した、あの日。


現代知識が、ことごとく返り討ちにあった、あの日々。


テレーにはめられて。理事長室で、頭を抱えた日。


ゲロを吐いて。道端の草むらと。家族のような絆を結んだ、あの道。


数千人を引き連れて。教会に殴り込んだ、あの日。


風呂を見つけて。「はぁ〜」と叫んだ、あの朝。


東屋で。「家族になりたい」と。言われた、あのとき。


……ぜんぶ。


ここに、つながっていたのか。


部屋から、数十メートルしか歩いていないはずなのに。


何キロも、歩いているような。


そんな、感覚だった。


* * *


そして。


来て、しまった。


ルイ君の、寝室。


部屋は。静か、だけれど。


多くの人が。中で。かたずを飲んで。見守っている空気が。


はっきりと。感じられた。


ざわ。


ざわ、ざわ。


「こんばんは。お待たせしました。王陛下」


「こ、こんばんにゃ」


「…………」


「…………ごほん。よく来たね、マリー」


……かんだ。


ルイ君。今。かんだよね。


こんばんにゃ、って。言ったよね。


そう思うと。


ちょっとだけ。緊張が。ゆるんだ気が、した。


* * *


けれど。周りを見ると。


薄暗くて。はっきりとは、わからないけれど。


大きい寝室に。これでもかというほど。ぎっしりと。人が詰めかけていることだけは。


感じられた。


……なんで。


なんで、こんなに、いるの。


前世のライブ会場でも。ここまで、ぎっしりしてなかったわよ。


それを感じると。


ゆるんだ空気が。また。緊張に。包まれていく。


とりあえず。来たはいいけど。


……どうすれば、いいの?


もう。緊張で。手も。足も。感覚が。麻痺してきている。


完全に。フリーズ状態に。なっていると。


ルイ君が。気がついて。


こちらへ。迎えに。来てくれた。


……あーあ。


「任せろ」って。啖呵、切ったのに。


いざとなったら。この、ざま。


結局。


ルイ君に。助けられてる。


* * *


そして。


それからは。


もう。


覚えて、いない。


正直。頭が。真っ白、だった。


気がついたら。


自分の部屋に、戻っていて。


そして。


今は。


いわゆる。


朝チュン、ってやつに。至る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。